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3.チームデスマッチ

 私たちは狭い部室でモニターに向かい合い、備え付けのヘッドセットを装着する。ヘッドセットからはゲームの音声だけでなく、BiscordのVCとも繋がっているので先輩方や宮本さんの声も聞こえるようになっている。


 これで準備万端だ。ココ助先輩が画面に表示されている『GO』をクリックし、すぐにマッチングがスタートした。


「あ、始まりましたね! これってどのキャラを選べばいいんですか?」

「なんとなく目についたキャラでいいよ。チーデスはスキルとか使えないし」


 キャラ選択画面には一〇種類以上のキャラクターが表示されており、イヌ・ネコ・ニワトリ・トラ・クマなどさまざまな動物を模した可愛いキャラクターがいる。


 それぞれに固有の能力があるが、南先輩の言う通り今回のゲームモードでは銃を撃つことだけしかできない仕様だ。


「可愛いからウサギにします!」


 宮本さんの選んだスパイラビットというキャラは可愛くて人気のあるキャラクターだ。各々好きなキャラを選択し、ほどなくしてゲームが開始される。


『分かんないことあったらなんでも聞いてね』

「武器を選べって出ました!」

『あー、最初はアサルトライフルのM4がおすすめかな。反動少ないし。真知子ちゃんはAK派だったよね』

「うん。AKはヘッドショット一発だからね。まぁここらへんは好みだし、死んだら武器変えられるからどんどん試せばいいんじゃない?」


 このゲームでは開始時に好きな武器を選んで戦場に出ることができる。アサルトライフルのM4とAKはほとんどのユーザーが愛用する最強武器だ。M4は射撃の安定性に優れていて、AKはヘッドショット……いわゆる頭に一発でも当てれば一撃で敵を倒すことができる。


『あかちゃんは何の武器使ってるの?』

「あ、ええと、基本はAKなんですけど、キャラやマップによって結構変えてて、でもチーデスだったらエイム調整の要素もあるからヘッショが求められるAKを使ってたり……」

『そうなんだ~。やっぱ上手い人はAK派が多いよね』

「いや、そんなことは……」


 AKです。とだけ言えばいいだけなのに、うだうだと無駄に言葉を続けてしまう私は口下手だ。なんだか口を開けば開くほど気落ちしてしまう。


「すみません! このネコさんを使ってる人って誰なんですか?」

「それは野良の人だね」

「野良?」

「知らない人だから気にしなくていいよ。五対五で一人足らないから、ゲーム側が一人で遊んでる人を自動でチームに入れてくれるって感じ」

「なるほど、よろしくお願いします!」

「いや、こっちの通話は届かないから」

『一応キーボードのTを押せばゲーム内VCで話しかけられるけど、基本はやらないほうがいいかな』

「え? なんでですか⁉」

『え、なんでって……』


 宮本さんは無邪気に質問をするが、ココ助先輩は答えに言いよどむ。

 その理由はコミュ障の私にもすぐに察せられた。

 直接的にはなかなか言いづらい。


「声で女って分かるとキモイおっさんが絡んでくるんだよ。宮本ってあんまネトゲやってこなかったんでしょ? ネットで女出すと面倒しか起こらないからマジで気を付けなよ」

「えーまじっすか。きしょいっすね!」


 宮本さんは楽しそうにポニーテールを揺らしながら笑っているが、実際のところゲーム界隈において女性だからこそ嫌な思いをする場面は想像以上に多い。


 対戦後にゲーム内のアカウント名でSNSを特定されてお気持ちDMを送られたり、シンプルに暴言を吐かれることも少なくない。


 そのためにもなるべく女性だとバレないようにVCを使わない、対戦中のアカウント名を非表示にするといった対策を講じるのは、女子ゲーマーが楽しくゲームをするにあたって必須の自衛スキルだ。


 もちろん宮本さんのアカウントも対戦中のアカウント名が非公開になるよう設定されてある。


「あ、始まりますよ!」


 そんな会話をしているうちにチームデスマッチがスタートした。マップはファクトリー。工場内での銃撃戦だ。


――腕が鈍ってないといいけど……。


 約一年振りのプレイ。それなのに最上位ランクであることがバレて無駄にハードルが上がってしまっている。


 私は昔のように操作できることを祈りつつ、工場内をゆっくりと進んでいく。

 そして曲がり角に差し掛かったとき、一瞬だけ敵の銃口が視界に映る。


――出たっ‼


 私は即座に壁際へとエイムを合わせて銃弾を撃ち込んだ。


 すると私が放った銃弾は、ちょうど曲がり角から飛び出してくる敵のクマさんの脳天を貫いた。これで一キル獲得だ。


――良かった……。腕は鈍ってないみたい。


 私の銃口も敵のクマさんから見えていた。けれど、敵が飛び出してくるところにドンピシャで照準を合わせ、そこを狙い撃つことのできた私の勝負勘が上回った。


 ブランクがあると瞬間的な判断が鈍るので、上手く敵を倒すことができて少しだけ安心だ。


――そういえば宮本さんは……?


 キルが発生すると、画面右上に「ゴッドチキン(自分)→ドクターベアー(敵)」というようなキルログが表示される。


 宮本さんは初心者らしく敵陣に突っ込んでは倒されてを繰り返しているようで、右上のキルログでは常に「ミリタリードッグ(敵)→スパイラビット(味方)」というような表示が連発していた。


『宮本さん操作は大丈夫そう?』

「キャラの移動が難しいです! キーボード見ながらじゃないとなかなかっ!」

『慣れないと難しいよね~』


 FPS初心者がつまづきがちなのがWASDダブリューエーエスディーキーでのキャラ移動だ。


 キーボードのWで前進、Aで左移動、Dで右移動、Sで後退するのだが、これを左の人差し指、中指、薬指で操作するので、慣れていないと直感的に操作するのは難しい。


 私は興味本位で宮本さんの操るキャラの後ろを付いていくと、銃を撃ちながら走っているのを目撃した。


「あっ、もしかしたらなんですけれど、銃を撃つ時は足を止めたほうがいいかもです……」

「え? 止まるの?」

「ぜ、絶対じゃないんですけど、動きながら銃を撃つと弾が真っすぐ飛ばなくて……。けど、真っすぐ飛ばなくても問題ないぐらいの距離なら走り撃ちとかのほうが強いんですけど、あ、ごめんなさい。そうじゃなくて基本としては……えっと――」

「最初のうちは止まって撃つ癖を付けたほうが良いってことだよね?」


 またもや南先輩が助けてくれた。なんとなくギャルはテンションが高くて怖いという偏見があったが、とても親切で面倒見の良い人なのかもしれない。話しているうちに自分でも何を言ってるのかわからなくなっていたので助かった。本当にありがとうございます。


「なるほど! あかちゃんありがとう!」

「はいぃ……。すみません」


 私が感謝されながら謝罪するという珍妙な行動をしている間にもゲームは進行していく。


 しかし、程なくして異変は起こった。


「え? 流石に今のは強くない?」

『あー、またヘッショでやられた……』


 初心者の宮本さんはもとより、先輩の二人までもが手も足も出ず敵に倒されていく。


「なんか敵強くない⁉ 私まだ一人も倒せてないんだけど」

「あ……、もしかしたら私と野良の人のレートに引っ張られてるかもしれないです……」

『あかちゃん元アニマルズだもんね。内部レートめっちゃ高そう』


 現状、こっちのチームで相手を撃ち倒しているのは私と野良の人の二人だけで、南先輩とココ助先輩はボコボコにやられていた。おそらくその原因は私と野良の人の内部レートだ。


 内部レートとは、ゲーム側が裏で数値化しているプレイヤー評価で、対戦相手が同程度の実力になるようマッチングする際に使われる。


 つまり私と野良の人の内部レートが高すぎた結果、敵チームに先輩らよりも実力の高いプレイヤーが選ばれた可能性が高い。


「うわっ、相手のランク見たら全員ハンターなんだけど。そりゃ強いわ」

『それはちょっときついかもねぇ』


 ハンターランクは上から二番目のランクだ。一番上のアニマルズは上位500人しかなれないので、実質最上級の猛者と言っていいだろう。


 南先輩はそれより一つ下のダイヤ、ココ助先輩は二つ下のプラチナなので、相手との格差があまりにも大きすぎる。これでは勝てなくても仕方がない。


「またやられたー!」


 宮本さんもみんなからのアドバイスを聞き入れながら戦っているが、初心者が猛者であるハンターランクを倒すのは至難の業だ。スコアも54対91と猶予がなくなってきた。相手が100キルに到達したらゲーム終了だ。


――どうしよう。このままじゃ私のせいで……。


 これは宮本さんにとって初めてのゲーム。このまま一度も敵を倒すことができずに終わってしまうのは、きっと面白くないだろう。宮本さんが一度でもいいから敵を倒せるようにアシストしてあげたい。


――私が何かしないと、本当にこのまま終わっちゃう……。


 刻一刻となくなっていく時間的猶予。沢山のアドバイスを受けて一生懸命にプレイするも、上手くいかずにパンクしている宮本さん。スコア差が開いて雑な動きが目立ってきた敵のチーム。


 私はこれまでのゲーム展開を思い出しながら、すぅーっと頭が冷えていくような感覚とともに、考えて、思考して、イメージしていく。


 このゲームで敵が通ってきたルートの傾向は?

 先輩たちが倒されてきた場所の頻度は?

 敵チームにはどんな傾向があった?

 相手はどんな成功体験を得てきた?

 こちらのチームが敵に与えた印象は何?

 そこから導き出されるものは?


――……よし、大体わかった。


 私は迷いなく宮本さんに指示を出した。


「宮本さん。そのままゆっくり前に進んで、正面から出てくる敵にだけ集中してください」

「え?」


 私は宮本さんの動きに合わせながら、少しだけ前に出る。

 ここは右通路、正面、左通路の三方向から敵が出てくる可能性のある危険なエリアだ。

 私が倒されるリスクはとても高いが、今は宮本さんのアシストを優先する。


――やっぱそっちから出てくるよね?


 右の通路から突然に飛び出してくる敵。それを予測していた私は、敵が出てくると同時にその頭を瞬間的に撃ち抜いた。


 そして、その銃声を待っていたかのように正面から敵が出てきて私に銃口を向けてくる。味方がやられた情報を活かすカバープレイだ。


――ここだよ。頑張れ、宮本さん。


 いくつもの弾丸が私の体を貫く。

 ゴリゴリと減っていく体力。

 ダメージを受けてグラグラと揺れる画面。


 けれど、それでいい。

 私がおとりになって、その敵を宮本さんが倒してくれれば思惑通りだ。


――あっ、左からも!


 しかし、私の画面に映ったのは宮本さんに倒される敵の姿ではなく、左から出てきた別の敵の姿だった。

 宮本さんは正面に出てきた敵に集中しているはずなので、これには対応できない。


――宮本さん、私がやられてる間に早く倒してっ‼


 祈るような思いでマウスを握りしめる。けれど、宮本さんは初心者だ。私が最初の敵を倒してから僅か0.5秒にも満たない瞬間的な交戦に参加するのは難しい。


 ……と思った瞬間、スナイパーのダァアアアンッ‼ という轟音が後方から鳴り響き、左から出てきた敵がぶっ飛んだ。


――えっ……⁉


 右上のキルログには、野良の味方のスナイパーが敵を倒したという表示がある。

 宮本さんの後ろにいた野良がカバーしてくれていたようだ。


 そして、ダダンッ! という銃声が私の後ろから鳴り響く。


「あ、倒せた……」


 正面の敵から複数の鉛球を受けて倒される私。

 だが、それと同時に宮本さんがその敵の頭を撃ち抜いていた。

 そこで他の場所にいた先輩らも倒されたようで、相手チームのキル数が100に到達。ゲーム終了だ。


「ナ、ナイスキルです宮本さん!」

「お、初キル? ハンター相手なのにやるねえ!」

『宮本さんナイスキル!』


 画面にはLOSEの文字がでかでかと表示されているが、私の胸は充足感で満たされていた。宮本さんが最後の最後にキルできて本当に良かった。


「あ、ありがとうございましたぁ!!」


 宮本さんは興奮した様子で感謝の言葉を口にするが、何を思ったのかゲーム内VCをオンにしていた。つまり今の言葉は野良の味方の人にも聞こえるということだ。


――だ、大丈夫かな……。


 私は野良の人から暴言が飛んでこないか冷や冷やしながら、ゲームの敗北演出が終わるのを待つ。


 対戦待機画面に戻るまでの数秒は味方の野良とVCで通話できてしまう。たとえ感謝の言葉であっても、たった一キルしか出来なかった女性というだけで暴言を吐いてくる人はネットの世界には無数にいる。


「ん、ナイスキル。GG(ジージー)


 しかし、返ってきたのは落ち着いた女性の声だった。

 敗北演出も終わり、ゲームは完全に終了して対戦待機画面に戻ってくる。


『VCは使わないほうがいいよって言ったのに~。びっくりしたよ~』

「すみません! どうしても伝えたくて……。けど、凄い!凄いよあかちゃん!」


 宮本さんは椅子に座っている私に後ろから勢いよく抱きついてくる。

 その手は少し汗ばんでいて、少し赤みがかっているように見えた。


「どうして正面から敵が来るって分かったの⁉」

「あ……、そ、それは、宮本さんがずっとそこで戦ってたから多分相手もそれを読んで待機してて、先に顔を出すとしたら正面以外の横からで、私が先に交戦すればカバーでキルを取りにくると思ってたから……」

「もうよく分からないけど凄い! 凄いよ! 何も話してないのに通じ合ってるって感じがした! ていうかこれ本当にスポーツだね! ゲーム中はずっとドキドキして体が熱くて、心臓もバクバクで、手も血行が良くなって真っ赤! やば、なんかめっちゃ汗出ちゃった!」


 宮本さんを見ると首元は大粒の汗でじっとりと濡れていて、顔もホクホクに温まっていた。

 私もゲームで白熱すると体が熱くなることはあるが、きっと宮本さんは新陳代謝がいいのだろう。

 真っ赤な顔でぱたぱたと胸元を仰いでいる姿が艶めかしい。私が同じことをしてもこうはならない。


「ていうか最後に野良の人が言ってたGGってどういう意味なんです?」

『グッドゲームって意味だよ。良いゲームでしたねって健闘を称えてる感じのスラングかな』

「おぉ! グッドゲーム! かっこいい!」

 宮本さんは最後のキルが大変お気に召したのかご機嫌な様子だ。

「いやー相手強くて心配だったけど、初心者の宮本が楽しめて良かったよ」

『そうね~。あかちゃんもサポートありがとね』

「い、いえ。むしろ敵のレートを上げちゃってすみません……」


 負けはしたものの、初心者の宮本さんが楽しめるゲームで終わったことで、部屋全体が暖かな空気に包まれる。


「いやー、eスポーツって想像してたよりもずっと凄かったです! この部って大会とかにも出場してるんですよね? 私の実力だとまだメンバーには選ばれないだろうけど楽しみです!」


 そして宮本さんの無邪気な一言で、暖かかったはずの部屋の空気は凍りついたのだった。

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