第3話 最強家臣の忠誠が重すぎる
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。いや、本当に心強いです」
正面に並んだ面々を見渡し、俺はまずは深く一礼した。
心強いなんてレベルじゃない。ゲームであれば相応の課金の末でないとそろわない、有能な人材がそろい踏みだ。
「まずスズラン。君には、岩松と辻宿の繋がりを探ってもらいたい。できるかな?」
「はい、お任せを」
スズランは表情一つ変えずに淡々と頷く。
「あとは、辻宿の戦力も調べてほしいんだ。実際に戦える人間の数や種類、どんな武器を保有しているか。特に鉄砲とか、そういう『飛び道具』がどれくらいあるのかを重点的に知りたい」
「……はい。承知いたしました」
彼女は一瞬だけ目を細めたが、すぐに音もなく頭を下げた。
さすがはクノイチ、この手の任務への対応力は抜群だ。
「で、朝秀と州平は戦力の整備をお願い。……他に集められる人員っているんだよね?」
俺の問いかけに、朝秀が力強く胸を叩く。
「はい! 私どもの仲間だけで、あと二十名ほどはすぐに動かせます。周囲の『流れ者』たちに声をかければ、もっと大人数を集めることも可能ですが……」
「んーそうだね。そこら辺は朝秀に任せるよ。必要な資材や装備はこちらでそろえるから、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ははっ! ありがたきお幸せにございます!」
朝秀と州平が同時に頭を下げる。
よし、実戦部隊の統括はこれで安心だ。
「で、弾正。君は弓が得意なんだよね?」
「――なっ!?」
俺がそう話を振ると、弾正は「えっ、なんでそれを……?」という顔をした。
そりゃそうだ、まだ何も説明されてないのに、俺は君のスキル『狙撃』を知っている。
俺は、驚く弾正の目をまっすぐに見つめる。
「もし戦わなくちゃいけない状況になったら、絶対に『飛び道具』が肝になると思うんだ。だから、君みたいな弓の達人が味方にいてくれるのは、本当に心強いよ」
「ははっ……! この弾正、過分なお言葉、身に余る光栄にございます!」
単純でよかった。すっかり感激して目を輝かせている。
「そこでさ、ここにいる久蔵と組んで、これまでにない『新しい飛び道具』の開発をお願いできるかな?」
突然名前を呼ばれ、久蔵が「えっ、私ですか!?」と戸惑いの表情を浮かべた。
「そう、久蔵。君は頭がいいし、手先も器用だ。実際にそれを使う弾正と知恵を出し合って、この世界を圧倒できるような新しい武器を作ってほしいんだよね」
俺が真剣な目を向けると、久蔵はゴクリと唾を呑み込み、覚悟を決めたように深く頷いた。
「よし。じゃあ、これをプレゼントしよう」
光の輪を出現させる。
――コトリ。
現れたのは二冊の本だ。そう、先日の宝探しで手に入れた『技術書』である。
そのうちの一冊を久蔵に手渡す。
「え……? これは……っ」
久蔵が本を受け取った瞬間、彼の身体がかすかに、ふわっと発光したような気がした。
「あっ、もう一冊は五助にね」
残る一冊を五助に手渡すと、こちらも同様に身体が淡い光に包まれる。
俺は改めて二人のステータスを確認してみた。
─────
名前:石渡久蔵
年齢:18歳
属性:村の書生
体力:E
武力:E
技術力:A+
知略:C
魅力:E
信頼/忠誠:8
スキル:本草学
─────
名前:芦沢五助
年齢:17歳
属性:村の書生
体力:E
武力:E
技術力:C+
知略:A
魅力:E
信頼/忠誠:8
スキル:算術
─────
君たち、前々から似てるなとは思っていたけれど、ステータスも似たような感じなのね。
それにしても清々しいほどにインドア系に振り切ったステータスだ。
久蔵のスキルは『本草学』……要するに植物や薬学の知識か。
武器開発は畑違いな気もするけれど、まぁ彼は頭が柔らかいというか発想が柔軟なタイプだ。
弾正の知識と組み合わせれば、化学反応を起こして良い方向に向かう気がする。
「開発に必要な道具や資材があれば遠慮なく言ってくれ。全部俺が用意するから」
「「はい! 承知いたしました!!」」
二人は息をぴったり合わせて、真剣な眼差しで頭を下げた。
「で、最後に五助」
「はいっ!」
待ってましたとばかりに五助が身を乗り出す。
「君は、俺、ミチル、ユキホと一緒に、辻宿の調査に同行してもらう。名主の評判や集落の実情。そもそも、なんで彼らが『乙女原』を手に入れようとしたのか、そのあたりの背景をリサーチして回りたいんだ」
五助は一瞬、「えっ、僕の役割ってそっち系なの?」という顔をしたが、文句を言うことなく黙って頷いた。
すかさず俺はフォローを入れる。
「さっき説明したとおり、作戦の肝は『辻宿切り崩しの決定的なポイント』を探ることだ。辻宿は商業の街だって聞くしね。きっと君の能力が必要になると思うんだ」
「なるほど……そういうことですか! 分かりました、お任せください!」
俺のもっともらしい言葉に、五助はすっかり納得した様子だ。
まぁ、「君の能力が必要云々」っていうのは正直その場のノリで言った適当な方便なんだけど。
「あ、あとごめん。辻宿への潜入リサーチなんだけど、朝秀のところからも誰かひとり出してもらっていいかな? 万が一のときの護衛的なやつをさ」
「おお、護衛ですか! うむ、かしこまりました。ならば、明日はこの私が直々にご同行いたしましょう!」
朝秀がガハハと笑いながら立候補してくれた。
【武力:S+】かつ、『無双』スキル持ちのゴリゴリ重戦士が護衛についてくれるなら、これ以上安全な旅はないが、できる限り目立たないようにしてくれよな……。
◇
「朝秀、少し話がある。外に出ようか」
俺は一通り指示を出すと、朝秀を促し、納屋の外へと連れ出した。
秋めいた柔らかな日差しの下、俺はポケットからタバコの箱を取り出し、そのうちの一本を彼に差し出す。
俺がいない間にユキホが宝探しで獲得したアイテムだ。
ユキホは「こんな無駄なもの……」と言っていたが、今の俺にはものすごくありがたい。
火を点けると、数日ぶりに味わう芳醇な香りが漂った。
「一本、どうだ?」と朝秀に勧めてみる。
朝秀もかつては嗜んでいたらしいが、目の前にある洗練された白い筒には少し戸惑ったようだ。
慣れない手つきでそれを受け取り、おずおずと口にする。
煙を吐き出し、彼は目を見開いた。
「……なんと。これは、鼻を抜ける香りが不思議と落ち着きますな。これほど上品で美味い代物、味わったことがございませぬ」
「そうだろ。まだあるから、よかったら一箱置いていこうか?」
「あはは、いえいえ。もったいない。こうして、あなたと共にくゆらせるこの時間だけで十分でございます」
他愛のない世間話で少しだけ緊張を解いてから、俺は話を核心へと切り出した。
「朝秀、これからのことについて、君にだけはちゃんと話しておきたいんだ」
背筋を正した朝秀に、俺は少しずつ言葉を選びながら語り始めた。
乙女原は始まりに過ぎない。
この先、もっと過酷な戦いを強いられる可能性があること。
それでも、俺には逃げる選択肢がないこと。
流石に「転移」のことについては話していない。
今の朝秀なら信じてくれそうではあるが、話したところで何が変わるわけでもないし、彼を混乱させる必要もない。
俺の説明を聞き終えた朝秀は、驚きに目を見開きながらも、その瞳には淀みのない忠誠が宿っている。
「……なんと。そこまで大きな重荷を背負っておられたとは……」
「俺は何の力も持たない。そんな俺についてくると決めてくれたお前には、ちゃんと話しておきたかった」
「私は、あなたの家臣です。主人の言いつけであれば、何であろうと守り抜く所存」
朝秀の言葉はどこまでも真っ直ぐで、そして重い。
俺は苦笑しつつ、その肩を叩いた。
「ありがとう。……言ったとおり、今後の道は平坦じゃない。乙女原を取り返せばお前たちは元の生活に戻れるはずだが、これからの俺の目的には、どうしても朝秀の力が必要になる。できるだけ武力衝突は避けるつもりだが、どうしようもない事態になることもあるだろう」
「あはは。望むところです。信濃だろうが越後だろうが、主人の御旗の下であれば、この命、いついかなる時も差し出す覚悟にございますぞ!」
その言葉を聞きながら、俺は胸の奥が熱くなるような、あるいは締め付けられるような感覚を覚えた。
乙女原さえ取り戻せば、彼は家族とともに平穏に暮らせるはずだ。
そんな彼を、俺はこの先、幾度となく死地へ連れていくことになるかもしれない。
朝秀に忠誠を誓われるたび、「純粋な信頼」という名の重石が、俺の肩にのしかかる。
(こいつを、絶対に死なせちゃいけない)
改めて心に誓う。
朝秀の命を無駄にするような事態には、絶対にさせない。
この最強の武力を持つ男を、駒としてではなく共に生き残る仲間として――。
タバコを指先で弾き、灰を落とす。
現代に戻り、自分がどれほど無力でちっぽけな存在であったかを、改めて突きつけられた。
チートな能力補正を失ってしまえば、俺は年下の若造に理不尽に怒鳴られるだけの、誰にも必要とされない孤独なおっさん。
それが俺という人間の、身の丈に合ったリアルな正体だ。
だからこそ、俺には朝秀の力が絶対に必要だった。
だけど、「こんなにちっぽけで頼りない俺だけど、それでも信じてついてきてくれるか?」なんて、主人公ぶったお願いの仕方はしなかった。
そんな殊勝な態度で相手の同情を誘うような真似は、それこそ違うと思ったからだ。
だからこそ、お前が必要なんだという本音だけを、飾らずにそのままぶつけた。
朝秀の目には淀みのない忠誠が宿っていた。




