第17話 元保育士、異世界フェスを開催する。打倒ユキホの売上勝負
「いらっしゃいませー! 美味しいお菓子はいかがですかー!」
ここは、子どもたちが普段「寺子屋」として通っているお寺の境内。
広場には結構な数の屋台が立ち並び、それぞれが自慢の甘味や手作りの木工品、小物などを販売している。
それぞれの屋台は色とりどりの布や手ぬぐいで装飾され、境内は熱気と楽しげな歓声に包まれていた。
そう。これはまさに文化祭……いや、異世界の一大フェスティバルだ!
先日の代官屋敷の一件。
色仕掛け潜入作戦と意気込んで乗り込んだものの、蓋を開けてみれば、あのキモい代官の目当ては、私ではなくユキホだった……。
さらにその後、私が凹んでいる間に、辻宿の不正問題は平太たちによってあっという間に解決されてしまった。
結局、私は何ひとつ役に立てなかった。
それどころか、ただ恥をかいただけだったのだ……。
平太の奴。慰めてるつもりなのか知らないけど、「俺にとってミチルは絶対に必要なんだよ」とかなんとか言ってくれちゃって。
不覚にも一瞬ドキッとしてしまいはしたが、そんなとってつけたような言葉で騙される私ではないぞ。
そもそも、平太の役に立とうなんて健気なことを考えたのが間違いだったのだ。
こんなところで終わる私ではない。
平太のように、謀略や交渉といった物語の本筋で活躍するのは無理でも、私には私の得意分野がある。
何を隠そう、私は元保育士だ。
子どもの相手はもちろんのこと、行事やイベントごとの企画・運営なんて、現代で半ば強制的に散々やらされてきたのだ。
「これならいける!」と踏んだ私は、権左衛門さんに、「子どもたちが喜ぶような、ちょっとしたお祭りでもやってみませんか?」と軽ーいノリで相談してみたところ……。
「おお! そいつは素晴らしい! せっかくなら下宿も上宿も、ついでに辻宿の奴らも巻き込んで、デカい祭りにしようじゃないか!」
と、権左衛門さんをはじめとする大人たちが、想像の十倍くらいノリノリで食いついてきてしまったのだ。
話は一気に大ごとになり、あれよあれよという間に出店希望者が殺到。
気がついた時には、保育園のイベントレベルを遥かに超越した巨大フェスに化けていたのである……。
正直、かなり怯んでしまったけれど、始まってしまったものは仕方がない。私は腹を決めて、イベントの準備に取り掛かった。
当初、私は全体の統括や運営に徹するつもりだった。
だけど、どうしても出店者としても参加したくなってしまった。
……理由? 決まっているじゃない、負けたままじゃ悔しいからよ!
私のブース(屋台)の隣にはユキホのブース。
さらにその隣には、カヨちゃんが配置されている。
あえて私は、仲良しの二人を分けて配置した。
そう、ユキホを単独店舗にしたのだ。
これは、私とユキホの1対1の直接対決!
前回は変態ロリコン野郎の代官だったからユキホに軍配が上がっただけよ! 一般の健全な大人たちが相手なら、負けるはずがないのだ!
今日、私はユキホに勝って、あの時の雪辱を果たす!
ちなみに、イベントの最後には、各店の売上をランキング形式で発表する催しもバッチリ用意してある。
逃げ場はないわよ、ユキホ!
◇
来場者の数は、とんでもないことになっている。
もはやこれは、上宿・下宿・辻宿の合併記念大フェスティバルと言っても過言ではない盛況ぶりだ。
周りを見渡すと、ユキホとカヨちゃん以外にも、大井家のツムギちゃんや、元悪役令嬢のお蘭ちゃんも出店している。
各女の子たちの屋台には、サポート役として「親衛隊」のガキどもが甲斐甲斐しく働いている姿が見える。
……ていうかあいつら、この前見た時より明らかに人数増えてないかしら?
いつのまにそんな一大勢力になってるのよ。
まあ、よそのことはどうでもいい。大切なのは我がサークルの売上だ。
今回、私が用意した販売物は、ケーキ、エナドリ、ドーナツを『ファブリケーション』のスキルで加工・融合させた特製のお菓子。
見た目は、『マカロン』風に仕上げてみた。
味は……私的には文句なしの絶品。
現代のジャンクな甘みとケミカルな旨味が凝縮されたこの魅惑のスイーツは、甘味の少ないこの時代の人々には絶対にウケるという確信がある。
「チートスキルを使ってズルい」なんて言わせないわよ。これも私の能力(実力)なんだから。
「ひえぇぇ……っ! ミチルさん、人が……人がどんどん押し寄せてきますよ!?」
「た、大変です! 店前がぐちゃぐちゃになりかけています!」
案の定、我が「特製マカロン」のブースは大盛況だ。
手伝いとして引っ張ってきたインドア書生コンビの久蔵と五助は、見たこともない大行列を前に完全にテンパっている。
けれど、私はこの程度の人波ではビクともしない。
そう、私のもう一つの顔は「ドールディーラー」。
現代ではそこそこ人気のあるディーラーで、イベントの開場直後には壁沿いに長蛇の列を作ったものだ。
あの時の(狂気すら孕んだ)凄まじい情熱とプレッシャーに比べれば、この程度など軽い、軽い!
いくら人が多かろうが、素直なお客さんばかりで可愛らしいものだわ!
「久蔵、五助! 落ち着きなさい! まずは列整理からよ! ほら、列の最後の人にこの札を持ってもらって!」
「さ、『最後尾』……!? なんですかその画期的なシステムは!?」
「いいから早く! お客様を二列に並ばせて、他のお客さんの通行の邪魔にならないように誘導して!」
私のテキパキとした指示に、久蔵と五助は「は、はいっ!」と脱帽したように頭を下げ、大慌てで列の整理へと走っていく。
フフン、見たかしらユキホ。
これが大人の、そしてイベント慣れした元ドールディーラーの手腕よ!
隣のブースでマイペースにお団子を売っているユキホの横顔をチラリと見ながら、私は勝利を確信してニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
◇
「えー、本日は皆様、お忙しい中お集まりいただき……誠にありがとうございます……!」
お祭りのフィナーレ。売上をランキング形式で発表する、大結果発表会の催しが始まった。
司会を務めるのは、インドア書生コンビの片割れ、久蔵だ。
私が事前に用意した台本を両手で握りしめ、ガチガチに緊張した面持ちで大声を張り上げている。
ステージの脇には、本日の優勝者に贈られる特製トロフィーがキラリと光っている。
言わずもがな、私が作成した渾身の逸品である。
「で、では早速! 本日の売り上げベストスリーを発表いたします! まず、第三位は――!」
さあ、ここからが本番だ!
ここで名前を呼ばれてしまえば、その時点でユキホとのタイマン勝負における私の敗北が確定する。
お菓子のクオリティと客さばきには絶対の自信があったけれど、それでも「ここじゃない……来るなよ……頼むから名前を呼ばないで……!」と、私は心の中で必死に祈りを捧げた。
「下宿の、赤池お蘭チームー!」
おおーっ! と境内にどよめきと大きな拍手が上がる。
父親の権左衛門さんが「よくやった!流石はわしの宝だ!」とばかりに満面の笑みでお蘭ちゃんを高く抱き上げる。
当のお蘭ちゃんはなんだか少し悔しそうに唇を尖らせている。
正直、権左衛門さんの権力による「組織票」で、お蘭ちゃんはダークホースになり得ると思っていた。
よし……! まずは強敵が一人脱落!
「続きまして、第二位は――! 上宿の、望月カヨチームー!」
「うおぉぉぉぉぉっ! カヨちゃんおめでとうーーーっ!」
親衛隊のガキどもを中心とした少年たちが、拳を突き上げて大歓声をあげている。
……いやいや、ちょっと待って。お前ら絶対この前より人数増えてるでしょ。
上宿だけじゃなくて、下宿や辻宿の少年まで取り込んでないかしら?
それにしても、ここにカヨちゃんが食い込んできたのは完全に予想外だった。
となると、私かユキホのどちらかがトップスリー圏外に沈むことになる。
っていうか、地元の大人たちも結構気合いの入った店舗をたくさん出店していたのに、ベストスリーのうち二つが子どものチームってどういうことなの?
この集落の男たち、全員ロリコンなの……!?
まあいいわ。とにかく、次に名前を呼ばれた方が、本日の「勝者」だ!
チラリと横に視線を向けると、隣のテントのユキホは「ふわぁ……」と大きなあくびを噛み殺しながら、売り物の残りであろうお団子をもきゅもきゅと頬張っている。
勝った。
完全に勝負を捨てているあの態度を見て、私は脳内で勝利のガッツポーズを決めた。
「さて……ついに、本日の優勝チームの発表です……!」
来い! 来たれ私の名前!
ここで勝利を掴み取り、あの代官屋敷での屈辱を晴らすのだ!
さあ叫びなさい、久蔵! 「ミチルチーム」の名を――!!
「見事、第一位に輝いたのは――! 乙女原の、進藤鈴蘭チームーーーッ!!」
「…………なっ!?」
私の絶句を置き去りにして、一人の女性がすっと静かな足取りで壇上へと上がっていく。
二十歳前後と思われる彼女――進藤鈴蘭。
ショートカットが驚くほどよく似合う、まさに「クールビューティー」を絵に描いたような女性だ。
すらりとした無駄のないスタイル。
背筋がピシッと伸びた姿勢の良さと、無駄のない洗練された歩き方。
同じ女性である私でさえ、思わず息を呑んでしまうほどの、圧倒的な美しさと凛としたオーラ。
ふと周囲を見渡してみると、見惚れていたのは私だけではない。
集落の大人の男たちが皆、全員口を半開きにして、トロフィーを受け取る壇上の彼女に釘付けになっている。
あまりにも圧倒的な「大人の美」の暴力を前に、私は遠い目をしてそっと肩を落とした。
(こいつには流石に勝てねえ……)
私は小さく溜息をつくと、何本目かのお団子を頬張るユキホを見て心のなかでつぶやいた。
今日の勝負は、ひとまず「おあいこ」ってことにしておいてあげるわ!




