第18話 ビニールハウスで冬の農業革命。……なお、権左衛門には何もかもお見通しです
代官の一件から、およそ一ヶ月経ったある日、俺は、権左衛門が乙女原の視察がしたいとのことなので、そのお供をしている。
なんだろうこの感じ。
営業マン時代、「今日これから現場視察したいんだけど」と突然クライアントに言われた時の気分にそっくりだ。
どんな時代に行っても、偉い人の気まぐれに付き合わされるポジションからは逃げられないらしい。
視界の先では親方を中心とする大工軍団が、家や倉庫らしき建物を威勢よく建て進めている。ありがたいことに、俺とミチル、ユキホの家も並行して作ってくれているとのことだ。
そして畑の方も、再度綺麗に開墾し直され、先日、早速種まきが行われた。
「源蔵のやつも張り切っておるわ。建物関係はあいつに任せておれば安心かの」
「ですね。辻宿からも助っ人が来ているみたいですし。これも三宿原という大きな集落の大名主になられた、権左衛門さんのおかげですよ」
俺はこれ見よがしにゴマをするように腰をかがめ、下から権左衛門を見上げるように言った。
ちなみに「三宿原」とは、上宿・下宿・辻宿の三つが合併してできたこの街の新しい名前だ。
富三(代官)が命名したらしいのだが、正直、あまりにもひねりがなさすぎるし、なによりも言いづらい。
「何を言うか。儂はそこまで鈍感ではないぞ。何もかもお主の描いた絵図であろうが」
……やっぱり、権左衛門にはお見通しか。さすがにこの人相手では、適当な誤魔化しは通用しない。
「まあよい……で、あれはなんだ? なにか透明な壁の小屋が立っておるのだが」
権左衛門は、この時代にはあまりにも不自然な異彩を放つ建造物を指差し、不思議そうに首を傾げた。
「あれは『ビニールハウス』というものです。私の古いつてで、あの透明な幕を手に入れることができましてね。あの中は外気に比べて気温も湿度も高く保たれます。これから寒くなると作物が育ちにくくなりますが、あの建物の中なら冬でも作物が育つ。まさに魔法のような仕掛けですよ」
目の前には、立派なビニールハウスが整然と立ち並んでいる。
当然、あの透明なビニールシートは『リサイクル』スキルで用意したものだ。
骨組みは金属パイプでも『ファブリケーション』しようかと考えたのだが、さすがに未来感が出すぎると思い直し、親方に頼んで竹で組んでもらった。
やや小型ではあるものの、現代でも十分通用するしっかりとした出来栄えだ。
現在はまだ5棟だが、今後はさらに増設していく予定である。
「ほお……種まきまで行ったと聞いておかしいと思っておったのだ。このあたりの冬はさほど厳しくないとはいえ、この季節から育て始められる作物はそう多くないからのう」
「ええ。ですがビニールハウスを使えば、育てられる作物の幅がぐっと広がります。冬の間に収穫できる葉物から、春の早い時期に収穫できるものまで、いろいろ試してみるつもりです」
「さすが平太殿だ。これは年貢が楽しみだな」
「えーっ、野菜まで年貢にとられるんですか……?」
俺が露骨に嫌そうな顔をしてみせると、権左衛門は満足そうに笑った。
「あはは、冗談じゃよ。寒波の押し寄せる冬場でも、街に新鮮な野菜が流通する。それだけで素晴らしいことではないか」
年貢、といえば――。
彦次郎(辻宿の元名主)によって不当に搾取されてきた過去の年貢については、判明している分だけでも返却しようかという案が出されていた。
だけど、裏付けの取れないまま返却を進めれば不公平が生じるし、そもそも過去数年分の帳簿をすべて洗い出すなんて物理的に不可能だ(アナログだし)。
第一、彦次郎と富三が使い込んでいたせいで、全員に満額返すだけの予算(原資)だって端から足りていない。
そこで権左衛門は、失脚した彦次郎の財産をすべて没収(富三には「寄付」という形で、有金の大半を納めさせた)したうえで、「その資金が尽きるまでは、辻宿の年貢を一切徴収しない」という処理で手を打った。
現場の混乱と無駄な業務を避けるための「実に現実的な落とし所」といったところだが、政治的には大正解だったらしい。
結果として権左衛門の評判はうなぎ上り。一部の住民からは「救世主」とまで崇められているようだ。
本人はどう思っているかわからないが、まあ、この人を名主に担ぎ上げて正解だったな。
さて、俺の次なる動きとしては、ここ乙女原での食糧生産体制を盤石にすることだ。
まだ駿河国とは友好関係を築けていないが、今後いずれ遠征――つまり「○○を倒せ」というような戦闘ミッションが発生する可能性もあるだろう。
合戦において何より重要になるのは、いつの時代も「食料(兵糧)」だ。
そのため、畑の拡充と並行して、馬や牛、ニワトリといった家畜の確保も急ピッチで進めている。
この時代、肉を食べる文化はあまり一般的ではないらしいが、いざとなれば貴重なタンパク源になる(というか、純粋に俺が肉を食べたい)。
そういえば、代官追放の際に俺に裏切られて絶望していた彦次郎だが、現在は鉄五郎とともに、家畜の世話係に任命してある。
「破滅まではさせない」という約束を守ったつもりはないが、下手に野に放つより、適当な役割を与えて目の届く場所に置く方が安全だからだ。
鉄五郎はまあ……、朝秀直轄のままでは少々気の毒で……。
って、あれ? 鉄五郎、家畜小屋にいないけど、どこ行ったんだ?
また朝秀のパワハラを受けてなきゃいいんだけど……。
「……さてと」
そろそろ、駿河国の件についても本格的に動き始めるとするか。
例のブツ(カヨちゃんフィギュア)も完成したことだし、このあと持って行きついでに、富三と何か作戦でも考えようかな。




