第16話 新名主誕生の裏で、悪徳代官との妙な関係が始まる
「えー。この度、このような身に余る役職に就かせていただき、大変身の引き締まる思いでございます」
辻宿の広場に、権左衛門のよく通る声が響き渡った。
「辻宿、上宿、下宿。それぞれに歴史があり、人々の暮らしがありました。それが今日より一つとなり、新たな大きな街として歩み始めることとなります。互いに手を取り合い、誰もが笑顔で豊かに暮らせる街を、皆様と共に作ってまいる所存です!」
ワアァァァッ! という大歓声が広場を揺らす。
辻宿の広場には街の人間の大半が集まっており、雰囲気は完全な歓迎ムードだ。
前任の悪徳名主(彦次郎)が更迭された背景も手伝って、人々の顔には希望が満ちている。
広場の一角には、俺たちも勢そろいしていた。
俺、ユキホ、ミチル。カヨに親方、サトさん。久蔵と五助のインテリコンビ。さらに朝秀とツムギちゃんたち家族に加え、スズラン、州平、弾正というチート戦力組。
いつの間にか、かなりの大所帯になったものだ。
ちなみに今日の俺たちは全員、ミチルが仕立ててくれた上質なフォーマル着物に身を包んでいる。
おそろいの意匠が組み込まれていて、ちょっとした名家の集まりみたいで格好いい。
「クソっ。権左衛門の野郎、うまくやりやがって。一体どんな汚い手を使いやがったんだ」
隣で親方が悪態をつくが、その声は上ずり、目には涙が滲んでいる。
「いやいや、権左衛門さんは優秀ですから。俺的には当然の人選だと思いますよ」
「辻宿にも優秀な人間はいただろ。なんで一番でかい辻宿じゃなくて、ちっぽけな下宿の人間が名主になるんだ。普通なら辻宿の人間から選ばれるだろ」
「まあ、このところ辻宿に詰めてましたけど、結構問題だらけの街でしたからね。お上も刷新したかったんですよ、きっと」
俺は適当に濁しながら、心の中で先日の一幕を思い返していた。
――悪徳代官を陥落させた数日後。俺は代官に対し、三つの条件を突きつけた。
一つ、乙女原を俺に任せること。
二つ、辻宿、上宿、下宿を合併し一つの街にすること。
三つ目は、その新しい街の名主に権左衛門を任命すること。
この条件を飲むなら、本国にも不正は黙っておくという裏取引だ。
まずは代官の権限ですぐに実行できそうなラインを突いたが、あくまで「とりあえず」だ。
代官には今後も、もっと俺たちのために働いてもらう予定である。
だが、この裏取引の事実は、皆には伏せている。
今回の勝利は、間違いなくみんなの力を合わせたからこそ得られたものだ。
朝秀の武力、五助の算術、スズランの諜報力、そしてミチルとユキホの潜入。誰一人が欠けても、ここまで綺麗に代官を追い詰めることはできなかった。
むしろ俺が一番何もやってないくらいだ。
そんな俺が「裏交渉で手柄を全部かっさらった」ような形になるのは、どうしても避けたかった。いや、単純に拒否感があった。
サラリーマン時代、チームの努力を要領とタイミングの良さだけでかっさらうような同僚がいた
あんな奴と同じマネだけはしたくないという、生理的な拒絶感があったのだ。
権左衛門が新名主に選ばれたのも「彼が優秀だからお上に認められたんだ」と、みんながそう思ってくれているくらいがちょうどいい。
「権左衛門の奴、あとでうまい酒でも奢らせてやるか!」
親方が俺の背中をバンバンと叩いて笑う。
鼻をすする親方の横顔を見ながら、俺は「それはいいですね」と静かに頷いた。
この平和な結末は、権左衛門の実力と、皆の頑張りで勝ち取ったもの。俺の腹黒い裏工作なんて、誰にも知られなくていい。
◇
「むふふ。お主も悪よのう、お代官こと富三よ」
「いやいや。 平太殿ほどではございませんぞ」
ここは代官の屋敷。先日、俺が代官を完全に追い込み、陥落させた応接室だ。
俺が突きつけた四つ目の条件――部屋の壁一面に特製の飾り棚を作ること。それが本日完成したのである。
その棚のちょうど中央。最も目立つ場所に鎮座しているのは――『ユキホの1/7スケールフィギュア(Ver. ドキドキJSL)』だ。
そう。俺があの時、代官にだけ見せた贈り物の正体。
わざわざ他の奴らにはわからないように見せた理由は他でもない。
こんな業の深い代物、堂々と出せるわけがなかったからだ……。
俺は皆が寝静まった後、夜な夜な『ファブリケーション』のスキルを駆使して、こいつの制作に没頭していた。
狂気にも似たトライ&エラーを繰り返し、ようやく誕生した俺の最高傑作である。
ちなみに、フィギュアのデータをそのままインベントリ内に保存しておくと、何かの拍子にミチルたちに見つかる可能性がある。
そのため、武器や便利グッズっぽいダミーデータを大量に作り、その中に紛れ込ませてある。ファイル名も「鍬の替え刃パーツ・試作型」と、彼女たちが興味を持たないであろう名前に偽装してある。
俺の危機管理と隠蔽工作にぬかりはない。
「いやぁ……素晴らしい。平太殿、今度はもっと大きいサイズで作っては……」
「分かってないな、富三。この飾り棚の一枠のサイズが、なんでこの寸法になっているのか考えてみろ。この『1/7スケール』を最も美しく飾るためだ。巨大な一体を置くより、この棚をすべて同じスケールの少女たちで埋め尽くすことにこそ、至高の価値があるんじゃないか」
「すべて!? ひょ、ひょっとして平太殿……っ」
「ああ。これからも新作が完成するたびに、ここに飾っていく。ちなみに次の新作は……カヨを予定している」
「なんとォォォォォォォッ!!」
感極まった富三が、両手を天に掲げて打ち震える。
「いいか富三、お前さっき『もっと大きいサイズ』とか言ってたが、まさか少女たちに対して妙なエロ心を向けてるんじゃないだろうな。少女とは不可侵にして至高の存在だ。性的な目で見るなんてもってのほかだからな。実物もフィギュアも芸術として敬え」
「ははぁーっ!! 私はまだまだ未熟でございました! 平太大師匠、今後ももっと深く『ロリ道』についてご教授いただきたく……!」
完全に狂信者の目になった代官(富三)が、平伏せんばかりの勢いで頭を下げる。
そんなこんなで、俺とこの悪徳代官は、共通の趣味を分かち合う「オタ友」のような妙な関係に収まっていた。
ただでさえ日陰の趣味だ。
同じ熱量で語り合える友人なんて滅多なことでは作れない。
特に俺たちのような、おっさん同士ではなおさらである。
実を言うと。『ファブリケーション』のスキルが発覚した時、俺の脳裏に真っ先に浮かんでしまったのが「これならユキホのフィギュアが作れるんじゃないか」という欲望だった。
ただ、それには致命的な問題があった。
「作ったとしても、飾る場所がない」のだ。
まさか自分の寝床である納屋に飾るわけにも行かないし、母屋に置くなんてもってのほかだ。
一発で社会的に死ぬ。
というわけで、この棚は代官を陥落させた「俺自身へのご褒美」というわけだ。
俺(と富三)専用の、秘密のフィギュア飾り棚。
この壁一面の棚を、この世界で出会った美少女たちで埋め尽くす……。想像しただけで、俺のやる気メーターは軽く限界突破だ。




