第15話 悪徳代官、完全陥落。「すべてを委ねます!」と言わせた、とっておきの贈り物
「代官様。あなた、やっちゃってますね」
「やっちゃってますね」
俺が言うと、なぜか隣の五助が架空の眼鏡をクイッと押し上げながらドヤ顔で続く。
「この街の全商店(嘘)の帳簿を拝見し、集計をとりました。年貢の徴収率が、もはや不当と言って良いほど高いんですよね。こちらについてはどうご説明を?」
「ふ、不当も何も、これが正当な税率じゃ! お前らのような得体の知れぬ者に、とやかく言われる筋合いはない!」
「なるほど、これが正当と。では、店舗によって税率がまちまちになっている点については?」
「そんなもん儂は知らんぞ! 税の徴収はそこにいる名主に任せておる!」
「そうですか。では『警護料』やら『街道修繕費』やら、さらに『国役金』や『御用金』など追加の税らしき項目が散見されるのですが、これについて代官様は把握されておりましたか?」
「そ、そんなもん知らん! 儂は一切把握しておらんし、許可した覚えもない!」
俺はわざとらしく「おや?」という顔を作り、首を傾げた。
「あれ、ご存知なかったんですか? ということは、これは不当な税ということですよね。これだけの不正が行われているのに、管轄のトップである代官様が一切気づかなかったと? ……それってつまり、『代官としての統治能力がゼロ(職務怠慢)』だと自白しているようなものですよ。そんな無能な代官を、駿河の本国が許すと思いますか?」
俺の言葉に、代官の顔色からサッと血の気が引いていく。
逃げ場のない二択に気づき、明らかに「やばい」という焦りの色が浮かび始めた。
「あと、これは最も大きな問題なのですが。民衆から徴収した税と、代官様がお上(本国)に納めている額……これに結構な『差額』が発生しているんですよね。これについては?」
「そ、そんなもん! 儂はそこの名主が納めてくる額をそのまま上納しているだけだ! あとはあれだ! 事務にかかる正当な『手数料』だ!」
「手数料? そんな高い割合が認められてましたっけ? もし正当なものなら、その仕分け項目がこの帳簿にきっちりあるはずなのですが……ないですよね。これは単純に不正会計ですよ」
「儂は知らん! 税の徴収はそこの名主に任せておるのだ! 儂は何もしておらん!」
代官はすっかり余裕を失い、顔を真っ赤にしてわめき散らしている。案の定、自分の帳簿がなぜこちらの手中にあるのかという、根本的なおかしさにすら、気が回らないらしい。
そして予想通り、すべての責任を名主になすり付ける作戦に出た。
「そうですよね。私もこの街の人間たちや、ここにいる名主様にも事情聴取をしたのですが、どうも『悪いのはすべて名主様側だ』という見解に落ち着きそうです」
「なっ! 何を! お主、先ほど『破滅に追い込む真似はしない』と申したではないか!」
裏切られたと悟った彦次郎が、真っ青な顔で立ち上がろうとした。
だが、朝秀が「動くんじゃねえ」という鋭い眼光を向けると、名主は「ヒィッ」と声を漏らしておとなしく座り込んだ。
「おしまいだ……もうおしまいだ……」
おしまいだって……。あんた、こんな状況でまだ自分が助かると思ってたの? 流石にそれは都合が良すぎでしょうに。
一方、自分の罪を被ってくれるスケープゴートが確定したと勘違いした代官は、急に強気な態度を取り戻した。
「そうじゃ! 悪いのはすべてそこの名主じゃ! 儂は何も悪くない!」
「あはは。でも先ほども申し上げたとおり、これだけの不正が行われていたのに代官様が一切気づかれていなかったのは、やはり大問題なんですよね。その点についてはきっちり、本国へご報告する必要があるかと」
俺が静かにそう告げると、代官はバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「うるさい! そんなものは問題にはならぬ! その名主さえ罪として裁けば、すべて丸く収まる話だ!!」
完全にブチ切れ、声を荒らげて俺を見下してくる。
朝秀が立ちあがろうとするが、俺は片手でそれを制した。
……なるほどね。
こいつの目には、俺は何者に映っているのだろうか。
普通、見ず知らずの人間がこんな証拠の山を突きつけてくれば、俺が街の人たちに吹聴した嘘の役職「お上から来た内偵」だと勘違いして然るべきだ。
だがこいつは、「差額は手数料だ」「不正に気づかなかったことに罪はない」などと、明らかに論理の破綻した適当な言い訳をまくし立てている。
そう。こいつは完全に、俺のことを舐めているのだ。
「正義感だけで動いている、本国へのパイプなんて持っていない小役人だろう」と(半分以上正解ではあるが)。
俺はゆっくりと立ち上がると、テーブルを飛び越え代官の首へガシッと腕を回した。
そのまま強引にソファーへ座り込ませ、逃げられないように耳元へ顔を寄せる。
「ふざけんなよ、てめえ」
わざと、一番低くて冷たい声を出した。
「……すべてめくれてんだよ。お前が名主から賄賂を受け取っている決定的な証拠も、俺たちはすでに握ってんだ(ハッタリ)。お前は、破滅するんだよ」
俺の囁きを聞いた瞬間、代官の体から一気に力が抜け、抵抗する腕がダラリと下がった。
そのまま、糸が切れたように深く項垂れる。
「儂は……終わりなのか……」
「そうだねぇ。まあ、俺自身がお前を裁けるわけじゃないけど、この件がすべてお上(本国)に知れたら、いったいお前の首はどうなるだろうねえ?」
「うぅぅ……っ」
俺はもう一度、代官の首に腕を回し、まるで悪魔のように耳元で囁きかけた。
「でもさ。もし俺に『すべてを委ねる』って言うんなら……破滅以外の道を、用意してやらなくもない」
代官がバッと目を見開き、至近距離で俺の顔を見つめてくる。
「だ、だが、儂は……お前なんぞに屈するなど……」
くそこの野郎。ここまで追い詰められておいて、まだ往生際が悪いのか。
ここで俺は、あらかじめ用意していた「最終手段」を繰り出すことにした。
「さらに。もし俺にすべてを委ねるって言うんなら、お前に『とっておきの贈り物』がある」
「贈り物……?」
「ああ。お前のようなクソみたいな人間なら、泣いて喜ぶような代物だぞ。……見るか?」
「そ、そんなもん……見てみぬことには分からぬ……」
「見るのか? 見ないのか? 俺は、お前が判断する前に見せてやってもいいと言ってやってるんだぞ」
「……すまん。見させていただく」
俺は持参した箱を手にとり、代官にだけ中身が見えるようにそっと蓋を開けた。
「なっ!!!! こ、これは!!!!」
「な? すごいだろ。泣いて喜びたくなるだろ」
代官は、箱の中身から目を離せないまま、凄まじい勢いで首を縦に振った。
俺はニヤリと笑い、最後のトドメを刺す。
「さらに俺には、お前に正気を失うほどの歓喜を与えることができる『力』がある」
再び代官の耳元へ口を寄せ、ネットリと囁く。
「……先日ここに来た『ユキホ』は覚えてるな?」
代官は、呼吸を荒げながらものすごい勢いで頷く。
「上宿の『カヨ』、下宿の『お蘭』のことも、お前なら当然知っているな?」
もう首が引きちぎられんばかりに頷いている。
「そこに、お前がまだ知らない、乙女原の『ツムギ』という極上の美少女を加えた……合計4人。この4人を、この屋敷に遊びに来させることだって……俺にはできなくもないぞ」
「委ねます!! あなた様に、すべてを委ねますぅぅぅ!!!!」
代官はソファーから転げ落ちるようにして、地面に深く額を擦り付けた。
悪徳代官、完全陥落である。




