第12話 色仕掛けで悪徳代官を落とすはずが……あれ?
いま私は、「一張羅感」のある、上品かつ可愛い系の着物を纏い、代官のお屋敷に向かって歩いている。
もちろん、私の『ファブリケーション』のスキルをフル稼働させて作成した、特製のカスタム衣装だ。
自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ可愛い出来栄えである。
平太の奴は最初「それは流石に危険だし難しいんじゃないか」なんて常識人ぶったことを言っていたのに、数日経ったら急に「よし、ミチルの色仕掛けで行こう!」と手のひらを返してきた。
私は設定であっても「平太の妻」なのだけど?
嫁(設定)を、他の男のところに色仕掛けで送り込むなんて、あの夫(設定)はマジで最低の極みだと思う。
正直、即離婚案件だ。
何の大義名分もなくいきなりお屋敷を訪ねるのも不自然極まりない。そこで、要件をどうするかという話になった時、私は代官が店で大声で喋っていた痛い自慢話を思い出した。
たしか「我が屋敷には、南蛮の商人から譲り受けた器や……」とか何とかドヤ顔で言っていたっけ。
だったら、「先日茶屋で小耳に挟みまして、都にもないような珍しい品がございますのでお持ちいたしました」という体で突撃すれば良いのでは?、と私が提案したところ、平太の奴に「それだ!」とあっさり採用された。
というわけで、代官への献上品である特製の「スノードーム」が入った箱を抱えている。もちろんこれも私が作成した。
私の趣味をこれでもかと詰め込んで作ったので、透明なアクリルドームの中には、精巧極まりない小さな美少女のお人形が佇んでいる。
自分としては会心の出来で、正直、あんな気持ち悪いやつに渡すのが惜しいくらいだ。
とは言いつつ、現代の感覚から言わせてもらえば、「もらって困るお土産の代表格」と言っても過言ではない気がするのだけど、まあ、あの成金趣味の代官なら喜ぶだろう。
私のすぐ隣には、笠を深く被ったユキホがトコトコとついてきている。もちろん、ユキホが纏うのも私特製のカスタム衣装だ。
ユキホを連れていくのは平太の指示だ。
とりあえず二人で的なことを言っていたが、詳しい理由までは説明されていない。
娘(設定)まで、色仕掛け作戦に巻き込む。ほんとあの夫(設定)は最低だ。
私に与えられたミッションは、とにかく代官に取り入り、ひとまずは共にティータイムでもすること。
とりあえずそれで良いとのことだ。
時間は長ければ長いほど良いらしい。
正直に言えば、今回の作戦はあまり乗り気じゃなかった。
でも、システムに表示されている「ミッション」や「タスク」については、私もちゃんと把握している。
なんだかそれに向かって主体的に動いているのは平太だけのような気がしていた。
私がやっているのは、ひさご屋のお手伝いや、サトさんの洗濯の手伝い。
平太だけが「救世主」的なカッコいい動きをしていることに、心のどこかで、悔しさを感じていたのだ。
このままでは、私はただの平太のおまけになってしまう。
私だって役に立ちたい。
だって、私だって一応、この世界に選ばれた「救世主」なのだから。
そんな私なりのプライドと悔しさがあったからこそ、この作戦を引き受けた。
見てなさいよ平太、完璧に帳簿をコピーして驚かせてやるんだから!
◇
「ごめんくださーい」
お屋敷の立派な門の前で声をかけると、門番の兵士っぽい人たちが怪訝な顔で出てきた。多分、ひさご屋にお供で来ていた人だ。
しかし、私の着物姿(【魅力:A+】補正)を見るなり、男たちは一瞬で顔を真っ赤にしてフリーズする。
私が「代官様へ珍しき品をお持ちしました」と微笑むと、大慌てで奥へと取り次ぎに走っていった。
――よし、ここまでは完全に計算通り。
しばらく待っていると、奥からバタバタと騒がしい足音が聞こえ、あの代官が姿を現した。
その顔には、これ以上ないほどの満面の笑みが浮かんでいる。
(うわ、改めて見ると想像よりキモい)
「いやいやいや! ようこそいらっしゃっていただけた! ささ、どうぞ中に! 最高のお茶とお菓子を用意しておりますので!」
アポなしでいきなり訪ねたのに、超ウェルカムモードだ。
あまりの歓迎ぶりに、何だか少しだけ悪い気がしてきた。
案内されたのは、リビングというか、応接室というか、とにかくえらく豪華な部屋だった。
部屋の中央には、いかにも洋風って感じの豪奢なソファーが鎮座している。
部屋の装飾も全体的に洋風にまとめられているが、雰囲気はまさに和洋折衷。
元の世界にいた頃、歴史的な洋館を観光で訪れた際に感じたような、独特のレトロで高級な印象だ。
なんだかすごく良い感じの雰囲気だなあ、と不覚にも思ってしまったと同時に、この戦国異世界にこんなものがあることに、どこか違和感も覚えた。。
私はユキホと並んでソファーに腰を下ろす。
しばらくすると、お手伝いさんらしき女性が、実にてきぱきとした動作でお茶とお菓子を運んできた。
白い磁器のカップに注がれた紅茶と、クッキー。
うん、このお代官様は、徹底的に洋風なものが趣味なんだろう。
こんな世界で暮らしていると、たまに味わう洋風のテイストは確かに新鮮で嬉しい。嬉しいなとは思うのだけれど……。
正直に言わせてもらえば、私は日本茶が飲みたかった。
だって、ここは駿河(静岡)よ。お茶の国よ。
日本茶が最高に美味しい土地なのに、わざわざ駿河の代官所で紅茶を飲むって、なんか決定的に邪道な感じがしてならないのだけど。
心の中でそんなツッコミを入れつつ、私は居住まいを正して代官に向き直った。
用意していた台詞を、お上品なトーンで告げる。
「いきなりお邪魔してしまい、大変申し訳ありません。私はサトウミチルと申します」
「どうもどうも、よく来てくだされた! ミチル殿な! ……で、そちらのお嬢さんの名は、なんていうのかな?」
代官は前のめりになって私の隣を覗き込んできた。
「あ、すみません。こちらは娘のユキホと申します」
私が代わりにそう答えると、代官はあからさまに「いや、そうじゃない」と言いたげな、不満そうな顔をした。
ん?
すると、隣にいたユキホが、小さく頭を下げた。
「ユキホです。初めまして」
ユキホが自らの声で挨拶をした瞬間。
代官の顔が、ぱーっと明るく輝いた(気がした)。
……んん??
「そうかそうか! ユキホというのか! いやはや、なんとも可愛い名前じゃのう! ユキホは甘いものは好きかな?」
「はい。好きです」
ユキホが頷くと、代官は鼻の下を限界まで伸ばして大はしゃぎし始めた。
「そうかそうか! ここにはな、普通の者では絶対に食べられぬような、珍しくて美味しい甘味が山ほどあるからの。おい! 先日取り寄せた、あの極上のカステラを持てまいれ! っていうか、なぜ最初から出さぬのだ! すぐに持ってこい、すぐに!!」
ものすごい勢いで使用人を怒鳴り散らす代官。
そのあまりの熱量に引きつつも、私は「いまがチャンスだ」と、抱えていた箱に手をかけた。
「あの、代官様。実は本日、お近づきの印にと、都より伝わる珍しいものをお持ちしたのですが……」
私がそう言ってスノードームの箱を差し出そうとすると。
代官はチラリともその箱を見ることなく、邪険に手で払うような仕草をした。
「あー、それは、まぁ、その辺にでも適当に置いておいてもらえるか。それよりもユキホ。お主、年はいくつじゃ? 普段はどのような遊びをしておるのだ? いやはや、実によく似合う可愛い格好をしとるのう、それは一体どこで買うたのだ?」
…………ん!?
デレデレとした締まりのない笑顔で、ユキホの手を握らんばかりの勢いで距離を詰めていく代官。
……あれ?




