第10話 不正の証拠はあと一歩。悪徳代官攻略の鍵は、妻(設定)の「色仕掛け」?
俺たちは今、辻宿の旅籠の一室にいる。
ひさご屋の店主が、「お上の方にこんなところでなんですが……」と言いつつ、気を遣って手配してくれたのだ。
わざわざ上宿まで戻るのも面倒だったので、非常にありがたい。親方への「本日は泊まります」という連絡は、スズランに頼んである。
今日は、ミチルとユキホの「看板娘効果」のおかげで、ひさご屋は開店以来、最高額の売り上げを叩き出したらしい。
今までは、店が目立って繁盛すると、あのヤクザまがいの自警団がほぼ間違いなく因縁をつけてくるため、息を潜めるようにして商売をしていたそうだ。
だが、朝秀が新しいボスに収まったおかげで、その心配が完全に消え去った。オヤジさんは「これで思いっきり商売に精が出せます!」と、涙ながらに喜んでいた。
さて、今は今日集めてきた帳簿のデータを、五助に確認してもらっているところだ。
辻宿の全店舗とは行かないまでも、目の前に結構な数の帳簿が積み上がっている。
「パチパチパチパチッ!」
静かな部屋に、五助の弾くそろばんの音が異様なスピードで響き渡っている。
五助はひさご屋の店主からもらった反故紙の裏に、独特の記号や漢数字をずいぶん年季の入った筆で書き殴っていく。
やっていることは完全にマニュアル(手動)の極みだ。それなのに、計算スピードは現代の会計ソフト並みに速い。
ポテンシャル爆発しすぎだろ……。
呆気に取られて眺めていると、五助の手がピタリと止まった。
「平太さん。だいたい分かりましたよ」
「ん? 何? やっちゃってる?」
「ええ、やっちゃってますね」
五助はいつもの、架空の眼鏡をクイッと押し上げる仕草をして、ニヤリと俺の方を見た。
「不正というか……まず、年貢の徴収額が店によってバラバラです。もはやその場の気分で決めているんじゃないかというレベルです。平均的にみても、一般的な税率よりかなり高い。それに加えて、『警護料』やら『街道修繕費』やら、追加の税らしい名目が結構な数あります」
「なるほどね」
「この追加税が、お上から正式に許可されたものか否かは現時点では断定できませんが……まあ、間違いなく名主か代官が、そのまま懐に入れているかと」
「っていうと、この間言ってた『最低でも半分の店舗の帳簿があれば』って条件は、もうクリアできたってことかな?」
俺が尋ねると、五助は少しだけ眉をひそめた。
「そうですね、各店舗から税を不当に搾取している実態は、これで十分に証明できます。ただ……間違いなく不正だとは思うんですが、じゃあこれだけで追い込めるかというと、ちょっと弱いんですよね」
「弱い?」
「はい。悪徳なのは間違いありませんが、徴収した年貢や追加税が、その後どうなっているのか――つまり、お上にちゃんと納められているのか、それともお上以外の懐に収まっているのか。そこまで分からないと、名主と代官の『どちらが』、あるいは『両方が』黒なのか、決定的な証拠としては不十分なんです」
「だよな……。だとすると、名主か、あるいは代官の帳簿が必要ってことか」
「ですね。できれば『代官の帳簿』を手に入れるのがベストです。名主の帳簿は、あれば面白いものが見つかるかもしれませんが、あれほど恣意的な徴収をやる名主ですから、そもそもちゃんと帳簿をつけていない可能性の方が高いですからね」
代官の帳簿か。
相手は一応、お上から派遣されている国家公務員のような存在だ。
そんな奴の懐に飛び込んで、帳簿のデータをコピーしてくるなんて、一体どうすれば……。
スズランに頼んでこっそり帳簿を盗み出してもらえばとも思うが、それをやってしまうと単なる泥棒だ。
いざ突きつける証拠として使いにくくなる可能性がある。(まあ、ばれなきゃ大丈夫かとも思うが、リスクは極力避けたい)。
となると、やはり『コピー』のスキルを使うしかない。
俺が頭を抱えそうになった、その時だった。
「代官だったらねえ。ミチルの出番じゃないの?」
ユキホが急に横から割って入ってきた。
見れば、ユキホの両手にはドーナツが握られている。そして彼女の周りには、ケーキの空きパッケージと、いつものエナドリの空き缶がゴロゴロと転がっていた。
(……もう。ゴミはちゃんと片付けておいてね。っていうか、向こう(現代)から戻ってきた直後は随分ほっそりしたなと思ったんだけど、わずか数日で完全に元に戻ってないか?)
「えっ。ミチルの出番って、どういうこと?」
「だってねえ。代官さん、今日だけで三回も店に来たのよ。あれ、絶対にミチル目当てよ」
「ええっ!?」
俺が驚いて振り返ると、部屋の隅でお茶を飲んでいたミチルが「ぶふっ!」と盛大に吹き出した。
「い、いやいやいや! そんなんじゃないから! ひさご屋さんのお団子が気に入っただけなんじゃないかな……!?」
顔を真っ赤にして全力で否定するミチルに、ユキホはジト目を向ける。
「そんなことあるわけないじゃない。お団子目当てなら、今までだって来てるはずでしょ。店主さん、『代官がうちの店に来たのは今日が初めてだ』って言ってたじゃない」
「へー……そんなことがあったんだ」
俺は腕を組み、顎をさする。
「ってことは、ミチルの色仕掛けで代官を落として、帳簿のある部屋に潜入するってことになるのかな?」
「そうね」
ユキホはドーナツをもきゅもきゅと咀嚼しながら、事もなげに頷いた。
「代官がミチルを見る目、ちょっと普通じゃなかったもの。あれは一発で落ちるわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! だから、そんなんじゃないって言ったじゃない!」
ミチルは慌てふためいているが、ユキホの観察眼はあなどれない。【魅力:A+】の力で、代官の心をガッチリ掴んでしまうなんて展開も、あながち「なくはない話」だ。
ただ、「あれは一発で落ちるわ」って言われても……。
仮に代官を落とせたとしても、そこから帳簿を手に入れるのは全く別の話だ。
フジコちゃんじゃあるまいし……。
だけど、『コピー』のスキルを使用できるのは、俺、ミチル、ユキホの三人だけだ。
この三人の中で代官の懐に最も自然に近づけるのは……ミチルが適任ということになるのだろう。
だが、いくらなんでも危険すぎる。
何か、もっと安全な作戦はないだろうか?
……ん? 代官?
俺はふと、以前の記憶に引っ掛かりを覚えた。
『次の満月までに再建できねば、遅延の罰として、人別帳から若い娘を三名、奉公に出せ』
例の橋の再建時に突きつけられたあの理不尽な条件――つまり、これってこの代官の指示だろ。
若い娘と言っても年齢の幅はあるだろうが……どうもそこが引っかかる。
俺が腕を組んで思案していると、ふと視線の端で何かが動いた。
見れば、五助がユキホからもらったであろうショートケーキを、凄い勢いで貪り食っている。
そしてその脇には、しっかりとエナジードリンクの缶が置かれていた。
……あーあ。君もすっかり未来の嗜好品の虜になっちゃったのね。
しっかり糖分とエネルギーを補給しておいてくれよ。
明日からも、がっつり頭を使ってもらうからさ……。




