第9話 魅力A+の最強看板娘コンビ。そして元ヤクザは街道を五十往復させられる
「いらっしゃいませ! 何名様ですか? はい、こちらへどうぞー」
ミチルが少し辿々しい手つきで、お客さんの対応をこなしている。
彼女の声が響く店の前には、なんと長蛇の列ができていた。
……さて。一体全体、なんでこんなことになっているのか。
昨日、朝秀のおかげで辻宿での安全が完全なまでに確保された。
そこで俺は満を持して、ユキホ、ミチル、五助を伴って辻宿へとやってきた。
本格的な街の実態調査である。
昨日、俺がひさご屋や数軒の商店からコピーしてきた帳簿(大福帳)を五助に見せたところ。
「不正の証拠の材料とするには、できればこの街の半数以上の商店の帳簿が必要になりますね」
というわけで、今日の主なミッションは「他の店舗の帳簿を片っ端からコピーして回ること」に決まった。
まずは昨日お世話になった「ひさご屋」の店主を訪ね、他の店を紹介してもらおうと考えたのだが……。
俺が店内で店主と話し込んでいる間、店先に立って待っていたユキホとミチルの二人が、どうも街道を歩く男たちの目を引いてしまったようなのだ。
「あれ? あそこにいるの、新しい茶屋娘さんかな。えらい別嬪さんだねぇ」
「本当だ、ちょっとあそこでひと休みしていこうぜ」
気づけば、あれよあれよという間にお客さんが押し寄せてきた。
まさに「最強の看板娘」である。
ミチルは突然の事態に、「いえっ! 私はちょっと用事があってここにいるだけで……っ」と困惑していたのだが、そんな抵抗もお構いなしに客足は加速していく。
挙げ句の果てに、横にいたユキホが楽しそうに目を輝かせた。
「いいじゃない、ミチル。お手伝いしましょうよ! 私もこういうの、一度やってみたかったのよね!」
こうして、ユキホのノリノリな一言が決定打となり、お客さんの波が落ち着くまで二人は店の手伝いをすることになってしまったのだ。
それにしても……ユキホだけじゃなく、ミチルもなんだかもの凄くイキイキしてないか?
今回の爆発的な客寄せが、彼女たちの持つ【魅力:A+】の威力であることは間違いない。
しかしそれ以上に、俺は今朝、初めてこの時代の服装(もちろんミチルのお手製)を纏った彼女を見て、はっきりとこう思ってしまっていたのだ。
(……あ、かわいいな)
前世のグレーの長袖Tシャツに薄い色のジーンズ姿だったミチルは、ぶっちゃけ「可愛い・可愛くない」の次元以前に、なんとも印象に残らない「パッとしない」イメージだった(俺が言うのも難だが)。
もちろん、彼女自身の素材が良かったのもあるのだろうが、人間の印象というのは服装ひとつでこうもガラリと変わるものなのかと、改めて驚いた。
それと同時に……。
自分がミチルのことを「かわいい」と思ったこと自体に、俺は少なからず混乱していた。
よくよく考えてみれば、俺は今まで、少女以外の女性――特に、ミチルのような「大人の女性」に対して、そんな感情を抱いた記憶が一切ない。
単に女性をまともに見てこなかったという理由もあるだろうが、それを差し引いても、胸の奥に初めて湧き上がったこの妙な感覚に、実は結構ドギマギしていたのだ。
(……ハッ、いかんいかん)
俺は軽く頭を振って雑念を振り払うと、隣の五助に声をかけた。
「ユキホとミチルはあんな感じだし、仕方ないから俺たちだけで店を回ろうか」
「ですな。行きましょう、私らも手伝わなければならなくなる前に……」
当てにしていたひさご屋の店主は、急な大繁盛で手が離せそうにない。
紹介なしの突撃になるが、俺たちは端から順にアポなしで商店を回ることにした。
現代日本でいうところの「飛び込み営業」である。
……うん、記憶が疼いて、結構な抵抗感があるな。
辻宿には旅籠や茶屋だけでなく、呉服屋、米屋、あるいは何でも屋のような店まで、ざっと数十軒の店が軒を連ねている。
街道の長さもおよそ一キロほどあり、下宿に比べてもかなり規模が大きい。
緊張しながら、一軒目の商店の暖簾をくぐる。
すると、店内にいた店主らしき男性が、俺の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「も、もしかして……お上から密かにいらしたという方ですか!? ひさご屋の店主から、話は伺っております!」
ナイス、ひさご屋の親父さん!!
まさかの根回しのおかげで、話がとにかく早い。
「では早速、帳簿を……」とお願いすると、すでにカウンターの上に用意されていた。
俺はそれを受け取り、スキル『コピー』を発動。
パラパラと内容を確認するフリをして、スマートに店主に返却する。
「確かに拝見しました。お上の動きがあるまで、決して他言せぬよう」
「ははっ! よろしくお願いいたします!」
俺たちはその勢いのまま、次々と商店を回って帳簿のデータをインベントリに吸い上げていった。
その調査の途中、街道を歩いていると、前方から妙な掛け声が聞こえてきた。
「イチニ、イチニソーレ! イチニソーレ!!」
何事かと目を向けると、街道の真ん中を、柄の悪そうな連中が、綺麗な列をなして走っている。
そして、先頭を走っているのは……。
爽やかな笑顔を輝かせた、朝秀だ。
朝秀は部下たちに指示を飛ばすと、軽やかな足取りで俺の元へと駆け寄ってきた。
「主人! お疲れ様ですッ!!」
「ああ、お疲れ様。朝からずいぶんと精が出るね……」
「ははっ! ありがとうございます!」
俺の横を、ゼーゼーと今にも倒れ込みそうな男たちの隊列が横切っていく。
ふと見ると、最後尾から少し遅れて、中年の小太りのおっさんが白目を剥きかけながら走っていた。
……あ、あれってヤクザの元親分じゃなかろうか。
「おい! 鉄五郎ぉぉ!! てめえ遅れてんじゃねえぞ! 死ぬ気で追いつけコラァ!!」
「ヒッ……!!」
中年の小太りおっさん(鉄五郎)は、朝秀の怒声にビクッと身体を震わせると、残った体力を振り絞るようにしてスピードを上げた。涙目である。
「いやぁ、あやつら、体が鈍っちまってて全く使い物になりませんわ。なので、まずは一から叩き直してるところです! もし使えるようになるなら、おいおい畑仕事でも手伝わせようかと!」
「なるほど……それは良いアイデアだね」
「今朝はまずこの街道の掃除を徹底的にやらせました。これからは毎日やらせます。今まで散々この街に迷惑をかけてきた連中ですからな、これからは街のために死ぬ気で働かせますよ!」
そう言われて周囲を見渡してみれば、確かに街道にはゴミひとつ、落ち葉ひとつ落ちていない。
昨日はお世辞にも綺麗とは言えなかった殺風景な街が、今日は見違えるほど清々しい。
なるほど、意地悪姑ばりの「朝秀チェック」が炸裂したわけだ。
あいつらも命懸けである。
「へえー、それは本当に良い心がけだね。……ところで、今日はどれくらい走る予定なの?」
俺が何気なく尋ねると、朝秀は爽やかにアゴをさすった。
「うーん。特に決めてないんですが、ひとまずは街道を五十往復ってところですかね。……だとするとあと四十八往復ですな! では、行ってまいります!」
そう言い残すと、朝秀は再び凄まじい速度で列へと戻っていった。
がんばれ、鉄五郎……。




