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恋と推しは違うので〜冷たかったドS騎士に溺愛されていたなんて聞いてない〜(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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9



 次の月、よりにもよってキースと会う予定だった日に風邪を引いてしまった。


(ああ、もう最悪!)


 せっかくキースだってわたしのために予定を空けてくれているというのに、体調不良になるなんて。申し訳なさに歯噛みする。

 当日の連絡になってしまったが、体調が崩れたことを使用人を通じてキースに伝えているので、今日は彼に会えない。



(今頃なにしているのかな?)


 この機会にしっかりと休めているのだろうか?

 多忙な彼のことを考えていると、次第に眠くなってくる。

 とろとろとした眠気。それに誘われて目を閉じた。




***



 ――額が冷たい。

 まるで熱さまシートを当てられているみたいだ。


(……この世界にあるわけがないのに)


 きっとこれはメイドが用意してくれた冷たいタオルなんだろう。目を瞑ったまま、そろりとそれに手を伸ばす。

 しかしその感触は明らかにタオルではなかった。

 誰かの手……。いや、だれの?


「おや、起きましたか?」


 掛けられた声とともに目を開ける。

 いるはずのない人がベッド脇の椅子に座って、わたしの額に手を置いていた。


「……え。あ、なんで?」


 熱のせいで少し掠れた声で尋ねると、彼はサイドテーブルに置いてあった水差しをわたしに手渡した。

 呆然と受け取るが、飲む気にはなれなくて、力なくそれを持つ。


「なんで、って。今日は会う予定だったでしょう?」

「だけど具合が悪いって……」

「だから心配してきたんです」



 えっ、そんな感じだったけ?

 以前の彼ならこれ幸いに会わないと思っていたけど。なんだか前回も含めてキースの態度がずいぶんと甘くなっているような気がする。

 飲まなかった水差しを彼がサイドテーブルに戻して、じっとこちらを見下ろす。


「先程額に触れて熱を測ったんですが、少し体温が高いですね」


 額に手を乗せていたのはそんな理由だったのか。

 というより、彼に寝顔を見られてしまったことに気が付いて、慌てて布団で顔を隠そうとする。



(やだ。わたしったらすっぴんだし、寝てたから髪だってグチャグチャ……)


 いつもキースと会う時は念入りに身支度を整えていたのに、今日は誰にも会わないと油断していた。



「……カレン? もぐってしまっては息が苦しいでしょう?」



 心の底から心配そうな声を出す彼に、良心が疼く。

 だけど、やっぱりなんの用意もしていない顔を晒すのは恥ずかしい。

 ましてキースが相手ならなおさら……。

 意固地になって布団の中にいると、彼がそっとそれを剥ぎ取った。



「あ……やだ」

「どうして?」

「だって今日はなんの身支度もしていないから、恥ずかしいです」


 だから布団にもぐりたいのだと訴えたのに、彼はそんなことかと呟いた。


「そんなことじゃありません! わたしにとって死活問題です」

「こんなに可愛いのに?」


 こてんと首を傾げる彼の仕草こそ可愛い。

 いや、そうじゃない。

 いつの間にかまたキースのペースになってきている。

 とりあえず起き上がろうとすれば、彼が半身を支えてくれた。



「すみません」

「いいえ。これくらい。もっと頼ってほしいくらいです」


 そのままベッドに座ったキースに柔らかく髪を撫でられる。

 近い距離で自分を見られているのだと思うと落ち着かなくて、目を伏せた。


「果物も持ってきたんですが食べますか? なんなら剥きますよ」



 キースが手ずから剥いた果物を食べる権利……!

 現金な性格のせいでつい反応してしまった。

 クスクスと彼が笑う。

 こっそりと彼を見れば、機嫌良さそうに果物ナイフでリンゴの皮を剥いていた。あっという間に剥けたリンゴを彼が指で摘まみ上げ、そのままわたしの口元に運んだ。


「キース様、自分で食べられますから」


 そう断ろうとしたのに、良いからと押し切られる。


「具合が悪いんですからたまには私に甘えてください。それにこの前だって食べさせてあげたじゃないですか?」


 あれはまだフォークに突き刺した状態だったから、直接彼の手から食べるよりも難易度は下だ。

 きっと今のわたしは顔を真っ赤にさせているだろう。

 けれどそれは決して熱だけのせいじゃなかった。


「ちゃんとカレンに喜んでもらおうと甘いリンゴを選んできました。だからどうか口を開けてください」


 甘いのは彼の態度だ。

 なんでこんなに甘くなったんだろう?

 見つめられる視線に耐えられなくて、口を開ける。

 すっきりとした甘さのリンゴはみずみずしくて美味しい。もくもくと食べていると、もう一つ差し出される。



「ふふ、なんだかこれ癖になりそうです」

「癖?」

「あなたに食べさせるのは楽しい」


 キースがアブノーマルな趣味に目覚めてきていないか心配になる。



(ただでさえアブノーマルなタイプなのに)


 ヒロインを相手にいかんなく嗜虐趣味を発揮していたキースを思い出して、ぶるりと震えそうになる。


「元気になった時もまた食べさせてもいいですか?」



 極上の笑みを向けられて、わたしはぶんぶんと首を振って断った。

 ーーこれ以上、彼に新しい嗜好を増やしてはヒロインが大変だ。

 彼は残念そうな顔をしたが、それで納得したかは分からない。



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