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次の月、よりにもよってキースと会う予定だった日に風邪を引いてしまった。
(ああ、もう最悪!)
せっかくキースだってわたしのために予定を空けてくれているというのに、体調不良になるなんて。申し訳なさに歯噛みする。
当日の連絡になってしまったが、体調が崩れたことを使用人を通じてキースに伝えているので、今日は彼に会えない。
(今頃なにしているのかな?)
この機会にしっかりと休めているのだろうか?
多忙な彼のことを考えていると、次第に眠くなってくる。
とろとろとした眠気。それに誘われて目を閉じた。
***
――額が冷たい。
まるで熱さまシートを当てられているみたいだ。
(……この世界にあるわけがないのに)
きっとこれはメイドが用意してくれた冷たいタオルなんだろう。目を瞑ったまま、そろりとそれに手を伸ばす。
しかしその感触は明らかにタオルではなかった。
誰かの手……。いや、だれの?
「おや、起きましたか?」
掛けられた声とともに目を開ける。
いるはずのない人がベッド脇の椅子に座って、わたしの額に手を置いていた。
「……え。あ、なんで?」
熱のせいで少し掠れた声で尋ねると、彼はサイドテーブルに置いてあった水差しをわたしに手渡した。
呆然と受け取るが、飲む気にはなれなくて、力なくそれを持つ。
「なんで、って。今日は会う予定だったでしょう?」
「だけど具合が悪いって……」
「だから心配してきたんです」
えっ、そんな感じだったけ?
以前の彼ならこれ幸いに会わないと思っていたけど。なんだか前回も含めてキースの態度がずいぶんと甘くなっているような気がする。
飲まなかった水差しを彼がサイドテーブルに戻して、じっとこちらを見下ろす。
「先程額に触れて熱を測ったんですが、少し体温が高いですね」
額に手を乗せていたのはそんな理由だったのか。
というより、彼に寝顔を見られてしまったことに気が付いて、慌てて布団で顔を隠そうとする。
(やだ。わたしったらすっぴんだし、寝てたから髪だってグチャグチャ……)
いつもキースと会う時は念入りに身支度を整えていたのに、今日は誰にも会わないと油断していた。
「……カレン? もぐってしまっては息が苦しいでしょう?」
心の底から心配そうな声を出す彼に、良心が疼く。
だけど、やっぱりなんの用意もしていない顔を晒すのは恥ずかしい。
ましてキースが相手ならなおさら……。
意固地になって布団の中にいると、彼がそっとそれを剥ぎ取った。
「あ……やだ」
「どうして?」
「だって今日はなんの身支度もしていないから、恥ずかしいです」
だから布団にもぐりたいのだと訴えたのに、彼はそんなことかと呟いた。
「そんなことじゃありません! わたしにとって死活問題です」
「こんなに可愛いのに?」
こてんと首を傾げる彼の仕草こそ可愛い。
いや、そうじゃない。
いつの間にかまたキースのペースになってきている。
とりあえず起き上がろうとすれば、彼が半身を支えてくれた。
「すみません」
「いいえ。これくらい。もっと頼ってほしいくらいです」
そのままベッドに座ったキースに柔らかく髪を撫でられる。
近い距離で自分を見られているのだと思うと落ち着かなくて、目を伏せた。
「果物も持ってきたんですが食べますか? なんなら剥きますよ」
キースが手ずから剥いた果物を食べる権利……!
現金な性格のせいでつい反応してしまった。
クスクスと彼が笑う。
こっそりと彼を見れば、機嫌良さそうに果物ナイフでリンゴの皮を剥いていた。あっという間に剥けたリンゴを彼が指で摘まみ上げ、そのままわたしの口元に運んだ。
「キース様、自分で食べられますから」
そう断ろうとしたのに、良いからと押し切られる。
「具合が悪いんですからたまには私に甘えてください。それにこの前だって食べさせてあげたじゃないですか?」
あれはまだフォークに突き刺した状態だったから、直接彼の手から食べるよりも難易度は下だ。
きっと今のわたしは顔を真っ赤にさせているだろう。
けれどそれは決して熱だけのせいじゃなかった。
「ちゃんとカレンに喜んでもらおうと甘いリンゴを選んできました。だからどうか口を開けてください」
甘いのは彼の態度だ。
なんでこんなに甘くなったんだろう?
見つめられる視線に耐えられなくて、口を開ける。
すっきりとした甘さのリンゴはみずみずしくて美味しい。もくもくと食べていると、もう一つ差し出される。
「ふふ、なんだかこれ癖になりそうです」
「癖?」
「あなたに食べさせるのは楽しい」
キースがアブノーマルな趣味に目覚めてきていないか心配になる。
(ただでさえアブノーマルなタイプなのに)
ヒロインを相手にいかんなく嗜虐趣味を発揮していたキースを思い出して、ぶるりと震えそうになる。
「元気になった時もまた食べさせてもいいですか?」
極上の笑みを向けられて、わたしはぶんぶんと首を振って断った。
ーーこれ以上、彼に新しい嗜好を増やしてはヒロインが大変だ。
彼は残念そうな顔をしたが、それで納得したかは分からない。




