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恋と推しは違うので〜冷たかったドS騎士に溺愛されていたなんて聞いてない〜(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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8



(なんなの、あの人……)


 キースを見送った後、フラフラと部屋に戻る。あの後も散々からかわれた。

 甘い言葉で散々褒められ、別れ際には手の甲にキスまでされている。

 いちいち過剰に反応してしまうわたしをキースはおかしそうに笑っていた。



(……わたしもキース様みたいに適当に流せば良いのかな?)



 反応するから面白がられる。そう分かっていても、ずっと推していた相手に迫られて、冷静に振舞えるわけがなかった。



(寿命が縮むかと思った)


 部屋に入ってベッドに寝転がる。

 もう今は着替える余裕もない。


(ゲームのキースも『婚約者相手』にはこういう風にしていたの?)


 詳細が描かれていなかったことが歯がゆい。

 おそらく彼の性格上、白キースでそつなく対応しているだろうけれど……。

 なぜヒロインではなく、わたし相手に黒キースと白キースを出してきたのか。



(それも黒キースが先ってどういうこと?)

 

 黒キースが出てくるのは彼のルート後半だけだ。

 他のキャラを攻略するルートを選んだ場合は必ず黒キースは出てこないで、年上の頼れるお兄さんポジで収まっていた。

 そもそも黒キースはヒロインにしか見せないキースの裏の顔だった。

 それをわざわざわたしに見せる理由は……。


「う~。考えても分かんない」



 よっぽどわたしがうざかったのだろうか?

 けれどそれだったら、なぜさっきの彼は白キースだったのか?



***


 キースはアルバート侯爵家の次男として育てられ、文武両道で品行方正な非の打ちどころのない騎士であった。しかしそんな彼は並々ならぬ劣等感を抱いていたのだ。


 自分は大したことのない人間で、替えのきく存在であると思い込んでいた。そのためヒロインと両想いになると、次第に彼女を試し始める。


 自分のためならどこまで我慢してくれるか……。

 愛しているのなら我慢できるはずだと。



 その気持ちがエスカレートしていって、ヒロインとすれ違うようになる。そこでヒロインがキースを最後まで信じて受け入れられるかどうかが、ハッピーエンドとバッドエンドの分岐点となっていた。


 ハッピーエンドではヒロインが自分を信じてくれたおかげで自己肯定感が芽生え、ラブラブな夫婦になっていたけれど、バッドエンドでは元の世界に帰ろうとするヒロインを屋敷の地下室に閉じ込め、逃げられないように凌辱していた。


 キースのルートで根底にある一番の問題は彼の持つ劣等感だ。

 彼が劣等感を燻らせている原因――それはキースがアルバート侯爵家の実子ではないこと。


 キースはアルバート侯爵家の親戚筋の子だった。


 領主の子ではあったものの、母親は父親が気まぐれで手を出した年若いメイドだったため、立場が弱く正妻とその子供達からいじめられていた。

 頼りの母親もキースを生んですぐに病死し、父親からは放任されて育った。

 物心つく頃には正妻とその子供達から「能無し」「穀潰し」と罵られ、食事も満足に取れず、日常的に暴力も振るわれていた。



 そんな日常から抜け出せたのはアルバート侯爵家の当主がその家を訪問したことがきっかけだった。

 たまたまキースがいじめられている現場を見かけたアルバート侯爵は自分の家に連れて帰り、そのまま養子にした。


 キースが養子になれたのはアルバート侯爵家には子供が一人しかおらず、その子になにかあった時のことを考えていたからだ。

 



 アルバート侯爵にとっては偶然とはいえ、天啓だったのかもしれない。


 環境を整えられたキースはめきめきと成長していき、剣技も勉強も凄まじい速度で吸収していった。

 かといって出しゃばらず、アルバート侯爵家の『次男』としてうまく立ち振る舞えるように細心の注意を払って生活していたのだ。

 彼の根底にあるのは自分の生まれによる劣等感。分家筋の正妻とその子供達に虐められて育ったせいで、どんなに周囲に褒められたとしても自己肯定感が低いままだった。





(だからわたしは彼の自己肯定感が高くなるようにしたかったんだけど……)


 ちっともうまくいっている兆しが感じられない。

 もしキースの自己肯定感が人並になれば、ヒロインと問題なくくっつくはずだ。

 そう思って行動してきたけれど、結局空回ってばかりいる。

 ――幸せになってほしい。

 その気持ちは前世から変わらない。



 たとえ自分が当て馬キャラだとしても、キースが幸せならそれで良かった。




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