7
次の月、やってきたキースは二人きりになってもそのまま休むことはなかった。
それどころかたまには庭園でお茶をしようとわたしを誘ってきた。
(珍しい)
横を歩くキースはどこかソワソワとしているように見える。
いつもならやってきてすぐに休んでいたのにどういう風の吹き回しだろう。
「甘い物が好きだと聞いたので、今日はアップルパイを持ってきました」
ふいに話しかけられて、驚く。
その拍子に転びそうになったところを彼が抱き留めた。
「……あ。すみません」
自分の失態が恥ずかしい。
謝って離れようとすれば、なぜかそのままわたしを抱き締められる。
「え、ちょっと。キース様? 人が見てますから……」
わたしがそう言うと、彼はハッとした様子で離れる。
本当にどうしたんだろう。
明らかにいつもと様子が違う。
「……今日は私に『好き』って言わないんですか?」
再び歩き始めた彼が何気ない口調で尋ねた。
そんなこと今まで一度も尋ねられたことがない。
それどころか面倒臭そうに眠ったフリをしてやり過ごしていたはずなのに。
(どういう心境の変化?)
じっと黙り込んで考えてしまうと、彼がわたしの名前を呼んだ。
「……カレン?」
急かすように呼ばれて、どう答えようか迷った。
実際のところ、わたしが彼に好意を伝えるのは独りよがりな気がして、遠慮するべきか悩んでいたのだ。
「迷惑じゃないですか?」
「今更でしょう」
そっぽを向いた彼は催促するみたいにわたしの言葉を待った。
「好きです」
何度も伝えてきた言葉なのに、改めて口に出すと恥ずかしく感じる。
羞恥から唇を噛む。こっそりと彼の顔を覗き込めば、満足そうに笑っている。その表情は今まで見たことがないくらいに優しい。
(なんなの、この甘い空気)
これではまるでゲーム序盤の『白キース』と対峙しているみたいだ。
会わなかった一ヶ月の間にどんな心境の変化があったのか。
「もっと言っても構いません」
「えっと……」
そんなリクエスト今までしてこなかったくせに。
本当に今日のキースは様子がおかしい。
ここまで態度が違うとなると嬉しいというよりも心配になってくる。
「どうしましたか?」
どうしたか聞きたいのはこちらだ。
聞いても良いのだろうか?
ガーデンテーブルに向かい合って座ると、彼はわたしから目を離そうとしなかった。
結局なにも言えなくて、気まずさからうつむいている間にメイド達がテキパキとお茶の用意をする。すぐに去っていく彼女らに「行かないで」と言いたくなった。
「今日のカレンはいつもと様子が違いますね」
あなたにだけは言われたくない。
そう口に出さなかったのはわたしなりの配慮だ。
「そうでしょうか」
首を傾げて誤魔化す。彼はそれをにこやかに見守った。
「今日持ってきたアップルパイはうちのシェフ自慢の一品なんですよ」
皿に乗ったアップルパイはこんがりと焼かれていてとても美味しそうだ。
フォークを持とうとすれば、それよりも先に彼が一口大に切り取ったアップルパイをフォークに刺してわたしの口元へ近付ける
「どうぞ?」
いや「どうぞ」じゃない。
なぜ食べさせようとしてくるのか。本格的に意味が分からない。
「あの、自分で食べますから」
「いえ。せっかくですので、どうぞ召し上がってください」
にこにこと微笑まれる。
なぜこんなことに……。
そう思いながらも推しに「あーん」をされる経験なんてもう一生ないのかもしれない。誘惑に負けて口を開ける。
「…………っ、美味しいです」
「それは良かった。もう一口いかがです?」
「いえ、それはもうお腹いっぱいですから」
「まだ一口目なのに……」
クスクスと笑うキースの顔が眩しい。
推しからの大幅な供給に胸が苦しくなる。
正直、美味しいと言ったけれど、アップルパイの味だってよく分かっていない。
けれど彼の手から食べさせてもらえたのだから極上の味に違いないと妄信する。
「あの、キース様。今日なにかありましたか?」
「なにかって?」
「いつもと態度が違うというか……」
「私にもあなたの『婚約者』の自覚が出たというだけですよ」
何気なく足を組むさますら格好良い。ビジュが整い過ぎている。
駄目だ。頭が混乱していて、思考がとっ散らかっている。
突然の白キースに対応しきれていない。
だって今までわたしが慣れてきたのは塩対応のキースだ。
(なんで今日こんなに甘いの?)
まるでヒロインに対する態度みたいじゃないか。
――いや、わたしはただの当て馬キャラだし。
そう思うことで冷静さを保とうとした。しかし。
「カレン、好きですよ」
蕩けるような甘い顔で見つめられる。
突然爆弾を落とされて、カァっと顔に熱が集まってくる。
「ああ、良いですね。その反応……」
しみじみと呟く彼が『白キース』なのか『黒キース』なのか判別がつかない。
分かるのは彼が心の底から愉快そうにしていることだけだ。




