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(…………え)
驚いて言葉が出てこない。
重なったのはほんの一瞬。唇に柔らかい感触があった。
その事実に顔が熱くなる。
唇を両手で抑えて彼を見ると、彼自身も困ったようにこちらを見た。
「あ、あの……」
動揺から声が掠れる。
事故に近い接触とはいえ、確かにわたしはキースと唇を合わせた。そのことに混乱して、なにを言えば良いのか分からなくなる。
(どうしよう。とりあえず気にしてないって言った方が良いよね?)
わたしが重たく受け止めれば、彼も面倒だと思うのかもしれない。
それだけは避けたかった。
「わたしは気にしていませんから」
よし、噛まずに言えた。
そのことにホッとする。しかしキースは目を眇めてこちらを見た。
「……気にしていない?」
「ええ。事故のようなものでしょう」
なるべく毅然とした態度を心がける。彼は眉根を寄せて、わたしの顎を掴んだ。
突然の行動に後ずさりしそうになる。
「逃げないで」
「で、でも……」
「婚約者に拒絶されては寂しいじゃありませんか」
先程とは違う嗜虐的な笑み。
どこか彼の纏う空気が変わったように感じる。
「私に触れられるのでは嫌ですか?」
「嫌では……」
嫌ではないから困っている。
ドキドキと大きくなる鼓動。じっと見つめられると背筋に汗が流れる。
(なんで急に)
金色の目はわたしを観察するように瞬きもしないでこちらを見下ろしていた。その双眼が冷たく光る。
「なにか気に障るようなことをしましたか?」
そうであるのなら言ってほしい。
原因が分かれば対処できる可能性が出てくるから。
「いいえ、なにも。どうしてそう思うんです?」
彼の口調はひどく優しい。
たしかに声だけ聞けば不機嫌だと分からないだろう。
「……なんとなく」
ゲームをフルコンプしたからあなたのことを知っていますなんて言えない。
もし打ち明けた場合、なにをしでかすか分からない危うさがあった。
顎を掴んでいた手がそろりと頬を撫でる。優しいとも警告ともとれる動きにピクリと身体が強張る。
「カレン」
初めて彼に名前を呼ばれたのに、喜びよりも先に胸がざわついた。
「あなたこそどうして私をそこまで警戒しているんです?」
彼の問いにゴクリと息を呑む。
短い時間ではるけれどキースは『婚約者』として完璧に振舞った。
本来であれば文句のつけようもないくらいにそつのない言動で接してくれた彼を警戒する理由はない。
――もしも前世の記憶を思い出さなければ、紳士的な振舞いを見せるキースにときめいていたかもしれない。だけどそれが本心ではないと知っている今、どうしても彼の真意を考える。
前世の記憶やゲームについて彼に教える気はなかった。
そんなことをすれば警戒心の強いキースはわたしになにをするか分からない。
彼のことが好きで、一番の推しだからこそ慎重にならざるを得なかった。
「警戒しているつもりは……」
「けれど、心を許していないでしょう?」
「それは……」
ついっと細められた目。明らかにキースはわたしを警戒していた。
でもそれはキースにも言えることだった。
端正な顔が近付く。息が吹きかかるほどの距離でわたしを追い詰めようとしているのは、キースが自分の顔の良さを自覚しているからだろう。
彼は使えるものはなんだって使う。そのような狡猾なところも好きだけれど……。
(自分に向けられるなら話が違う!)
なんとか回避しなければ……。
言葉を探している間にも彼の視線が強くなっている。
全ての事情は言えない。かといってうそをいっても見抜かれるだろう。
「カレン?」
一層優しくわたしを呼ぶキースに焦りが募る。
どう状況を打破すれば良いのか分からない。
焦りと混乱と照れ。様々な感情が入り乱れる。
「教えてください。婚約者であるあなたに嫌われるのは辛い」
懇願するような声でわたしを追い込もうとしている。
庭園にはチラチラと使用人がいる。婚約者とはいえ異性と二人きりにはさせられないという配慮からだ。きっと彼らには仲の良い様子に映っているのだろう。
よく手入れされた長い指先がわたしの首筋に触れる。
――この時のわたしは混乱していた。
推しに触れられ、近い距離で追い詰められているのだから仕方のないことだったのかもしれない。
けれどそれにより、最悪のタイミングで想いを告げてしまう。
「だって、その……好きだから」
「……は」
「好きだから、緊張したんです」
ある意味で間違っていない答え。
しかし、その答えはキースを不快にさせたらしい。
僅かに顔を顰めた。その顔はどこか戸惑っているように見えた。




