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次にキースと会ったのは初めての顔合わせから二か月後だった。
「遅くの訪問になってしまい、申し訳ありません」
交流を深めさせようと母の計らいでわたしが庭園を案内していると、キースは困ったように眉尻を下げた。恐らくそれが演技だと分かっていても、申し訳なさが伝わってくるのだからすごい。
「いいえ。気にしておりません」
もとより彼が忙しいのは知っている。
騎士団に入ったばかりの彼は優秀なせいで、先輩達からよく仕事を押し付けられていたとファンブックに書いてあった。
彼はわたしの返事にホッとしたように笑い、庭園を見事だと褒め称えた。いかにも社交に慣れた様子で年下の婚約者の相手をしてくれている。
(疲れているはずなのに……)
私の歩調に合わせているキースは穏やかに笑っていた。
完璧な婚約者を演じてくれているのだ。
「……どうかしましたか?」
不意にキースが尋ねる。
わたしはそれに「なんでもない」とかぶりを振った。
「ですが可愛らしい顔が曇っています。私はなにかあなたの気に障ることをしたのでしょうか?」
「いいえ。そのようなことは……。ただせっかくのお休みなのにわたしに付き合わせていることが申し訳なくて……」
近くにあったベンチに座って話す。
「わたしの兄の一人も騎士団にいて、新人の頃はとくに忙しかったと聞いていたので」
「お気遣いありがとうございます。ですが人一倍体力はある方でして……。それに私を心配してくださる婚約者に出会ったんです。疲れも吹き飛びますよ」
うん。手ごわい。
にこりと笑うキースは踏み込むなといわんばかりの圧を感じる。
「わたしはこうしてキース様が会いに来てくださっただけでも嬉しいので、少し休んでください」
横になっても構いませんよ、と続ければ、彼は意外そうに目を瞬かせた。
「わたしの兄は新人の頃、多忙で休みになると寝てばかりいました」
あの時の兄はひどい顔色だった。
わたしがいれば警戒心の強い彼は気を張って眠れないのかもしれないが、横になるだけでもある程度は休めるだろう。
「ですが、せっかく訪問したのに……。あなたとの時間が減ってしまうではありませんか」
心にもないお世辞だと分かっていても、彼の気配りに胸がときめく。
それと同時に今が自分の想いを伝えるチャンスなのかもしれないと思った。
「大丈夫です。わたしはこうしてキース様が来てくださっただけでも嬉しいのですから」
多忙なキースがわたしのために時間を空けてくれただけでも喜んでいる。
邪魔にならないようにベンチの端に寄ろうとすれば、手を掴まれて阻まれる。
「せっかく会いに来たのに離れては寂しいじゃありませんか」
ちっとも寂しくないくせに、キースの演技力が高いせいで信じ込んでしまいそうだ。
(これは演技、これは演技、これは演技)
よし、平常心になった。
さり気なさを装って手を引っこ抜く。彼はそれをおかしそうに笑いながら、そろりと肩に頭を乗せた。
「え、あの……」
「休ませてくれるんでしょう?」
確かにそう言ったけれど、近過ぎる。これではわたしの心臓がもたない。
今だって彼の髪がさらりとわたしの首筋に触れて、くすぐったさに身じろぎしてしまった。
(あの、これなんてファンサ? お布施はいくら払えばいいの?)
動揺から前世の知識ばかり思い出す。
ぎこちなく彼の顔を覗くと、長い睫毛を伏せて目を瞑っていた。
(え、本気? このまま休む気?)
肩にかかる彼の体温とほどよい重み。キースがこの世界にいるのだと改めて実感する。
(どうしよう。どの体勢が一番キースを休ませることができる角度なの)
少し背伸びをした方が良いのだろうか。
それとも肩の力を抜くように努力した方が良いのだろうか。
いや、でも推しに近付かれて、緊張しないはずがない。
カチンコチンに固まっているとキースがおかしそうに笑った。
「なんで笑うんですか」
「すみません……。あなたが可愛らしい反応をするから」
馬鹿にされている。そう分かってもキースがわたしに笑いかけてくれたことすら嬉しく思うから、厄介だ。
「慣れていないので仕方ないでしょう」
ふてくされたように呟けば、彼は緩やかに目を細めた。
「あなたは色々な表情をしますね」
わたしだって家族以外にはここまで分かりやすく感情を見せない。
ただ相手がキースだからこそ……。
「……普段は気を付けているんですが」
いちいち動揺している自分が恥ずかしくて、ツンと表情を取り繕おうとした。
これでも伯爵家の令嬢として立ち振る舞いはそれなりの評価をもらっている。しかしこの状況ではわざとらしく映ったようだ。キースがクツクツと喉奥を震わせている。
「私の前では無理に取り繕わなくても良いんですよ?」
それはわたしの感情が分かった方がやりやすいからだろうか?
ゲームの情報を知っているせいで、つい怪しんでしまう。
(……今日は自分の想いを伝えようと思っていたのに)
空回ってばかりいる。
悔しさからうつむこうとしたその瞬間――肩に寄りかかっていたキースの顔が不意に動いた。それにより、わたし達の唇が重なったのだ。




