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部屋に戻ってからわたしはソファに座ってクッションを抱き込んだ。
(わたしがキースの婚約者)
嬉しくて堪らない。
ニヤニヤと頬を緩める。
(ここが『聖女の守り手』の世界かぁ)
成人向け乙女ゲーム『聖女の守り手』は聖女として召喚されたヒロインが自分の役目に戸惑いながらも、魔王を倒す話だ。
普通の大学生だったヒロインは最初この世界に馴染むために、宮中で暮らすことになる。その時ヒロインを守っていたのは彼女の専属護衛となったキースの役割だった。
慣れない環境で頑張るヒロインを励まし、時には背中を押す。騎士らしく誠実な彼のルートは甘めである。だから最初は騙された。
物語が進むごとにキースは少しずつ本性を現していく。
『私のために我慢してくれるんでしょう?』
最初はヒロインに優しかったキースだが、恋人になると性的に責め立てて、自分のためにどれだけ我慢できるか試そうとしていた。
紳士だった態度が徐々に砕けたものになり、一人称も『私』から『俺』に変わる。
『俺を好きならどれくらい耐えられるか証明してみせて』
攻略キャラの中では一番鬼畜なプレイをしていた。
そこでヒロインが最後まで彼を信じられるかどうかが物語の鍵になるのだ。
(露出に拘束、調教……。本当に色んなことをしてヒロインを試していたなぁ)
侯爵家の次男で騎士の中でも出世頭の彼はあるコンプレックスを抱えていた。
彼がヒロインを責め立てるのもそのことが原因だったからだ。
根底にあるキースの不安。まずはそれを取り除きたい。
(できれば幸せになってほしいし)
すれ違いはストーリーの展開上欠かせないものだったのかもしれないけれど、十五年間『カレン』として生きてきたわたしにとってこの世界は『現実』だ。
生きている今を大事にしていきたい。
ゲームでは序盤の時点でキースはヒロインを好きになるし、当て馬キャラとの婚約を早々に解消してる――それはどのルートでも変わらない。
絶対にフラれるのなら、キースと関わる時間を後悔のないように過ごしていきたかった。
前世では『聖女の守り手』にドはまりしたお陰で人生が楽しかった。
SNSを通じて友達もできたし、推しに課金ができると思ったら仕事も頑張れた。
生活のハリと潤いを与えてくれたのはキースという推しがいたからだ。その恩を返したい。
(わたしにできることは少ないかもしれないけれど)
もとよりわたしがヒロインの代わりになれるとは思っていない。
ただキースがヒロインと出会った時少しでもすれ違いが起きないように、推しの健やかな未来を願って行動したいだけだ。
彼の過去やバッドエンドの内容を知っているからこそそう思う。
「……好きって言っても良いんだよね?」
恋情じゃないとしても推しとして彼が好きだ。
彼の境遇や努力する姿、ヒロインを一途に想う気持ちも、魔王討伐のために戦い抜いた姿も。なにもかもが好きだった。前世の記憶のことは伏せても、婚約者となった今なら「好き」という気持ちを直接伝えられるチャンスなのかもしれない。
(えっ。うそ。嬉しい!)
興奮して立ち上がる。
落ち着きなく部屋をウロウロした後に、もう一度すとんとソファに座る。
推しに自分を認知してもらえて、かつお喋りもできるなんて……!
(嬉し過ぎる)
――今度はいつ会えるのだろうか?
騎士団に入ったばかりの彼は仕事が忙しいのだと言っていた。
それならその間になにを話すか考えよう。
(そういえばキースは『婚約者』とどれくらいの距離でいたんだろう?)
ゲームでは詳しい説明がなかった。
親同士が決めた婚約者で、キースには気持ちがないことしか名言されていない。
いつ、どこで、どのように、婚約したのかも明かされていないのだ。
(まぁわたしは所詮当て馬キャラだし……)
詳しい事情を書かれなかったのは仕方ない。
ーーだけど貴族同士の婚約だからもっと早い時期に話が決まっているのだと思っていた。
キースはわたしよりも三つ上の十八だ。
色々と『事情』はあったかもしれないが、侯爵家の次男が今の今まで婚約者がいないのはどうしてだろう。
(……貴族の結婚は早いうちに決められることが多いのに)
自分達の意思ではなく、家のために結ばれる。
当然どの家も条件の良いところと結婚させたいと考え、幼いうちから婚約が決まるのも珍しくない。
我が家の場合は父が過保護であったことと優柔不断な性格が重なったせいで婚約が遅れてしまったが、キースに婚約者がいなかった理由がなにか……。
――なんとなく引っ掛かる。
(やっぱりゲームをしたからってわたしはキースの全部。知っているわけじゃないのよね)
わたしが今、知っているのはざっくりとした彼の境遇とプロフィール。あとはヒロインが召喚されるまでの年月……。
それが分かっているだけでも行動のしようがある。




