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「この方があなたの婚約者よ」
侯爵家に招かれて庭園でのお茶会。初めて訪問するアルバート侯爵家は広く、よく整備された庭園は色とりどりの花が美しい。母親同士はもともと友人だったみたいで穏やかに会話していた。
そこに遅れてやってきたのはアルバート侯爵家の次男、キースだ。今日はわたしとキースの顔合わせのためにお茶会が開かれた。
そろりと向かいの席に座った彼の方に視線を向ける。その瞬間、わたしは記憶を取り戻したーー雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡る。
(……うそ)
呆然と彼を見つめる。
自分の頭に流れた情報が信じられなかった。だって目の前にいるのは前世からの推しキース・アルバートだ。
成人向け乙女ゲーム『聖女の守り手』はヒロインがこの世界に聖女として世界を救う話で、王道ながらも深いストーリーや魅力的なキャラが人気で、アニメ化や舞台化もされている。
(まさかここが乙女ゲームの世界だなんて……)
それも自分がキースの婚約者になるとはーー前世のわたしはどれほどの徳を積んだのか……!
ーーやっぱり舞台やファンイベントに当選するように小さな徳を溜めてきたから?
困っている人がいたらなるべく助けるようにしていた。
この幸運に比べたらわたしが積んだ徳は小さいことかもしれないけれど。
(最高! 幸せ!)
駄目だ。幸福のあまり語彙力もなくなってきている。
その自覚はあったけれど止められない。
だって推しであるキースと婚約できて、自分の存在を認知されるのだ。宝くじに当たった気分だ。
(縁談を決めてくれたお母様ありがとう!)
過保護な父はわたしが十五歳になっても中々婚約者を選べず、痺れを切らした母がこの縁談を持ちかけた。
色々な『事情』でできた縁談だ。
嬉しさに頬が緩みそうになる。
母達の話に相槌を打ちながら、不自然にならない程度にキースを見る。せっかく推しが近くにいるのだから、眺めたいというファン心理が働いたせいだ。
首筋まである艶やかな黒髪に、月の光を閉じ込めたような金の瞳。優雅な仕草でお茶を飲む姿だけでも絵になっている。
あぁ、わたしキースと同じ味のお茶を飲めているんだ。
その事実だけで嬉しくなる。
ーーだけどそこでわたしはあることを思い出した。
(あれ、わたしゲームの当て馬キャラじゃなかった?)
ヒロインがキースのルートに入らなくても物語中盤で必ずフラれる立ち絵もないモブキャラ。
それがわたしだ。
ということはわたしも数年後にはフラれるのだろう。動揺からカップを持つ手が震えそうになる。
(あぁ、なんてこと……!)
さりげなくうつむいて、置かれた状況に歯噛みする。
短い……!
彼と過ごせる時間が圧倒的に足りない。
できるかぎり彼を幸せにしたい。そのためならなんだってする。
(だって推しには幸せになってほしい)
複雑な出自にコンプレックスを抱き、努力する姿。他人には穏やかで、ヒロインにだけ見せる意地悪な顔。
彼の全てが好きだった。
ーー思い出したのは彼の抱える悩みの根底。
わたしではそれを解決するのは難しいけど……。
「……カレン?」
怪訝そうな声で母に話しかけられる。
「申し訳ありません。あまりにキース様が格好良くて見惚れてしまいました」
ある意図からストレートに褒め称える。
彼はさりげない仕草でこちらを見た。
警戒心の強いキースはわたしの言葉の裏を読もうとしているのが分かる。
初対面のわたしがこうもストレートに褒めたことを不審に思っているのだ。
だけど、この言葉に嘘はないし、本心だ。探られて痛いところはない。
いくらでも探ればいい。
にこやかに微笑めば、彼も微笑む。
その顔は警戒心をおくびにもださない。
なんて見事なんだろうと感心する。
「私こそあなたのような可愛らしい方、見惚れてしまいそうです」
照れた様子で笑う彼に、うっかりときめきそうになる。
(顔が良いのがいけない!)
自分に向けられる甘やかな視線。記憶を取り戻さなければ一目惚れしていたかもしれない。
だけど、記憶を取り戻したことである目標ができたから……!
「キース様と婚約できて嬉しいです」
自分の気持ちを隠す必要はなかった。
彼と婚約できたことが嬉しくてたまらない。
それにせっかく彼の婚約者になれたのだ。
その特権をいかして、キースのことを知っていきたい。
(ゲームじゃ知れなかった情報も聞いてみたいし)
期待に胸が膨らむ。
いっそのこと聞いた情報をノートに纏めて自分専用のファンブックを作ろうか……。
ーーなにそれ。絶対に楽しい。
「どうかこれからキース様のことを教えてくださいね」
どうせ別れるのなら後悔しないように行動していきたい。
そのための一歩を踏み出そうとした。




