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なるべく焦りを表に出さないように平静を心掛ける。
彼女はそれに気付いていないのかそのまま話し続けた。
「一度この国で召喚されたのなら、戻る儀式さえ行えば元の世界に帰ることができる。ただしその儀式を執り行うのはこの国の王様だと教えられたわ。だから私は陛下に取引をしたの」
「取引って?」
「魔王を倒したらすぐに元の世界に返してほしい、って」
けれど一介の王がその程度の約束で『聖女』を帰すだろうか?
もし帰すとしたら、貴族や国民の反発だって当然多い。
陛下としては彼女を騙してでもこの国に押し込めたいというのが本音のはずだ。
「うなずいてくれたの?」
「どうしても魔王を倒してほしかったみたいだからね」
この国にとって魔王は何百年かに一度起こる災害みたいなものだ。
魔王を倒したところで魔族を根絶やしにすることはできないし、生き残った魔族の者が徐々に力を付けて魔王になる。その力を付けるには何百年かの時間がいる。だから一度倒せば、魔族に攻め入られる心配はない。
だが魔王を倒せなかったとしたら?
「でも書類一枚で約束を守ってくれるの?」
国王に対してそう疑うのは不敬である。
それでもどうしても気になって尋ねてしまった。
魔王を倒すには聖女の祈りが必要となる。戦っている最中に彼女が心を込めて祈っていなければ、魔王はどんな深手を負っても自分の傷を回復させてしまうからだ。
(ゲーム中、チート設定が過ぎるって思ったよね)
だから魔族は聖女を最初に攻撃しようとする。彼女さえいなければ、自分達の王が倒されないと知っていてのことだ。そのため聖女は旅に出ると真っ先に命を狙われる。文字通り命懸けの旅をしなくてはならない。
聖女であるユイナは異世界に召喚されて命懸けの旅を強いられ、あげく王様からはこの国に留まることを望まれる。
彼女の立場からすれば溜まったものじゃないだろう。
本当に彼女が帰られるかどうか。それは王の気持ち一つで変わる。嫌な話ではあるが、いくら約束を交わしたところで、実行されるかどうかは結局権力がものをいうのだ。
「陛下は必ず守ってくださるわ」
はっきりとした声で彼女は答えた。
「だってもしその約束を破ったら、国王の命は尽きてしまうもの」
「え……?」
待って。今とんでもないこと言わなかった?
対面する彼女はにこにこと微笑んでいる。
虫も殺さないような顔をして、えらく物騒なことを語った。
「だってただの大学生だった私が縁もゆかりもない世界で命懸けの旅をしなきゃならないのよ? 王様だって命の一つくらい差し出してくれなきゃ割に合わないじゃない」
それは確かにそうかもしれない――そう納得したのはわたしが転生した記憶があるからだろう。
この世界は平等じゃない。身分は絶対的なもの。
まして王などはその最上級だ。国王相手に命を差し出せと迫るなんてその場で捕らえられてもおかしくはなかった。
彼女の命がその場で消えなかったのは皮肉にも『聖女』の役割が彼女にしか果たせなかったからだ。
魔王も聖女も数百年に一人しか現れない。もしユイナが聖女の役割を拒否すれば、この国は魔王に蹂躙されて終わる。国の存亡が関わっている以上、王は絶対に聖女を旅立たせなければならない。
(だからサインするしかなかったわけね)
国王としては苦渋の選択だっただろう。
それを成し遂げた彼女は呑気にチョコレートを摘まんで食べていた。これ美味しい、と褒めてくれている口振りからはとても国王を脅した相手には見えない。
「陛下の命が尽きるのはどうしてですか?」
「聖女は対象を回復させる白魔法を使えるでしょう? 生命力を増幅させることができるなら、反対のこともできると思わない?」
にやりと人の悪い笑みを向けられる。
そんな魔法ゲームをプレイしていても出していなかった。
「白魔法を反転させて生命力を奪う魔法。それを書類に掛けたの。王がサインすることで、もし書類に描かれた内容に背いたり、書類を破棄しようとすれば問答無用でその魔法が発動するように」
そんな大魔法を一国の王に使ったのか。いくら切羽詰まった状況だったにしても、その覚悟に驚きを隠せない。お茶を飲むのも忘れてただ彼女を見る。
「もちろん王様にはちゃんと説明してからサインをもらったわ。あとでとやかく言われたくなかったもの」
そういう問題じゃない。分かっているのか分かっていないのか彼女は続けた。
「キースがね、そういう風に王様と交渉したら元の世界に帰れるんじゃないかって教えてくれたの」
にこりと今日一番の笑みを見せた彼女に、くらりと眩暈がする思いだった。




