35
聖女であるユイナの登場に侍女達がざわめく。
わたし自身、どうして彼女がここにやってきたのか気になりながら入室を許可する。
返事をした途端に待ってましたとばかりにドアが開く。小柄な彼女は真っ直ぐにわたしの元へ向かってきた。その顔はどこか険しい。
「初めまして。私はキース様と旅を共にしたユイナと申します。どうかわたしを助けてもらえないでしょうか」
彼女はぺこりと頭を下げて、じっとわたしの返事を待った。
一体なにを求めているのか分からないが、この国を救った聖女の願いを無碍にはできない。
「えっと、どういうことか教えてもらえますか?」
とりあえずは座ってもらおうと、向かいの席を案内する。
侍女にお茶の用意をさせ、彼女らが部屋を去るまでユイナは無言だった。
お茶にも手を付けないで、黙ってわたしを見ていた。
「あの、ユイナ様……」
「様なんか付けなくても結構です。どうぞユイナとお呼びください」
「でしたらわたしにも敬称は付けず、もっと気軽な態度でも構いません」
「分かりました。いえ、分かった。その、助かります」
ぎこちない言い回しになったことを照れた様子で彼女が笑う。朗らかな笑みは小動物のようで可愛らしく、つい目で追ってしまう。
「できれば、あなたも……」
もじもじとわたしにも気軽な態度を取ってほしいと懇願される。
それにうなずくと彼女はあからさまに安堵した様子を見せた。
「……それで助けるって?」
「じつはその……他の人達から結婚を申し込まれていて」
それのなにが問題なんだろう?
ピンとこないまま彼女を見つめた。
「……できれば私は元の世界に帰りたいの」
重たい溜息を吐き出して、彼女は表情を曇らせた。
「聖女と国民が結婚すれば国が栄えるって言われているみたいだけど……」
確かにそのおとぎ話は有名だ。
何百年前かに召喚された聖女は一緒に旅へ出た王子と結婚し、この国を栄えさせたと言われている。
「私はだれとも結婚する気はないの」
おそらく彼女が結婚を申し込まれているのは『おとぎ話のように聖女が国を選んだ』という事実が欲しいからだ。
その事実があれば、国民だって安心する。自分達の住む国は聖女が残ることを決めたくらいに良い国なのだと盛り上がる。
だから魔王を倒す旅に出る時には王は自分の息子だってその一員に入れたし、見目の良い貴族の子息らも仲間に入れた。
好きな人ができれば聖女だってこの国に居付いてくれるだろうという打算からだった。
「帰ることはできるの?」
戻るための儀式は国王の許可がいる。ゲームではだれとも結ばれなかったノーマルエンドで元の世界に戻っていたが、実際に聖女がこの国を去るのを許されるかどうか……。
国の思惑が圧し掛かって大変だったことだろう。
「魔王を倒せたら戻るための儀式を執り行ってくれるって約束してくれているわ」
それはゲームの序盤にも描かれていたことだ。
「陛下がサインした契約書ももらってきているし」
「契約書……」
「キースが念のために書いてもらった方が良いんじゃないか、って言ってくれてね」
ちゃんと保管しているのよ、と彼女が悪戯っぽく笑った。
「最初の頃、わたしは違う世界に飛ばされて本当に嫌だった」
それはそうだ。縁もゆかりもない土地に連れられてきたのだから。
まして聖女の役割を押し付けられ、魔王を倒すために命懸けの旅に出なければならない。その苦痛は計り知れないものだ。
わたしだって逆の立場になったらおいそれとうなずかないだろう。
「だれにも会いたくなくて、ずっと部屋に引き籠っていたわ。だってだれかと会えば『聖女』の役割を押し付けられそうになるんだもの。そんな時にね、キースと会ったの」
「キース様と?」
「ええ。引き籠っているわたしの護衛として現れた。そしてなんて言ったと思う?」
悪戯っぽく目を細める。わたしはそれに「分からない」と正直に答えた。
「さっさと魔王を倒せば元の国に戻れる最速の手筈を整えてあげます、ですって」
あまりにストレートな物言いだ。ゲームではもっと親密になってから「魔王を倒すために力を貸してほしい」とお願いしていたのだけど。初対面の彼女との関係を構築する前にそんなことを切り出しているとは思いもしなかった。
「帰りたいと泣くわたしになんてぶっきらぼうな態度を取るのかしら。最初はそう思ったわ。けれど、他の人はわたしをこの国に縛り付けようとするのに、キースだけはわたしを元の世界に戻れる方法を教えてくれたの」
だから信頼して彼を傍に置いたのだと彼女は続けた。
だが、それならどうしてなんの関わりのないわたしに助けを求めるのか。
その部分が引っ掛かる。




