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(抱くって今みたいなハグとかの意味じゃないよね?)
そうだとしたら改めて宣言なんてしないだろう。けれどキースに抱かれるなんて……。
「……無理です」
口からこぼれたのは紛れもない本音だった。
「理由を聞いても?」
「だってそれは……」
キースに抱かれるなんて心臓がもたない、なんて馬鹿な話を素直に言っていいのか悩む。
というより、そもそもわたし達は、まだ婚約しているだけだ。馬車で二人きりの状態でいる今だって体裁が悪い。
未だ純潔を重視する貴族社会では馬車で二人きりになっているだけでどんな噂を立てられるか。想像しただけで恐ろしい。
「……わたし達はまだ婚約しているだけで、結婚はしていませんし」
「カレンが気にするのなら今すぐ婚姻に関する書類を用意させるが?」
キースが大真面目にわたしの逃げ道を塞ごうとしていた。
「キース様……」
「それとも俺に抱かれること自体が無理なのか?」
「……そういうことでは」
改めて彼に抱かれることを想像する。
やっぱり無理だ。恥ずかしい。抱き締められているだけでも、ドキドキし過ぎて心臓が爆発しそうなのに、それよりも難易度が高いことをするなんて……。
黙り込むわたしを拒絶だと勘違いしたのか、キースがきつく抱き締めた。
「そんなに俺が嫌か?」
「ちが、ちがいます」
動揺から噛んでしまった。
決まりの悪さから羞恥が高まる。どうすれば彼に納得してもらえるか。頭の中がパニック状態になっていた。焦るあまり本音を呟く。
「抱き締められている今でさえ心臓がドキドキして限界なのに、これ以上のことをするなんて無理です」
恥ずかしさから後半は消え入りそうなほど小さい声になってしまった。
キースは驚いた様子で抱擁をとくと、限界まで目を見開いてわたしを凝視した。耳まで赤くなっているだろう自分の様子を見られていると思うと、居た堪れない気持ちになってくる。
長い沈黙に耐えきれなくて目を逸らそうとすれば、彼が天を仰いで顔を手で覆っていた。
「…………抱かないなんて無理だ」
「え……」
「可愛い」
どうしよう。キースが自分の世界から帰ってこない。ぼんやりとしているキースを何度か呼びかけると、彼に勢いよく両肩を掴まれた。
「カレンは俺が嫌いか?」
「嫌いじゃありません!」
むしろ好き過ぎるがゆえに出会った頃から暴走してしまった。
即座に返答すれば彼は安心したように息を吐いた。
「俺に触れられて嫌悪感は?」
彼の手がわたしの頬を撫でる。試すような遠慮がちな仕草。嫌悪感なんて微塵もない。ただ彼に触れられている。その事実が胸をドキドキとさせる。
「……嫌じゃないです」
わたしがそう答えると彼がわたしの手を取って自分の胸に導いた。直接手に伝わる鼓動はわたしと同じくらいに大きい。
「俺もカレンと一緒だ。カレンのことを考えているだけでドキドキとする。こんな感情きみを好きになるまで知らなかった」
照れ臭そうに笑う彼の姿に胸がキュンとする。
だらしない表情にならないように必死で引き締めていると、彼はわたしの手を取って甲に口付けた。
「約束する。これ以上にないくらいに大切に抱くと。だからカレンが本気で俺を嫌っていないのならどうか抱かせてくれないか?」
そのために頑張ってきたんだ、と彼が懇願する。
今日までの間、彼は命をかけて魔王と戦ってきた。
その頑張りはわたしのためだと言ってくれた。
推しにここまで求められて断ることができるだろうか――わたしにはできない。
小さくうなずくと彼はことさら嬉しそうに笑ってくれた。その微笑みを向けられただけでなんだってできるような気がするわたしはひどく単純だろう。




