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「急にキース様が現れたので、そちらの方に驚いてしまって……」
言い訳としては苦しい。
それを自覚しながら、視線だけは逸らさない。ここで視線を泳がせれば、やましいと言っているようなものだ。だから覚悟を決めて彼と向き合う。
「……本当に?」
訝しむ様子で目を細められる。それだけでわたしの心が折れそうになる。
お願い。やめて。これ以上言及しないで。
そんな祈りむなしく彼が口を開こうとする。これ以上問い詰められてはボロが出そうだ。慌てたわたしはとっさに口を挟んだ。
「キース様はどうして口調を変えられたんですか?」
慌てて尋ねたことだけど、どういった意図があったのか確認したかったのは本当だ。
今度は彼が視線を泳がせた。
「カレンを驚かせてみたくて……」
本当にそうだろうか。
さきほど向けられていた疑惑の目を彼に向ける。彼はコホンと空咳をすると馬車に案内し始める。
「……とりあえず馬車に乗ろう」
キースにとってさっきの質問は都合が悪いのだろう。下手に追及して藪蛇だった場合わたしも困るので大人しく馬車に乗ることにした。
よく手入れのされた四人掛けの黒い馬車に先に座ると、彼はその横に座り込んだ。
「あの、キース様?」
近いと抗議を込めて名前を呼ぶ。彼だってその意図が分かっているだろうに、離れる様子はなかった。
ニコニコと微笑む彼に困惑するのを隠せない。
「なぜ横の席に座られているんですか?」
「久しぶりに婚約者に会えて浮かれる男の気持ちをカレンは考えてくれないの?」
するりと絡められた手。親指の腹で手の甲を撫でる仕草がやけに艶っぽい。その空気に耐えられなくて「離して」と手を引っ込めようとするのに、彼はそれを許さなかった。
「――ずっとカレンのことばかり考えていた。早くきみの元に戻りたくて仕方なかった」
甘い囁きが鼓膜を揺らす。熱の籠った視線が降り注がれて、身を縮み込ませる。うつむいてその視線から逃げようとしても、彼の視線が揺らぐことはなかった。ますます居心地が悪くなってつい憎まれ口をたたいてしまう。
「でも手紙の一枚も返してくれなかったじゃないですか」
よりにもよってなんでこんなこと言ったのか……。
重たい女だと自分から主張しているみたいで、自己嫌悪に陥る。
わたしの言及に彼が息を呑む気配がした。続く言葉は慰めか言い訳か。どちらにしても聞きたくはない――しかしその予想はあっけなく外れた。
「送っても良かったのか?」
驚いた様子で尋ねられる。彼の声が喜色ばんで聞こえたのは気のせいだろうか。ノロノロと視線を上げると彼にガバリと抱き締められた。
「手紙を書こうと何度も筆をとった。だがきみを想って書こうとすると便箋に収まりきらないほど分厚くなり……仲間達にそんな重いもの渡してしまえば逃げられるんじゃないか、と止められた」
便箋に収まらないほどの手紙を書いてくれていたのか。その事実が嬉しくなる。
――抱き締められていてよかった。
そのおかげで緩んだ表情を見せずに済む。
「もしわたしが逃げていたとしたらどうしていたんですか?」
軽口のつもりで尋ねる。彼はそれを想像したのか浅く息を吐いて、わたしをさらに強く抱き締めた。密着すれば逞しい身体付きがよく分かる。それが照れくさくて身じろぎしても、その拘束はちっとも緩まない。
「地の果てまで追いかけるよ」
やけにきっぱりとした宣言だった。低い声音で彼が呟く。
「とことんまで追い詰めて、嫌というほど逃げられないことを教え込む」
「キース様……」
「たとえきみに泣かれようと手放したくはない」
思いがけない告白にドクドクと心臓がせわしなく動く。
推しからの告白は心臓に悪い。そんなことを今日初めて知った。
「我ながら勝手な男だ。だが、最初に好きだと言ったのはカレンだろう?」
そうだ。わたしが最初にそう告げた。
どうせ婚約破棄されるのだからと軽い気持ちでそう言ったのだ。
安易なことをしてしまった。今ならそう反省できる。
けれどここで謝るのも変だ。黙ることで答えを濁す。
「今度からは男への告白は慎重にすべきだ。俺みたいな厄介な男がいるかもしれない――もっとも他の男への告白なんてさせないけど」
急に低くなった声ですら魅力的で、息をするのも忘れてしまいそうだ。
頬にぶわりと熱が溜まっていくのを感じる。きっとわたしの顔は赤いのだろう。
「キース様、お願いですからこれ以上は……」
これ以上想いを告げられてしまえば、わたしの心臓がもたない。
「どうして……?」
まだ言い足りない、と彼が囁く。
今まで塩対応ばかりされていたから白キースを前にすると照れが勝る。
「……恥ずかしくて」
本当のことを口にすれば、彼はふっと笑った。
「カレンだって出会った頃は熱烈に想いを告げていたくせに」
意地の悪い台詞に反論できなくて唇を噛む。
クツクツと喉奥で笑われる振動が肌に伝わってなおさら羞恥を煽った。
「……意地悪」
どうにか反論したくて、憎まれ口を叩く。
彼はそれにほんの一瞬、間を置いて返事をした。
「ああ、そうかもしれない。カレンといると自分でも知らない自分の一面が出てくるみたいだ」
軽やかに笑った彼に油断する。それに気付いたのか彼はわたしの耳元で囁いた。
「屋敷に着いたらカレンを抱くから、今のうちに心の準備をしておいて」
今日一番の爆弾発言に言葉を失ってしまう。




