18
じりじりと見つめ合う。
息が詰まりそうな沈黙に目を逸らそうとすると、彼はわたしの顎を掬い上げた。
「キース様……」
「駄目です。私から目を逸らさないで」
品行方正な彼らしくない行動。
人気が少ないといっても誰が通るか分からない場所で、顔を覗き込まれる。
傍目から見れば、唇が触れ合いそうな距離で、じっとわたしを見下ろした。
しかし、その表情はひどく険しいものだ。
(ヒロインのユイナには優しくしていたくせに……)
さきほど彼が見せた笑顔が頭から離れない。
わたしとは全然違う対応をする彼の心がどこにあるのか。ついさっき見た光景を振り返れば明らかだった。
「……そんなに私に触れられるのは嫌ですか?」
忌々しいと言わんばかりに眉を顰められる。
低く恫喝するような声で問う彼の顔はとても『婚約者』に向けるものではない。
どちらかというと憎んでいる相手に向ける表情じゃないだろうか?
「違います」
はっきりと否定しても彼は信じてくれない。
それどころか鼻で笑われる。
「うそつき」
頬に伸ばされた手がするりと撫でる。冷たい感触にビクリと肩を跳ねさせると、タイミングが悪かったせいで拒絶に捉えられてしまう。
「あなたはうそつきだ。あんなに私を好きだと言っていたくせに」
責めるような目つきで睨まれる。
緊張感からやけに喉が渇く。うそなんかついていない。そう否定しようとしたその時。
近くを通りかかる足音が聞こえて、キースがさりげなさを装って離れる。
「あ、キース。探したのよ!」
やってきたのはヒロインのユイナだ。
キースを見つけるとパァっと表情を明るくして、こちらに近付いてくる。
わたしもそんな可愛げがあれば、ここまでキースと険悪にならずに済んだのだろうか?
うつむきたくなるのを堪えて、キースを見れば彼はもうわたしに背を向けていた。
「どうしたんです?」
「急にいなくなるから探したの」
「代わりの者を置いていったじゃないですか」
わたしの時とは違う軽快な会話。
分かっていたことを目の前で見せつけられて、胸が痛んだのは……。
すっと息を吸い込んでその感情に気付かないフリをする。
どうせ嫌われているのならこれ以上傷付きたくなかった。
手のひらを握り締めて、ただその光景だけを眺める。
「だって気になっていたことがあったから」
チラリとユイナがこちらを見た。
その視線に気まずさを覚えながら、笑みを取り繕う。
彼女がなにか言おうと口を開いた。しかしそれを止めたのはキースだった。
「……行きますよ」
彼女の肩を抱いて、そのまま後にする。
キースはもう振り返らなかった。
わたしを見ないまま、その場を去ろうとしている。
「でも、キース」
チラチラとこちらを振り返るユイナの視線が痛い。
悪意よりも同情される方がこんなに辛いなんて知らなかった。
「いいですから。それにあなたが早く会場に戻らないと殿下達が心配します」
たった一人の聖女様。そちらを優先するのは仕方のないことだ。
そのままヒロインを伴って数歩進んだキースが溜息を吐いて振り返る。
「カレンももう戻ったらどうです?」
あからさまに面倒そうな態度で告げられて、指先まで凍えそうだ。
強張りそうな頬を意識的に力を入れて『いつも通り』に振舞う。
「そうですね。わたしも戻ります」
キース達とは反対の方向へ足を進める。当然、彼は追ってくる様子はない。
懸命に足を進めても心臓は痛いままだ。
彼が聖女を優先したのは仕方ないこと。それくらい分かっているのに、あまりの『差』に胸が軋む。
ゲームの展開では聖女がこの国に慣れてから一年もの間、魔王討伐の旅に出る。その直前に、わたしはキースに婚約を破棄されるのだ。
それを思い出すと、瞼が熱くなった。
(大丈夫、分かっていたことだから……)
自分に言い聞かせるように何度も心の中で『大丈夫』と呟いた。
ユイナが召喚されてからもう一ヶ月。そろそろ魔王討伐へ向かうのだろう。
キースとの別れは近い。
それならせめてその時は笑って別れたかった。
たとえ嫌われているとしても、最後くらい笑って彼の旅路を見送りたい。
折れそうな心を支えるためにそう決意する。




