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恋と推しは違うので〜冷たかったドS騎士に溺愛されていたなんて聞いてない〜(全年齢版)  作者: 秋月朔夕


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 じりじりと見つめ合う。

 息が詰まりそうな沈黙に目を逸らそうとすると、彼はわたしの顎を掬い上げた。


「キース様……」

「駄目です。私から目を逸らさないで」


 品行方正な彼らしくない行動。

 人気が少ないといっても誰が通るか分からない場所で、顔を覗き込まれる。

 傍目から見れば、唇が触れ合いそうな距離で、じっとわたしを見下ろした。

 しかし、その表情はひどく険しいものだ。



(ヒロインのユイナには優しくしていたくせに……)


 さきほど彼が見せた笑顔が頭から離れない。

 わたしとは全然違う対応をする彼の心がどこにあるのか。ついさっき見た光景を振り返れば明らかだった。


「……そんなに私に触れられるのは嫌ですか?」


 忌々しいと言わんばかりに眉を顰められる。

 低く恫喝するような声で問う彼の顔はとても『婚約者』に向けるものではない。

 どちらかというと憎んでいる相手に向ける表情じゃないだろうか?



「違います」


 はっきりと否定しても彼は信じてくれない。

 それどころか鼻で笑われる。


「うそつき」


 頬に伸ばされた手がするりと撫でる。冷たい感触にビクリと肩を跳ねさせると、タイミングが悪かったせいで拒絶に捉えられてしまう。


「あなたはうそつきだ。あんなに私を好きだと言っていたくせに」


 責めるような目つきで睨まれる。

 緊張感からやけに喉が渇く。うそなんかついていない。そう否定しようとしたその時。

 近くを通りかかる足音が聞こえて、キースがさりげなさを装って離れる。



「あ、キース。探したのよ!」


 やってきたのはヒロインのユイナだ。

 キースを見つけるとパァっと表情を明るくして、こちらに近付いてくる。

 わたしもそんな可愛げがあれば、ここまでキースと険悪にならずに済んだのだろうか?

 うつむきたくなるのを堪えて、キースを見れば彼はもうわたしに背を向けていた。




「どうしたんです?」

「急にいなくなるから探したの」

「代わりの者を置いていったじゃないですか」



 わたしの時とは違う軽快な会話。

 分かっていたことを目の前で見せつけられて、胸が痛んだのは……。

 すっと息を吸い込んでその感情に気付かないフリをする。

 どうせ嫌われているのならこれ以上傷付きたくなかった。

 手のひらを握り締めて、ただその光景だけを眺める。



「だって気になっていたことがあったから」


 チラリとユイナがこちらを見た。

 その視線に気まずさを覚えながら、笑みを取り繕う。

 彼女がなにか言おうと口を開いた。しかしそれを止めたのはキースだった。


「……行きますよ」


 彼女の肩を抱いて、そのまま後にする。

 キースはもう振り返らなかった。

 わたしを見ないまま、その場を去ろうとしている。


「でも、キース」



 チラチラとこちらを振り返るユイナの視線が痛い。

 悪意よりも同情される方がこんなに辛いなんて知らなかった。



「いいですから。それにあなたが早く会場に戻らないと殿下達が心配します」


 たった一人の聖女様。そちらを優先するのは仕方のないことだ。

 そのままヒロインを伴って数歩進んだキースが溜息を吐いて振り返る。


「カレンももう戻ったらどうです?」


 あからさまに面倒そうな態度で告げられて、指先まで凍えそうだ。

 強張りそうな頬を意識的に力を入れて『いつも通り』に振舞う。


「そうですね。わたしも戻ります」


 キース達とは反対の方向へ足を進める。当然、彼は追ってくる様子はない。

 懸命に足を進めても心臓は痛いままだ。

 彼が聖女を優先したのは仕方ないこと。それくらい分かっているのに、あまりの『差』に胸が軋む。

 ゲームの展開では聖女がこの国に慣れてから一年もの間、魔王討伐の旅に出る。その直前に、わたしはキースに婚約を破棄されるのだ。

 それを思い出すと、瞼が熱くなった。



(大丈夫、分かっていたことだから……)


 自分に言い聞かせるように何度も心の中で『大丈夫』と呟いた。

 ユイナが召喚されてからもう一ヶ月。そろそろ魔王討伐へ向かうのだろう。

 キースとの別れは近い。

 それならせめてその時は笑って別れたかった。

 たとえ嫌われているとしても、最後くらい笑って彼の旅路を見送りたい。

 折れそうな心を支えるためにそう決意する。



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