15
約束通りの時間にアルバート家を訪れた。
出迎えたキースはにこやかにわたしを労わる。しかしよく見ればその瞳はちっとも笑っていない。冷たくどこか観察するような眼差しでわたしを見下ろしている。
案内されたのは応接室だった。
メイドにお茶を出され扉が完全に閉められると、向かいの席に座ったキースはぴたりと笑顔を消した。
「さてカレン。人払いをしたので好きなことを話していいですよ。私も好きなことを聞きますから」
「え……」
婚約者といえど普通は年頃の男女を二人きりにさせない。
しかし二人きりの空間で、人払いまでさせているとは……。
「私、真面目なものでこの屋敷の人間には信用されているんですよ」
彼がわざわざわたしをアルバート家をに呼んだ理由が分かった。
我が家であれば、必ず二人きりにはさせない。
きっと彼は今から人に聞かれてはまずい話をするのだ。
「キース様はなんの話をするつもりですか?」
ごくりと喉を鳴らして尋ねる。
先に謝罪をしようと思っていたが、彼の話がなにか気になった。
「ああ、そんなに緊張しないでください。私はただ可愛い婚約者の気持ちを知りたいだけなんです」
気障ったらしい言葉を吐いているが唇の端がニヒルに歪んでいる。
「結婚を誓い合った仲でしょう?」
威圧的に微笑まれて、嫌な汗が背中に流れる。
彼がこの場の空気を掌握しようとしているのだと分かった。
けれど、それはなんのためだろう。
「キース様は結婚を望んでいるんですか?」
この婚約は初めから彼の意思はなかったはずだ。
彼はただアルバート夫妻が望んだから従っただけのこと。わたしへの想いがこれぽっちもなかったのは彼の態度から分かっていた。
わたしの質問に答えないまま、音もなく立ち上がった。真っ直ぐにわたしの元まで近付き、真横に座る。
隙間なく足が密着する距離を詰められた。近付かれたところで彼の纏う空気は剣呑で、硬質なものだ。
「キース様……?」
「あなたはひどい人だ」
彼はさらりとわたしの髪をさらりと撫で、そこへ口付ける。
「好きだと言っていたくせに」
責めるような声はひどく小さい。
衣擦れの音と一緒に掻き消えてしまいそうなほどだ。対峙した彼はじっとわたしの顔を見つめた。
「なにか私の噂を聞きましたか?」
噂……?
なんのことだろうと首を傾げる。
「キース様、わたしはべつに……」
噂なんか聞いていない。そう伝えようとしたのに、彼は強引に唇を重ねて、続く言葉を塞ごうとした。
「……ん……っ」
驚いて目を瞑る余裕さえなかった。薄い唇が角度を変えて、何度も押し付けられる。唇が重なるうちに粘膜が濡れた音が響いていたたまれない気持ちになる。
彼の胸を押して逃れようとしても、反対に腕に閉じ込められて仕置きだとばかりに唇を甘噛みされる。
「…………ぁ」
驚いて口を開けると彼の舌がするりと割って入る。
長く肉厚な舌は縮こまるわたしの舌を執拗に絡めて、逃れようとすればするほど追い掛け回される。
(なんでこんなことに……)
彼とキスするなんて夢にも思っていなかった。
息が苦しくて頭がぼんやりとしてくる。抵抗する力も失せて、ただ彼に身を任せてしまう。
くたりともたれかかったわたしを彼の腕が優しく抱き締める。時折食べるみたいに甘く噛まれ、ビクリと肩を跳ねさせると上顎を擽るようになぞられた。
経験したことのないさまざまな刺激にぞくりと背筋が戦慄いていく。
「キ、ース……さま」
長いキスが終わっても彼はわたしを離さなかった。頭の中にあるのはどうしてという疑問だけ。
息苦しさから生理的な涙がこぼれた。
「泣くほど私のキスは嫌でしたか?」
違う。そうじゃない。
そう伝えたいのに、感情が混乱してうまく言葉が出てこなかった。
代わりに頭を横に振っても彼は信じる様子はない。それどころか忌々し気に睨み付けられる。
「あなたなんか大嫌いだ」
ぽつりと呟いた彼の声はひどく冷たい。
けれどそう言ったキースの方が傷付いているように見えるのはどうしてだろう。
ーーああ、そんな顔をさせるために行動していたわけじゃなかったのに。
間違えてばかりの自分自身が嫌になる。
それでもせめて自分の気持ちを伝えようとしたかった。
たとえ受け入れてもらえなくても、言葉を尽くそうと口を開く。しかし彼は触れるだけのキスをした。
「キース様?」
先程とは違って唇が重なったのはほんの一瞬。すぐに離れた彼は険しい顔でわたしの肩を掴んだ。
「どうしてあなたは……」
続く言葉はなかった。
そのタイミングで部屋の外から控えめにノックをされる。
どうやら仕事にトラブルがあったらしく、キースの部下が直接窺っているみたいだ。
仕事の邪魔にならないようにわたしも帰ることにした。
けれど、この時からキースの態度は変わってしまった。




