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それから彼は必要以上に人と関わることを避けた。
自分と関わればその人が不幸になる。一種の強迫観念に似た思いが彼を臆病にさせた。
なるべく人と関わらないように。
人に迷惑を掛けないように。
そう心掛けて生きるしかなかった。
そんな時にアルバート侯爵家の当主が屋敷を訪れることになった。
それも突然の訪問だったものだから、出迎える準備に駆り出されたキースはアルバート侯爵家の当主と偶然鉢合わせしたのだ。
元々情報通だったアルバート侯爵家の当主はキースのことを知っていた。
屋敷の人間がどれだけ隠そうとしても、噂が洩れ出ていたのだ。
ちょうど養子を探していたアルバート侯爵家の当主はキースの父と話し合った末に彼を引き取った。
『今日からここがきみの家だよ』
穏やかな声で言われたがキースはそれを信じられなかった。
彼にとって大人は自分を痛めつける存在だ。
きっと虫のいいことを言って油断したところを刺してくる。そんな疑心に囚われた。
逃げたいと思っても、逃げる場所なんかない。だからとりあえず大人しく彼に従った。
しかし、意外なことに彼はいつまで経っても優しいままだった。
『ここには慣れたかい?』
慣れるもなにも十分良くしてもらっている。
広く清潔な部屋に、美味しく栄養満点な食事。ゆくゆくは専属の家庭教師もつけられるらしい。
『はい。おかげさまでとても良くして頂いています』
『それは良かった』
にこりと笑った顔は裏がないように見える。
彼に笑い掛けられるたびに胸がざわつく。無償の優しさなんかあるわけがない。そんなことよく知っていた。それなのにアルバート侯爵は自分になにも要求してこなかった。
『……屋敷にも慣れてきましたしそろそろなにかした方が良いでしょうか?』
殊勝な態度で尋ねれば、彼はゆっくりと首を横に振った。
『きみの仕事はよく食べてよく眠ることだよ』
そんなの仕事じゃない。そう思ったのは目の前の大人に伝わったのだろう。苦笑しながら頭を撫でられた。
『では言い方を変えよう。これは投資なんだよ』
『投資、ですか?』
『ああ。私の子は息子が一人だけだから、もしあの子になにかあった時のために信用できそうな子を探していたんだ』
アルバート侯爵の妻は身体が弱く、医師からもう子供が産めないと診断された。
他の女性を娶るべきだと親族がうるさかったために、文句を言われないよう養子を探していたのだ。
『もちろん養子になるのは誰でも良かったわけじゃない。きみは遠縁ではあるがアルバート侯爵家の血を引いているし、うるさく言う外野もいない』
なにせ私が金で買ったからね。と人の悪い顔で彼が述べる。
正直、彼がそのような顔をするなんて思ってもみなかった。
虚を突かれた気分になったことを驚く。さんざん警戒していたにも関わらず自分は油断していたのだ。
『キース。きみには私以外に頼れる者はいないだろう?』
とんだ策士だ。
そう思っても不思議と失望することはなかった。それどころかどこか腑に落ちた。
『きみはこれから先、この家のために尽くすんだ』
ぽんと肩を叩かれる。
『そのために私はできる限りきみの生活を保障すると約束しよう』
ただし、それには努力もしてもらうが。
そう告げた彼の表情は凪いでいた。もしここで逆らったとしても、アルバート侯爵からすればまた他の誰かを探せばいいだけの話だ。しかし自分はそうはいかない。
もはや帰る場所もなく、他に生活できるあてもない。
ここで反抗するのはただの馬鹿だ。
『具体的にどのような努力が必要でしょうか?』
これから先なにを磨いていけば良いのか知っておいた方が楽だろう。
彼はにやりと口角を上げ、教えてくれた。
***
そこから先はとにかく必死だった。
なにもない自分にできるのはただ努力することだけ。
勉学も剣技も必死に学んで、侯爵家に忠誠を誓った。
しょせん自分は替えのきく存在。不要だと判断されれば、すぐに捨てられる。
――それはとてつもない恐怖だ。
だから血反吐を吐く思いでひたすらに努力したのだ。




