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恋と推しは違うので〜冷たかったドS騎士に溺愛されていたなんて聞いてない〜(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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 のろのろと馬車に乗り込む。

 馬車を運転する御者は予定よりも早くわたしがやってきたことに驚いた様子だったけれど、なにも言わなかった。今はそのことがありがたい。

 馬車の中で窓を見る気にもなれなくて、ただ項垂れた。



(キースに嫌われた)


 あの失望した目が忘れられない。 

 自分の愚かさが嫌になる。

 確かにキースの視点からすれば、さんざん「好き」だと言っておいて、結婚する自覚がなかったなんて意味が分からないだろう。

 ましてわたし達は婚約者だ。

 それなのにその自覚が抜けていただなんて。

 血が出そうなほどきつく唇を噛み締める。



(わたしは馬鹿だ)


 キースの自己肯定感を高めたいと言いながら、彼の信頼を裏切った。

 なんて矛盾した行動だろう。

 こんなのキースからすれば裏切りに等しい。



***



 帰宅して着替えさせられるとすぐに手紙を書こうと机に向かった。宛先はもちろんキースだ。

 自分の非礼を詫びて、直接謝罪したい旨を記そうとした。

 しかし何枚書いても納得できなくて、完成したころには空が明るくなってきていた。

 さすがにこの時間にメイドを呼ぶのは気が引けて、仕方なくベッドで横になる。

 頭を占めるのはやはりキースだ。

 どうせ眠れないのなら、と彼の生い立ちを思い出す。

 キース・アルバートとして生きる日になった時のことを……。




 アルバート侯爵家の親戚筋の子として産まれたキースはその家で散々な扱いを受けていた。

 領主である父とメイドだった母。父の気まぐれでお手付きとなった母はすぐにキースを身ごもりそのまま出産する。だが彼女はキースを生んでまもなく病死し、残されたキースは父親から興味を向けらることはなかった。

 さらに不幸だったのは正妻が嫉妬深い性格をしていて、キースの存在を気に入ってなかったことだ。

 そのため自分の子供と一緒にキースを甚振り、使用人以下の扱いをさせていた。



『なんで生まれてきたんだろう?』


 六歳の頃にはそんな疑問を抱くようになった。

 正妻にいびられ、ことあるごとに折檻される日々。気まぐれで食事も抜かれ、やせぽっちの身体は密かにそこで働く使用人達から同情を買っていた。

 だが、しょせん彼女らはその家に雇われている者達だ。彼女らなりに立場というものがある。

 誰も助けてはくれなかったし、それが当たり前だと思っていた。



 その日も正妻に目つきが気に入らないという理由で、ご飯を抜かれた。

 そんな彼を心配したのは一番若いメイドだった。

 まだ働き始めたばかりの彼女はキースに深く同情し、自分の食べる分だったパンを渡したところを正妻の子に見られたのだ。

 すぐに告げ口され、メイドは下働きの男に鞭で打たれた。


『メイドなんて卑しい奴らよ。すぐに主人に盾突いて人のものを奪う』



 過去に自分の夫を『メイド』に取られたと思っている正妻はことさらきつく彼女らに当たっていた。

 プライドの高い彼女にとって下働きであるメイド相手に自分の夫が不貞を働くなんて我慢ならなかったのである。

 ――だからだろうか。正妻はキースを呼び出して、鞭で打たれているメイドの姿を見せつけた。



 自分のせいでそのメイドが痛めつけられている。

 そんなこと六歳の子供が直視できるわけがない。

 普段反抗しないキースもこの時ばかりは震えた声で正妻にやめるよう訴えた。


『お前のせいだ。お前の存在が人を不幸にする。あの娘もお前がいなければ鞭で打たれることもなかった』


 その言葉がキースにとって『呪い』となる。

 自分がいなければ。自分が存在しなければ……。

 鞭が打たれるたびにメイドが悲痛な声で叫んだ。自分のせいでひどい目に合わされている。それは彼の心を折るのに十分な理由となった。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 心の中で泣きながら謝る。もし自分が反応すれば、なおさらメイドがひどい目に合うだろうと思ったから。反応しないように心掛けた。それしかなす術がなかった。手のひらに爪を突き立て、平静を装う。



『冷たい子。お前のせいで罰を受けているのに知らんぷりとは』


 鞭をやめさせた正妻がぽつりと呟く。

 やはり自分は正しかった。なんの反応も返さなければ、それだけ早くメイドを解放できる。

 ――そう思った。

 しかしメイドはキースの方に視線を向けると泣きはらした顔で睨み付け「ひどい」と口にした。



 あなたのためにしたのに、と彼女の目が非難がましく訴える。痛みで震える彼女の唇が戦慄き、大粒の涙をボロボロと溢していった。

 ああ、彼女に謝ることができたらどれだけ楽だろう……。

 だが、そんなことをすればまた彼女はひどい目に合う。ふいっと目を逸らして、早くこの時間が過ぎ去ることを祈った。ちっぽけな自分にはそれくらいしかできることがなかったから。ただひたすらに耐え続ける。



『こんな薄情な子、お前が助けるほどの価値もない』


 にんまりと赤い唇を歪めて正妻が告げる。

 メイドは目を伏せて、うなずいた。

 そしてこの騒動を知った使用人達はみなキースを避けるようになった。

 けれどもうそれで良かった。

 ――自分に関わる人間は不幸になる。

 現に自分を生んだ母もすぐに亡くなってしまった。

 まるで疫病神のようだ。そう思い込むようになった。



 それからキースはなるべくひっそりと生きようと決めた。

 もう二度と、自分のせいで誰かが傷付かないように。そのことだけを心掛けて、過ごしていた。

 ――正妻やその子供相手に立ち回るすべも覚えた。否、覚えざるをえなかったのである。




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