82 船旅を楽しみたい!
ジーノも一緒に旅をすることが決まったことで、慌てて船の乗船券をもう一人分調達することとなった。アレクサンダーが。
さすがは執事というべきか、あっさり取ってきてくれはしたんだけど、その後のアレクサンダーがジーノに対しわかりやすく恩着せがましくなるというオマケがついた。
ほんとごめん、ジーノ。笑って許してくれる器の広さに感謝だよ。
そして翌日、早朝から再び屋台で海鮮料理を買い込み、さっそく船へ乗り込んだ。
いやぁ、昨日だけで半分以上も食べつくしちゃったからね、海鮮。非常食用だからと言い訳して買ってたのに。
自分の稼いだお金で買うから節約するんだ、と意気込んでいた昨日の私の覚悟はどっかいった。
ミハイルさんが紹介してくれる船だから豪華客船か? と身構えたけれど、一般客も大勢利用する大型客船だったのでひと安心。
それでも取ってくれた船室は等級の高い部屋のようで、一般人にしか見えない私やジーノがその部屋に向かうのはなんとなく気まずかった。
まぁ、アレクサンダーがいたからどうにか体裁が保てたかなって感じ。ここはフェイビアンを呼んでおくべきだったかもしれない。
それはさておき。ようやく始まった船旅なのだけれど。
「うっ、気持ち悪い……」
この通り、船酔いに襲われています。
うぇ、揺れないでくれ、船……無理か。
「大丈夫ですか、コトリさん。僕の家で休みます?」
この言葉だけ聞くと大変いかがわしくも思えるけど、完全なるジーノの善意だ。
だって彼のスキルで出した家なら、船の揺れの影響を受けないからね。うっぷ。
「私、別に酔いやすいわけじゃなかったはずなんだけどなぁ……」
「船は特別酔いやすい、みたいなことを聞きますからね。仕方ないですよ」
「ジーノは平気なの? すごい」
「僕は幼い頃から小型漁船にも乗っているので。前世の僕だったら倒れてますよ」
くっ、転生の強みか! せっかくの船旅なのに台無しだよぉ……。
しかーし! こういう時に活躍してくれる執事がいるのである。
「ちょっと離れてください、ジーノさん。コトリ様っ、僕がすぐに治しますからねっ!」
「エミルぅ、ありがとぉ……!」
キュア執事のエミルの出番だー!
エミルが私の背に触れて数秒後、スッと気持ち悪いのが消えて楽になった。ふぅ、助かったぁ。
「対症療法しか出来なくて申し訳ないんですけど……」
エミルは申し訳なさそうな顔で言いながら両手を組んでいる。可愛い。
「だから僕の家にいたほうがいいんじゃ……」
「うるっさいですよ、ジーノさん。コトリ様がいいって言ってるんだからいいんです! 僕が何度だって治しますし!!」
「わ、わかったよ、ごめん……」
しかし、エミルはジーノに対してあからさまに敵意をもっているなぁ……。
アレクサンダーたちもそうだったけど、あれかな、嫉妬的な? やだ、可愛い。
なんて言ってる場合じゃないね。執事たちの失礼は主人である私が詫びないと。
「エミル、心配して言ってくれてるのにその態度はよくないよ」
「うっ、で、でもぉ……」
「ジーノもごめんね」
「いえ! 気にしないでください」
しゅん、と落ち込むエミルに、申し訳なさそうに手を横に振るジーノ。
二人とも良い子だからこそ、私のちょっとした意地やらワガママでこんな思いをさせてしまって罪悪感が湧いてくる。
「気遣ってくれるのもありがとう。でもさ、せっかく初めての船旅だから楽しみたいんだ」
「そう、ですね。わかりました。でも本当にきつい時はいつでも言ってください」
「すごく助かるよ。ありがとう」
逃げ場がある、と思うだけでちょっとくらいは我慢しようとも思えるしね。
しかし、ジーノは旅に同行させてもらったんだから少しでも役に立とう、って考えてる気がする。
そんなに気を張らなくてもいいんだけどなぁ。一緒に旅をすると決まった以上は対等で、助け合える仲間みたいに思ってもらえたらいいんだけど。
やっぱり執事の存在があるからジーノが萎縮しているのかもしれないね。
っと、こっちのフォローも必要だった。
振り返ると頬を思いっきり膨らませるエミルがいる! ほっぺが破裂しちゃうぞ!
「む、むむむむぅ……!」
「エミルのおかげで船旅が楽しめるんだよ。迷惑かけるけど、また気持ち悪くなったらよろしくね」
「コトリ様……! はい! お任せくださいっ!」
はぁ、可愛い。癒される。体調だけでなく心まで晴れやかだよ。よしよし。
ただジーノに敵意を向けるのはやめてね。はぁ、難しい。
こうして酔って治してもらって、を二回ほど繰り返した時、平和だった海に緊急事態が訪れた。
なんでも、進行方向に大型の水棲魔物が現れたとか。
さようなら、平和な船旅。
こんにちは、命の危機。
ドタバタと、乗船客の中で戦える人たちが甲板に集まり始めている。
「ど、どうします? コトリさんは戦えたり……」
「しないねぇ。ジーノは?」
「すぐ死ぬと思います」
ジーノと目を合わせ、二人で「だよねぇ~」と笑い合う。
いや、笑ってる場合じゃない。
これ、船の上じゃなければチャズを召喚して頼めるんだけど、乗船客の名簿に載ってるのは私とジーノとアレクサンダーだけだからさぁ……。
エミルはこっそり呼んで部屋に隠れていてもらっているし、いざとなったらすぐに戻ってもらえる。
でも、魔物を討伐なんて目立つ行動をさせてしまったら一発でアウトだ。
あれは誰? どこから来たの? ってなっちゃう。
もしもの時のためにチャズも名簿に入れておくべきだったかな、とも考えたんだけど、必要がなかったらチケットも席も無駄になるからと思ってやめたんだよね。
だってまさか本当に「もしもの時」が来るとは思わないじゃん!!
「ぼ、僕の家に避難します?」
「それはきっと安全だけど、外の様子が何もわからないっていうのも怖くない!? どうする? 様子見ようとドアを開けたら海の中だったら!」
「怖すぎますね、それは!! 最終手段にしときましょう!」
二人で話し合っていると、大きな波が来て船がすっごい揺れた。
ジーノは手すりに、私はとっさに近くにいたアレクサンダーにしがみ付く。
「ぎゃーーーーっ!!」
「コトリ様、お支えしてますから耳元で叫ぶのをやめられます?」
「ご、ごめ、ぎゃーーーーーっ!!」
「ああっ、鼓膜が」
いや、ほんとごめん、アレクサンダー。
でもさ、これさ。
もしこの船に乗ってる人たちだけでどうにも出来なかったどうしようね?




