77 別に私が泣かせたわけじゃ……!
仁王立ちする執事二人の前で震えながら座り込む少年に声をかけるため、私はバリーの後ろからひょこっと顔を出した。
「いいよ、素直に謝ったんだから許してあげて。さっきのぶつかりおじさんとは違うんだから」
「ぶつかりおじさん……?」
「ああ、さっきね……ダメだ、思い出し笑いしそう。バリー、あとで教えてあげて」
「うす」
二人でぷくく、と少し笑い、訝しげなアレクサンダーを放置して私は少年の前に出た。
「えーっと、それで。君は?」
「お、俺はジーノ。あの、それで、えっと……」
少年ジーノは少し肩の力を抜いた様子だ。でもやっぱりまだ、特に体の大きなバリーが怖いみたいで目をきょろきょろと彷徨わせている。
大丈夫、見た目はいかついけどバリーは執事の中ではかなり常識人だから。
気を取り直して少年はその場で立ち上がると、被っていた帽子を取った。
綺麗な赤毛が太陽の光を受けて健康的に見える。
ジーノは帽子を両手でギュッと握りしめながら意を決したように口を開いた。
「変なこと言うかもしれないけど、さ」
「すでに言ってたじゃん。私もその件についてちょっと気になるし、遠慮なく言ってみてよ」
「! じゃ、じゃあさ、あの。さっき、いただきます、っつったよな?」
「言ったね」
「あんた、もしかして……日本人なのか?」
「……直球でくるじゃん」
「日本人なんだな!?」
再びズイッと一歩前に出たジーノは、しかしにっこりと微笑むアレクサンダーの顔を見てすぐに下がった。あんまり脅かさないであげてってば。
「に、日本人なんだ……本当に、うっ、まさか、会えるなん、ぐすっ」
わっ、ちょ、泣い……!?
ジーノは最初こそ我慢していたけど、一度涙が流れたら止まらなくなったのかボロボロ泣き始めてしまった。わわわわわ!
「あっ、ま、待って! 私が泣かしたみたいな絵面になってるから!」
「うっ、ぐずっ、ごめ、ずびっ、だって……だってさぁっ」
「ああ、もう。アレクサンダー、ハンカチ!」
「えぇ……? 野郎に渡すハンカチは持ち合わせていないのですが」
「いいから早く出す!」
「仕方ありませんねぇ」
だいたい、アレクサンダーやバリーが怖くて泣いてるかもしれないじゃん! 違うってわかるけどっ!
ああ、ほらほら、落ち着いて。涙をお拭きよ、少年。
「すび、すびまぜん」
「いいよ。でもさ、そうなると今度はこっちが気になる番なんだけどさ。聞いても平気?」
「ぅ、あい……」
「ダメだね。もう少し落ち着くまで待とうか」
ひとまず、ここから離れたい。
なぜなら、人の多い港なものでかなり注目を集めているからだ。
私が泣かせたわけじゃないからね! たぶん!!
というわけで、私たちはそそくさと港から離れることとなった。
人の少ない場所までくると、ようやくジーノも落ち着いたようで、ハンカチで鼻をかみながら再び頭を下げてきた。
こら、アレクサンダー。嫌そうな顔しない! ハンカチはまた新しいの買うから!
「すみません。えと、俺がなんで日本人を知ってるかってことですよね」
「そうだね。見た感じ、日本人とは思えないし……」
うむ、なかなか話が早くてよろしい。
ジーノはまだ鼻や目を真っ赤にしたままだったが、きちんと説明してくれた。
「俺は、日本で事故に遭って……一度死んでるんです。それで、この世界で生まれた、転生ってやつ、だと思います」
「転生……」
「前世を思い出したのも三年前なんですけど……あれは夢だったのかなって、俺の頭がおかしくなったのかなって、思ってて」
転生、か……。それはなんというか、複雑だな。
私は私のままこの世界に飛ばされたわけだけど、ジーノは生まれ直したってことだよね? 前世の記憶を持っているってなかなか辛いんじゃない、か?
だって、もしも日本に帰る方法がわかったところで、ジーノには帰る場所がないんだもん。
どっちが辛いとか、そういうのは計れないけどさ、きっと苦しんだよね。
「でも、日本人がいるって今わかって……あの世界は、家族や友達は、実在したんだなって思っ……」
「ああ、ほら泣かないの! 涙拭いて! アレクサンダー、ハンカチの追加!」
「替え玉注文みたいに言いますね」
「いいから、早くっ」
とりあえず泣き止ませないとね! これ、思い出す度に泣いちゃうんじゃないか?
ま、まぁいい。話すことですっきりすることもあるだろうし、とことん聞いてあげようじゃないか。
「お姉さんは、どうしてここに?」
「あー、それがよく覚えてないんだよね。家のドアを開けたらこの世界にいたって感じで」
「怖い」
「それな」
それから、なんだかんだで私も事情を話す流れになったわけだけど……似たような状況に陥った同郷に打ち明けるのって、すっごい楽!
何より、日本の話が出来るっていうのが最高で、もう話が止まんなくなっちゃったよね。
ごめん、アレクサンダー、バリー。置いてけぼりにして。
「じゃあ、私がこの世界に来た時とそこまで時間は経ってないっぽいね」
「不思議ですね……僕が生まれたのは十五年も前なのに」
世界が違うから、時間の流れも違うとかそういうあれかな?
でもそう考えると、私がこの世界に来てからそこまでの時間が経っているわけじゃないってこと?
「……日本に帰っても、あまり時間が過ぎてない可能性が高い?」
「きっとそうですよ! 一年程度なら数時間、とかじゃないですか?」
「やば、ちょっと希望が見えたかも」
ミハイルさんが帰る方法を探してくれているとはいえ、何年かかるかわからないから不安だった。
でも、たとえ十年以上が経過しても戻った時にはそこまで時間が経っていないというのなら救いがある!
ただそこまでの年数が経ってたら、私だけが大人の姿のまま、みたいなことに……?
そこは、まぁ、あれだ。その時考えようかな!




