76 ホタテにイカ焼き、その他貝焼き
少し海のほうへ向かうと、いい匂いがさらに漂ってきた。
この匂いは……間違いなく醤油っ! 浜焼きっ! 信じてたよ、異世界っ!!
「バリー、何食べたい!?」
「お、俺ぇ!? コトリ様の食いたいもんを買ってくだせぇよ」
「だって選べないんだもん~っ!」
あっちこっちからいい匂いが漂ってくるんだもん! 目移りしまくりで目が回りそうだよ!
このままだと全ての屋台を巡ってしまいそうだ。ストッパーが必要だし、その上で買う物も指定してほしい。
「全部買ったらいいんじゃねぇですかい?」
「なんてことを言うの、バリー! それは悪魔の囁きだよっ」
「……すんません」
私の胸の内から今にも飛び出してきそうな欲望をあっさり口にしないでいただきたい。
全部買うだなんてそんな豪遊、底辺依頼しか受けられない私のようなものがやっていいわけ、いいわけ……!
「でも、買えるだけの金はあるでしょう」
「自分で稼いだお金を使いたいの! 買えはするけど無駄遣いはしたくないもん」
「そいつぁ、堅実ですなぁ……ですが、買ったモンは執事界で保存できやすし、非常食ってことで買ってもいいんじゃねぇですかい?」
「非常食……」
「念願なんでしょう? こういう時に贅沢しねぇで、いつするんだって話しっすよ」
バリーはストッパーになるどころか私を誘惑ばっかりしてくる。
豪遊していいわけない、いいわけない、のに……!
「ここで買わないと後悔しそうですなぁ、コトリ様は」
「くっ、見透かされている……! よし、買おう」
「それがいい」
仕方ないよね! だってバリーが買ってもいいって言うんだもん。非常食にもなるし? 海の幸はここを逃したら次にいつ買えるのかわからないし? 必要経費だし?
あ、おじさーん! 全種類くださーい!!
港の屋台エリアで手当たり次第に買いまくっていたせいで、良客とみなされた私は屋台の主人たちからモテモテになってしまった。
こっちも美味いよ! これはここでしか味わえないよ! などの呼び声にもホイホイ足を運んだ。
おかげで色んなお店からサービスもされちゃった。えへへ、えへ。幸せ。
買った物はバリーが収納バッグにどんどん入れている、ように見せかけて執事界に収納してくれるのでとても助かったよ。
今すぐにでも食べたいところだけど、お使いを頼んでいるアレクサンダーが戻ってくるまで我慢だ。
ふふふ、これでしばらくの間は海の幸を楽しめちゃうね。ふへへ、ふへ。
一通り屋台を巡り、港の仮初アイドルと化した頃、アレクサンダーが戻ってきた。
「お待たせしました、貝とエビ……ではなく、コトリ様」
「欲望が駄々洩れだよ、アレクサンダー」
しかし、誘惑に勝てない気持ちはよくわかるので貝とエビを差し出しながら迎えてあげた。
そして私は貝とエビと交換するかのようにアレクサンダーから船のチケットを受け取る。
「ふむふむ、乗船は明日かぁ。じゃ、今日は食い倒れできるね」
「明日、腹痛になられても知りませんよ」
「……じゃあ、ほどほどに食い倒れることにする」
「またなんと器用な」
たくさん買い溜めしたとはいえ、この場で食べるという醍醐味を味わわなくてどうするというのだ。
潮風を感じながら浜焼きを食べる贅沢……! よし、合流もしたことだし食べよ! 今すぐ!
バリーに頼んで執事界からホタテ焼きを出してもらう。ああっ、焦げ目まで美味しそう!
「とにかく、まずは食べよ! いっただっきまーす!」
一口では入りきらない大きさの立派なホタテ。
火傷に気を付けながら噛り付くと醤油の香ばしさと磯の香りが口いっぱいに広がった。
う、う、うまぁぁぁぁ!
アレクサンダーはエビを、バリーはイカ焼きを頬張っている。二人とも目を輝かせているからお気に召したのだろう。
「執事界に戻ったら他のみんなにも好きな物を食べさせてあげてね!」
「えっ、しかしこれはコトリ様が働いて稼いだお金で……」
「私が食べなさいって言ってるんだからいいでしょ。さすがにこの場で全員を呼ぶわけにはいかないから執事界で食べてもらうことになるけど……あっ、バリーはお酒も飲んでいいよ」
「コ、コトリ様ぁ……! 一生お仕えしやす!!」
「一生を安売りしちゃだめだよ、バリー」
大げさだなぁとも思うけど、執事たちの事情を少し知った今、彼らが本気で喜んでくれているのはちゃんと伝わる。
私からすれば特別なことなんて何もしてないんだけどね。だって美味しいものはみんなで共有したいじゃん。
次は私もエビを、と思っていると、一人の少年が急に駆け寄ってきた。
さっきからこっちを見てたよね、この子。
何か言いたいことがありそうな顔をしてるな、とは思ったけど……どうしたんだろう。
「な、なぁ! 今『いただきます』っつったよな!?」
「へぁ?」
少年があまりにも真剣な顔で急にそんなことを言うもんだから変な声が出た。
「いただきますって、言ったよな!?」
さらに少年は同じことを言いながらスッと手を伸ばしてきた。
え、あ、ちょっと待って。今の私は醤油で手がべたべたなんですけど。
しかし少年の手が私に触れることはなかった。ぬっと影が出来たかと思ったら、目の前にはバリーの背中が。もはや壁である。
「コトリ様に触れないでください」
「ひっ」
加えてアレクサンダーの涼しげで、かつ威圧感のある微笑み付き忠告。
これは怖い。少年も今になってこの二人の存在に気付いたのか顔を青褪めさせている。
でっかい強面バリーと笑顔で圧をかけ続けるアレクサンダーに見下ろされ、少年はついにぺたんとその場に尻もちをついてしまった。
ちょ、ちょっと、小刻みに震えてるじゃん。たぶん悪気はないだろうからあんまり脅かすのはやめたげて!
それに、気になることを言っていたしね。
まずは私が間に入ってあげるとしますか。かわいそうだし。




