75 待ってろよ! 海の幸!
──潮風が頬を撫でる。
じめっとした空気は本当に久しぶりで、それだけでワクワクしちゃうから私も単純だ。
乗り合い馬車から降り、背伸びをしながら目の前に広がる光景を見る。
まだ少し遠いけど、間違いなく海。
海面に光が反射してとても綺麗! ついにここまで来たっ! そう思ったらつい叫びたくなるよね!
「海の幸だーーーーっ!!」
「そこは『海だー』ではないんですね」
しまった、欲望が漏れた。
「だって念願だもん。港に行ったら真っ先に屋台巡りするからね! 絶対!」
「船の手配が先では?」
「アレクサンダーお願い!」
「承知いたしました。コトリ様が食欲に忠実に動いている間、このアレクサンダー、汗水たらして仕事をしてまいります」
「言い方ァ!!」
いつも通りのやり取りに、フッと肩の力も抜ける。
旅立つ前、打ち明けてもらった重い話を聞いてから、少し気まずかったからね。
アレクサンダーいわく、他の執事たちにも私が言ったことをそのまま伝えてくれたみたい。
そのおかげなのかなんなのか、他の執事も呼び出した時はいつも通りに接してくれたのはよかった。
いや、完全にいつも通りとは言いにくいかも。
執事にもよるけど、申し訳なさそうにこちらを窺う様子はちょっとあった。
っていうか、エミルは私に嫌われるんじゃないかって涙ぐんですらいたっけ。うん、いつも通りではなかった。ちょっと盛った。
もちろん、エミルにはハグしてそんなことは絶対にないとたくさん言い聞かせましたとも。
まぁ? 正直なところ、あの可愛いエミルでさえ罪を犯したんだって思うと複雑だけどね。というか、一番ピンとこない。
罪の内容が、気にならないと言えばウソになる。
みんな私が聞けば罪状も教えてくれるみたいだけど……誰の得にもならない話は聞かないのがいいよね。
もし、解放するのに必要だというのなら、その時に聞けばいい。
しかも、執事たちは罪を犯したその過去の記憶が全て消えているらしいじゃない。
こういう罪を犯した、ってことだけを覚えているとかなんとか。
めっちゃ罪悪感だけ残るじゃん。それもまた償いの一つなのかな、とも思うけど……なかなかえぐいよね。
いや、覚えていたほうが辛いのかな……? むむむ、わかんないけどさ。
一体なんなんだろうね、執事界システム。
罪を償う場所なのだろうことはわかるけど、そこに選ばれる人とそうでない人の違いは、本人が償いを強く求めているかどうかってのも曖昧だよね。
でもさ、私は思うんだ。
真に償いが必要な人は、罪の意識すらないよね?
執事たちはちゃんと反省できる良い罪人たちなのでは? と思わずにはいられない。
ま、主人だから贔屓目で見てるだけかもしれないけどー。
罪のことだって事情を詳しく知らないから言えるだけかもしれないけどー。
とまぁ、この港町に来るまでの道中では、これでもあれこれ考えてたってわけ。
大きな森を迂回する、そこそこ長い道のりだったからね。気持ちも沈み気味だったんだよ。
そこで海が目に飛び込んで来たら……癒されたくもなるではないか。海の幸で。
「私が船の手配をしている間、必ず護衛をつけてくださいね」
「わかった! チャズ……は人のいる場所、嫌がりそうだよね。それなら」
キョロキョロとあたりを見回し、人のいない場所へ移動。町に行ったらそこら中に人がいるから呼ぶなら今のうちだ。
「執事召喚、バリー! あっ、執事服以外でお願い!」
小声で呼び出しつつ、思い出したように服装も指定した。
さすがにバリーの袖なし執事服は、人の多い場所だと注目を集めちゃうからね……。
急に服を指定されたからか、出てくるのにいつもより時間がかかっている。ごめん。
そうして現れたのは、袖のないシャツと動きやすいダボっとしたズボンを着用したバリーだった。うん、完璧!
「すまん、コトリ様。着替えにちと悩んじまいやした」
「ううん。こっちこそ急に指定してごめんね。ほら、港町だと目立ちそうだから」
「まぁ、たしかになぁ」
「特にバリーは身体が大きいでしょ? その恰好なら海の男たちに紛れる!」
むしろ、海の男にしか見えないかもしれない。この道十数年のベテラン船乗りオーラが漂っている。
「バリー。私は少しコトリ様から離れます」
「なるほど。つまり俺は護衛ってわけですかい。任された!」
「よろしくね。これから食べ歩きしなきゃいけないからさ。バリーも一緒に食べよ」
「そいつぁ、ありがてぇです」
「食べ歩きは義務なのですね。初めて知りました」
「拗ねないでよ、アレクサンダー。ちゃんとアレクサンダーの分も買っておくからさー」
「大きめの貝とエビを選んでくださいね」
「ちゃっかりしてるなー」
そんなこんなでアレクサンダーを見送り、私とバリーは二人で港の方へと向かう。
潮風がなんとも心地いい。……嘘。ちょっとベタつく。
でもさ、磯の香りってやっぱり最高だよね! ビーチがあったら浅瀬を裸足で歩きたいものだけど、ここは港しかないっぽいから断念だ。
「わぁ、すごい人!」
遠目からでも人が多いことはわかってたけど、これは予想以上。
歩けないほどじゃないけど、人とぶつかりそうではある。これは変な人に絡まれたら面倒なことになるぞぉ? ホープも召喚して運を底上げしておくべきだったかな。
とかなんとか変なことを考えていたからだろうか。
なんか……前方からすごい勢いでこっちに向かってくる男の人、いない? あれ、このままじゃ絶対にぶつか——
「っ痛ぇなぁ、おい嬢ちゃ……ヒッ」
「あぁ? どうしたぁ?」
「なっ、なんでもないっすぅ……!」
——る前に、バリーが前に立ってくれたおかげで絡まれずに済んだ模様。
ってかあの人、ぶつかる前にお嬢ちゃんとか言ってさ。完全にわざとじゃん。ぶつからなかったけど。
それにしても。
「……ぶふっ、今の顔、見たぁ?」
「情けねぇツラでしたねぇ」
「あははっ、そんな、悪いよ、バリー」
「コトリ様も笑ってるじゃないすか」
悪いことはするもんじゃない、ってことだね!
そしてバリー、すごく頼もしいよ!




