74 綺麗事だって救いになることもある
複雑な胸中を持て余しつつ黙ったままでいると、しばらくしてからアレクサンダーが再び口を開いた。
「話を続けますね」
「あ、うん」
いつも以上の冷静さに、思わず背筋が伸びる。感情が読めない。
無表情ってわけでもないんだよね……ただ落ち着いているのはわかる。それが余計に読めなくて少し怖い。
「……我々は断罪された後、執事界に呼ばれました。ランダムに現れる主人に仕えること。これが償いになるのだと」
「そ、それはいつまで……?」
「わかりません。いえ、条件はあります」
「あ、そういえば前にも一度チラッと聞かせてもらったよね。主人が解放を命じるとかなんとか」
「ええ、そうでしたね……」
それで、解放を命じてくれた人が過去にもいたんだけど失敗したんだったよね。
あの時、私も試そうかって聞いたらすごい勢いで止められたっけ。可愛いアレクサンダーが見られた時でもあったけど……。
もしかしたら、あの時慌てていた理由って他にもあったのかな。
ジッとアレクサンダーを見つめながら続きを待っていると、アレクサンダーは珍しく目を伏せて告げた。
「条件はただ一つ。真の主人に赦されること」
「真の……古文書に出てたね」
「ええ。きっとチヨ様は真の主人だったのでしょう。そして、セバスチャンは赦された……ですから」
アレクサンダーの顔が歪む。
すごく辛そうで、苦しそうで、辛いならこれ以上言わなくていいよって話を止めたくなった。
でも、聞く。ちゃんと聞いて、受け止める。
私は、アレクサンダーたちの主人なんだから。
「チヨ様がいない今、我々に救いの道はないということです」
……そういう、ことか。それは絶望したくもなる。
この先ずっと許してもらえず、永遠にどこの誰ともわからない何者かに仕え続けなきゃいけないなんて。
なんでよ。そんなのずるいじゃん。償いなんだから、どれだけ厳しい罰でも許される日がいつか来るはずじゃないの? いや、許される日が来ないという罰なのかもしれないけど……。
っていうか! なんの関係もない人の許しを得て何に──
そこまで考えて、ふと思う。
「ねぇ、その真の主人ってさ、一人しかいないの?」
「……え?」
「だっておかしいじゃない。アレクサンダーはチヨさんを知らないんだよね? つまり、チヨさんが元の世界に戻ってから執事界に呼ばれた執事ってことでしょ?」
「え、ええ、そうなりますね」
最初から許す人が、少なくとも判断する人がいないなんておかしくない?
終身刑や死刑だって、本当の意味で許されるかはわからないけど、その命が終えた時に償いが完了したとみなされるわけでしょ?
償いというくらいなんだから、許される道は絶対にあるはず。
「出会えるかどうかはわからないし、難しいのかもしれないけど……救いの道が用意されていない、なんてことはないんじゃないかな。そんな契約、詐欺じゃない?」
「……詐欺」
アレクサンダーの目に少し光が戻った、気がする。
よし、持論をさらに伝えてみよう。
「セバスチャンにとってチヨさんが真の主人だったってだけじゃないの? 執事によって主人も違うのはある意味で当たり前っていうか」
「それ、は、たしかに……」
「絶望するのは早いよ、アレクサンダー。きっとアレクサンダーだけの主人がいる。まだ出会えてないだけかもしれないじゃない」
私の言い分だってただの推測だよ。
でもさ、人間希望がないと生きていけないじゃない。あ、アレクサンダーたちは精霊だけど。
精霊だって、希望がないと辛いに決まってるじゃん。元人間ならなおさら!
「私も、元の世界に帰るのを諦めないよ。だからみんなもまだ諦めないでいてよ。一緒に頑張る執事がいたら心強いんだけ、ど……」
なんか言ってて恥ずかしくなってきたな……。事情もろくに知らないくせに、こんな曖昧な推測で励まされたって困るよね。
しかも、結局は私の側にいてよって言ってるようなもんだし。うっ、自分勝手すぎたかも!
途中であーっと頭を抱える私を見て、アレクサンダーはようやくにこりと笑った。
目元がすごく優しくて、一瞬だけドキッとした。
「しっかたありませんねぇ! コトリ様は我々がいないと寂しくてどうしようもないみたいですから!!」
「そこまで言ってない」
かと思えば調子に乗り出したぞ。いつもの胡散臭ンダーだ。
これがカラ元気なのはわかる。でも、そう振る舞えるようになっただけ良かった、かも?
だって今の私たちにはどうすることも出来ないもんね。それをアレクサンダーだって、他の執事たちだってわかっているはずなんだ。
誤魔化したいのかもしれないけど、最後にこれだけは真剣に聞いてもらうよ。
スッと両手を伸ばしてアレクサンダーの頬を両手で挟む。
アレクサンダーは驚いたように目を丸くしながら私を見下ろした。
まったく、イケメンってやつは頬を挟まれてもイケメンのままだね。
「私の帰る目途がついたとか、もしつかなくてもこの世界でどうにかやっていけるって確信したらさ。その時には……私も、解放を願ってみるから」
覚えてるよ。さっきまで忘れてたけど。
失敗するかもしれないし、それによってまた執事たちをがっかりさせるかも。でも。
「ちゃんと全員に試してみるから。約束。他の執事たちにも伝えておいてよ」
ね? と言いながら顔を下から覗き込むと、さらに覗かれまいとアレクサンダーが俯いた。
しかし、両頬を挟んでいるので顔は丸見えである。
「ありがとうございます、コトリ様……」
「……もう、仕方ない執事だなぁ」
執事たるもの、泣き顔を主人には見せたくないよね。
私は両手を離してあげると、そのままアレクサンダーの頭を抱きしめて撫でまわしてやった。
見てなければ、泣いてるかどうかなんてわかんないからね。




