72 別に喧嘩してるわけじゃないんだけど
私の話を聞いて、執事たちは黙った。静まり返ったこの空気、緊張する。
なんとなく、彼らに影があることには気付いていたよ。あまり触れられたくない類の話題なんだろうなって。
主人としての命令で無理矢理聞き出すようなことはしたくないけど……でも、主人だからこそ聞いておくべきかもしれないって最近は思うから。
「ついに、この時が来てしまったのですね……」
気まずい沈黙を、ようやくアレクサンダーが破ってくれた。
でもその声色はやっぱりどことなく重々しい。
「しかしながら、この話は長くなります。今の残り魔力ではきっと話し終えることが出来ないでしょう。我々執事一同の間でも、情報を共有する時間をいただけませんか?」
「そ、そっか。執事みんなに関わること、だもんね。いいよ。じゃあ……明日の夜はどうかな。明日は朝からこの町を出る準備をして、二日後に出発予定って感じで。ミハイルさんに船の手配も頼まないといけないし」
「ご理解いただきありがとうございます」
あまりにもいつもと違う態度だから調子が狂っちゃうな。
やっぱり聞かないほうがよかったのかな、とも思うけど……。いや、迷わない。
私はグッと顔を上げて真っ直ぐみんなを見た。
「私、真剣に聞くから。どんな話だとしてもちゃんと聞いて、考えて、受け止めてみせるからさ。だから……みんな、あんまり心配しないでね。そう伝えてくれる?」
「コトリ様……」
「それと、話してくれる執事はそちらで選んでくれていいよ。魔力に余裕がほしいから……出来れば少人数が望ましいけど」
今の魔力量なら、全員を呼んでもある程度は聞けるけどね。でもじっくり聞くなら最大五人が限界かなぁ。消費魔力量にもよるけど。
そんな私の心情を汲んでくれたのだろう、アレクサンダーは胸に片手を当てて一礼した。
「承知いたしました。ありがとうございます、コトリ様」
アレクサンダーに倣うように、グリンバルドとホープも同じように頭を下げる。
そしてそのまま、話し合ってきますとだけ告げて執事界へと戻っていった。
一人になった高級宿の一室は、いつも以上に広く感じた。
私はふらふらとした足取りでベッドまで向かうと、そのままぼふっと倒れ込む。
さすが高級宿、ベッドの弾力が違うね。優しく私を受け止めてくれている。
「あんなアレクサンダー、初めて見たな……」
私が彼らの事情を訊ねた瞬間から、急に空気が変わってしまった。
彼らの感情は読めなくて、ただただ緊張感だけが伝わった。
この静けさが落ち着かなくて、タブレットを引き寄せる。
執事たちのステータスや、私の書いた彼らのメモを一つ一つ眺めた後、自分のステータスも見た。
魔力がほぼ空っぽだ。執事を誰も呼び出していない今なら、夜には全回復していると思う。
でも、今頃は彼らが相談しているだろうと思うと呼び出しづらい。
結局、私はそのまま誰も呼び出すことなく、夜も一人で過ごした。
◇
翌日も、私は予定している時間まで彼らを呼ばないと決めていた。
だって話し合いをしていたら悪いし……っていうのは建前で、個人的にただ気まずいから。
何事もなくいつも通りにされるのも、神妙な雰囲気になるのもなんとなく嫌だっていうか。
とはいえ、夜まで何もせずにいるというのも時間の無駄だ。
この町を出立する準備くらいは整えておかないとね。
というわけで、早速向かったのはミハイルさんの別邸だ。船の手配をしてくれるという約束だったから、それを頼みに行く。
こんなにも長いこと一人で過ごすのは本当に久しぶりだから緊張したけど、なんとかなった。
「今日は執事の皆様はいらっしゃらないのですね」
けど、ミハイルさんにド直球で聞かれるとさすがにドキッとする。別に喧嘩したわけじゃないのに気まずく感じるのはなぜだ……!
「こ、ここのところは毎日召喚していたので、休憩もかねて! それにこの町は平和ですし、買い物程度なら一人でも出来ますから」
「言ってくださればお供しましたのに」
「どこの国に公爵家のご長男様を供にして買い物する小娘がいるってんですか」
それこそ注目の的になってしまうじゃないか。すでにイケメン執事アレクサンダーのせいで目立っている気がしないでもないけど!
「ロアンをつけましたよ?」
「申し訳なさすぎるので遠慮します」
「頑なですなぁ。コトリ様はもはや一国の王よりも重要なお方だというのに」
「そろそろその話し方もやめません? 戻ってますよ、堅苦しいのに!」
「あははは! やはりコトリさんは面白い方だ!」
「お褒めに与り光栄ですぅ……」
くっ、やっぱりからかわれてたっ! ミハイルさんって意地悪だよね、まったくもう。すまない、と言いながらまだ笑ってるし。
「ただね、貴女の立場が一国の王よりも上というのは事実だよ。それが知れ渡っていないからこうして普通に過ごせているだけにすぎない」
「絶対に知れ渡りたくないですね、それは」
「ええ。同時に、他の人と同じだからこそ危ない目に遭うこともある。出来れば常に執事の誰かを護衛につけていただきたい」
おっと、そういうことか。ミハイルさんは事情をしっているからこそ気が気じゃないのかもしれないね。
私だって要人が護衛もつけずにフラフラしてたら同じ気持ちになるし。私には自分が要人という自覚はないけど、ミハイルさん側の心配はわからなくもない。
「……わかりました。でも今日は少し魔力を温存したくて」
「ではやはり、ロアンをつけさせてくれ。拒否するなら私が無理矢理ついて——」
「ロアンさん! お忙しい中大変申し訳ないのですがよろしくお願いいたします!!」
「かしこまりました」
「コトリさん、遮るのは酷くないか?」
公爵様と歩くよりロアンさんのほうがずっと目立たないのでありがたい!
別にミハイルさんが嫌いとかそういう話じゃないよ? 厄介だとは思っているけど。
「ああ、それと忘れないうちにこれを。港町に着いたら、港の責任者のディンいう大柄の男にこれを見せてくれ」
「手紙、ですか?」
「大事な客だから丁重に扱うように、とね」
「そ、そこまでしなくても……いえ、ありがたく頂戴します」
ミハイルさんから手紙を預かると、カバンの奥の方にしっかりしまう。こういう大切なものはいつも執事たちが預かってくれていたから、持つのも緊張しちゃうな。
「私は午後にここを出る予定だ。だからコトリさんと会うのも……しばらく先になりそうだね」
「そうでしたか。あの、いろいろとありがとうございました!」
「それはこちらのセリフだよ。古文書のことを父に伝えるのが楽しみだ」
ミハイルさんはそう言ってくしゃっと笑う。
その顔は公爵様というよりまるで少年のようで、私も思わずつられて笑った。




