69 おじさんによるロマンス小説朗読は飛ばします
初代ヒンギス公アンソニー・ヒンギスは、身元不明の女性を妻に迎えた。
周囲の人々は反対したが、アンソニーさんによる彼女への愛は深く、押し切って結婚に至ったらしい。
「な、馴れ初めだけで三分の一はありますが、い、今、読み上げますぅ……?」
「私はいらない。時間もかかりそうだし……グリンバルド、要約できるならお願いしてもいい?」
「ほっ。よ、よかった……」
私は別にロマンスが聞きたいわけじゃないからね。
今はとにかく内容を知りたいのだ。
「コトリさんはロマンス小説が好きではないのかな?」
「嫌いではないけど好きでもない、って感じですかね……。少なくとも、グリンバルドの朗読じゃ楽しめないと思います」
「一理あるな……」
何が悲しくておじさんの朗読でロマンス小説を聞かなきゃいけないんだ。グリンバルドだって嫌だろうに。
あとでじっくり読ませてもらおう、というミハイルさんの呟きを聞きつつ、私はグリンバルドに続きを促した。
彼女の名前はチヨといったらしい。もうその時点で私はピンときてしまったよ。
その名前は間違いなく……いや、決めつけるのは早いか。大人しく聞こう。
「か、彼女の身元が不明だったのは、異世界からの迷い人だったからだそうです。その事実を隠し、守るためにアンソニー氏は彼女と結婚したようですな」
「異世界から……俄かには信じがたい話だ」
あ、そんなことまで書いてあったんだ?
くっ、ほぼ確定じゃないか!
そのチヨさんは、私の同郷。つまり日本人の可能性が高い!
冷や汗が出ますよ、こっちは。もっと詳しく聞かせて! と言いたいのをグッと堪え、ただただ続きを待つ。我慢できて私、えらすぎ。
「その上、彼女は精霊召喚士でして……い、異国情緒のある美しい顔立ちで、人型の老執事を一人召喚出来たそうで……」
「執事を……? 顔立ちといいコトリさんとほぼ同じだな。偶然、か?」
「偶然じゃないですかねぇ? そもそも、スキルだって同じものを持つ人って普通にいますよね? 精霊召喚は珍しいですけど、そういった意味では同じスキルを持つ者が大昔にいたって何もおかしくないのでは?」
「……それもそうだな」
思わず早口になっちゃった。怪しまれていないだろうか。怪しむよね。つくづく誤魔化すのが下手くそだな、私。
でも、聞かれたところで答えにくい。あんまり話したくもないし……。
でも、元の世界に帰る情報があるというのなら、聞き逃したくない。必要であれば打ち明けたって構わない。
うん、このスタンスでいこう。どうしても必要だった場合だけ伝える。つまり基本は隠す!
「続き! 続き聞かせてよ!」
不自然に続きを促す私を、訝しげに見つめてくるミハイルさん。
アレクサンダーは呆れた眼差しを向けてこないで!
はい、グリンバルドに注目! 注目っ!
彼女、チヨさんが呼び出せたのはセバスチャンとうい名の老執事だったという。
なんてピッタリな執事っぽいお名前……!
それは置いておいて。セバスチャンはなんでも一人で完璧にこなすスーパー執事だったそうだ。
立ち居振る舞いはもちろん、料理や裁縫などの家事スキル、戦闘能力、素早さ、頑強さ、どれをとっても一流で、彼が一人いれば困ることなどなにもないほどだったとか。
なにそれ、本当に万能じゃん。もはや伝説。レジェンド執事と呼ぼう。
アンソニーさんとチヨさんはとても仲睦まじい夫婦だったが、チヨさんは時折、元の世界に帰りたいと泣くことがあったそうな。……気持ちはわかる。
そんな時、アンソニーさんはチヨさんの気持ちに寄り添うと同時に、もし帰れることになったとしたら、自分は置いていかれるのではと恐れたという。
うーむ、それはまた切ないね。愛する人と離れ離れになるってことだもん。世界が違うんだから、チヨさんが帰ったら会うこともない。
これだからあまり情は抱いちゃだめなんだ。……人の気持ちのことだから、難しい話だけどね。
特にチヨさんはアンソニーさんのお嫁さんになってしまったわけだし、その胸中はさぞ複雑だっただろう。
「あ、ある日……執事セバスチャンが……覚醒、しました」
「覚醒!?」
「そ、そう書いてあるんですよぉ! アレクサンダーも興奮した? するよねぇ!?」
執事二人が本当に興奮している。
なんだろう、覚醒というワードから滲み出る厨二感。よもやそれだけで喜んでいるわけではない、よね?
どことなくアレクサンダーは必死な顔に見えるし、執事たちの間で何か事情があるのかな。後で聞いてみよう。
「そ、それにより、チヨが元の世界に帰る方法がわかったそうです。と同時に……ここからがさらに重要ですぞ!」
いや、すでに重要な情報言ってる! 言ってるから! そこなんでさらっと流した!?
元の世界に、帰れる方法があるってことでしょ!?
そんな私の動揺をよそに、グリンバルドは鼻息荒く続きを語った。
「か、彼女を元の世界に帰す儀式をした後、執事セバスチャンもまたこの世界から消えたのです! 『彼女は真なる主人だった。私はようやく、赦される』と言い残して……!!」
な、な、なん……なんだってーーーーっ!?
「無事に元の世界に帰った、てことぉ!?」
「な、なんという悲劇! 愛する二人は離れ離れになってしまったのか!?」
「っ、赦された執事がいるのか!?」
私、ミハイルさん、それからアレクサンダーが同時に叫んだ言葉はバラバラで……。
あ、まずいこと言っちゃったかなとも思って焦ったんだけど。
「「「……今、なんて言いました?」」」
自分たちも叫んでいたせいで、お互いに何を言ったのか誰も聞き取れていなかった。
私たちは今、同じ顔をしているに違いない。




