70 有益な情報を得るには感情なんて捨ておけ!
「か、書かれていた内容はこれで、終わり、です……」
大興奮だったグリンバルドは急に背中を丸めると、最後に小声でそう締めくくった。締まらない。
でも、そうかぁ。一番知りたい部分は記録されてなかったか。まぁ、そんなものだよね。
しかも、愛する妻が元の世界に帰った方法なんて、置いて行かれたほうからするとあまり書き残しておきたくないかもしれないし。
ぐぬぬ、せめてその妻の手記があったらよかったのに。
ま、ない物ねだりをしたって仕方ないね。帰る方法があったらしいことがわかっただけでもかなりの収穫。
そうだよ。私は、諦めなくたっていいんだ。
いつか必ず、家族や友達の下へ帰るんだ!
「つまり、私には異世界人の血が流れている、というわけか……なんともロマンのある話だな」
最初に言葉を発したのはミハイルさんだった。
あ、そうなるのか。初代が何年前なのかはわからないけど、古文書の中でも読み解くのが難しいほどの古語なら大昔なのだろうね。
だとすると血が流れているといってもかなり薄いはず。でもたしかにロマンのある話だし……ここで私という異世界人と出会ったのもなかなかに運命的なものを感じる。
「結局、初代は愛しい人と離れ離れになってしまったのだな。悲しいことだが……チヨ様が故郷に戻れたというのなら喜ばしいことでもある。初代はちゃんと受け止められたのだろうか」
ミハイルさんは初代に思いを馳せている。浸ってるなぁ……。
さて、今のうちにさっさと退散したいところだけど、勝手に出ていくのもちょっとね。
今度、困ったときはヒンギス家の名前を出していいとも言われているし、いわゆる報酬周りの話をつけてからでないと。貰えるものは、貰っておく!
「ところでコトリさんは、チヨ様の故郷に心当たりはおありで? 記載されていた顔立ちの特徴や、執事を呼ぶという精霊召喚……共通点がありすぎないか?」
「さ、さぁ? 偶然では?」
ギクーッ! このまま浸って気付かないでいてほしかった!
いやぁ、なんとなく聞かれる気はしていたけどさぁ。この際、話しちゃってもいいかなという考えもあるけど……。
あんまり話したくない、というのが本音かな。
「精霊召喚、というだけなら偶然だと考えたが……執事を呼ぶというのはさすがに偶然では片付かないと思うのだが」
「う」
だってさ。話すと色々と思い出しちゃいそうなんだもん。
抑えていたホームシックが戻ってきそうで。
「言いたくなければ言わなくても構わないが……もし。もしもコトリさんがチヨ様と同じように異世界から来たのであれば。そして故郷に帰りたいと願っているのなら」
ミハイルさんはそこで一度言葉を切ると、一歩前に出てはっきりと告げた。
「私は異世界人の血を引くヒンギス家長子として、全力で帰還方法を探すと約束しよう」
「はい! 私は異世界人です!!」
「さすがはコトリ様、手のひら返しも華麗ですね!」
ええい、ツッコミが早いぞ! 拍手すんな、アレクサンダー!
だって! これ以上ない協力者じゃん!
何も事情を知らない人というわけでもなく、先祖に異世界人がいる。
権力もお金も持ってる人が力を貸してくれるというのなら借りないという選択肢はないじゃん!!
思い出して寂しくなるだなんて甘ったれたこと言ってらんないでしょ。
帰る方法がわかるなら、なんだって話す。
「私は、気付いたらこの世界にいて。執事召喚が出来たし、最初から困ることも少なくて快適な旅をさせてもらってる。楽しいし、知り合いも多く出来たけど。でも元の世界には、家族も、友達も、いる、し……」
ああ、もう。目の前が滲んでぼやける!
「帰れるというのなら、帰りたい」
出来るだけ感情的にならずにさらっと話そうと思っていたのに、気付けば涙が溢れていた。
私、本当に帰りたいって願ってたんだな。親しい人たちに会いたいって。
今がどれほど楽しくても、それとこれとは話が別なのだ。
もし、私にもチヨさんと同じようにこの世界で愛する人が出来たとしても、帰る機会があるというのならきっと同じ選択をしたと思う。
ただ、彼女はこの世界にも家族を残していく羽目になっただろうから、私よりはるかに苦渋の決断をしたのかもしれないけれど。
ホロホロ泣いていると、そっとアレクサンダーがハンカチを差し出してきた。
こういう時は余計なことも言わず、さりげない気遣いだけをしてくれるよね。ありがとね。
「打ち明けてくれてありがとう、コトリさん。私は協力を惜しまない。もちろん、秘密だって守ってみせよう」
「うぅ、すみません……」
「こちらこそ、悲しませてしまって申し訳ない。……本当は、妻として迎えたかったけれど」
「ミハイル氏」
「ははは、君の執事は怖いなぁ」
油断も隙もないなぁ、ミハイルさん。
女が泣いてるところでそれはダメですよ。よく睨んだ、アレクサンダー。
「異世界人に惹かれるなんて、これも血筋なのかな?」
返答に困る。そんなこと言われても、ねぇ? リップサービスがお上手だ。
まさか本気ってことではないだろうし。え、ないよね?
さて、ここでグスグスしてたって時間の無駄だ。
アレクサンダーからもらったハンカチでしっかり涙を拭いた後、顔を上げた私は今後の予定を伝えることにした。
「ひとまず、私は予定通り海を渡ろうかなって思ってます」
ミハイルさんが調べてくれるにしても時間がかかるだろうし、その間ずっと同じ場所にいるってのも、ね。
いろんな場所に行けば、違うルートから元の世界に帰る情報が手に入る可能性だってなくはないわけだし。
まぁ本音は、どうせ異世界にきたんだから帰るまでの間にいろんなものを見ておきたいっていう欲にまみれた願望があるってだけなんだけどね。
美味しい食事! 海の幸! 米! 味噌汁! ラーメンっ!
私の前に来ていた日本人がいたら、きっと探し求めていたはず。そういう痕跡を辿る旅をするのも悪くないじゃん?
何より、気が紛れる。私は悲しい気持ちを長続きさせたくないのだ。
「そうか。ならばしばらくまた会えなくなるね。寂しいなぁ」
「帰る方法を調べてもらうことになるので、定期的に連絡はしますよ。私も情報を集めますし」
「ふむ、旅に出ることで得られる情報もたしかにあるかもしれないね。きっとどちらかが必ず見つけられるはずさ」
「……ありがとうございます」
古文書解読の対価として調べてもらうわけだけど、任せきりにするのはやっぱり心苦しいしね。
とはいえ、チヨさん以外の異世界人の痕跡を辿ってもあまり情報は望めないってことはわかってるんだ。
なぜって?
……歴代の主人は異世界人。でも執事たちは戻る方法を知らないわけでしょ?
チヨさんだけが帰還できたのだ。そこにしか答えはないだろうな、って。
さて。聞きたいことが出てきたよね。
一度宿に戻って、その辺りを問い詰めてみようか。




