54 今後は自意識過剰になります
居心地の悪い思いをする中、ミハイルさんは話題を変え、フェイビアンがスラスラとそれに答えていく。
話題は他愛もないものばかりだ。
とはいっても、道中に危険があった場合はどう対処しているのかとか、故郷の名産品はあるのかとか、懇意にしている貴族家はいるのかとか、私には答えにくいものばかり。
フェイビアンもよくスラスラと出てくるよねぇ……何も知らなかったら信じちゃいそう。
あるいは、本当にそういう地域や貴族があったりして。
あ、ちょっと待って。
これ、世間話に見せかけた探りを入れられている……?
いやーっ! 貴族怖い!
本当に無理。早く帰りたい。フェイビアン、対応を全部丸投げにしてごめん、そしてありがとう。
「ああ、しまった。つい話に夢中になってしまったね。改めてコトリ……いや、コトリさん。無事にこの町に来られて本当によかった。歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます。それと、ミハイル様。これを」
このままスゥッ……と消えていきたいところだったけど、一応私にもミッションがある。
話をこちらに振られたタイミングでサッと例の魔石を取り出した。
高級感溢れる箱に入れられた高級そうな魔石。使わなかったら返す約束だった代物だ。
いつまでも持っているなんて庶民の心臓には負荷がかかりすぎる。
「結局使いませんでしたが、持っているというだけで安心出来ました。本当にありがとうございました」
などと心にもないことをにこやかに告げながらそっと箱を差し出すと、ミハイルさんは苦笑しながら首を横に振った。え、なんで。
「よかったらそのままもらってくれないか?」
「え、で、でも」
「出会って間もない縁だがね、コトリさんとは運命的な何かを感じるんだ。私は縁を大事にしたくてね。ぜひ君に持っていてもらいたいんだ」
えぇぇぇ……。お金持ちっていうのはこんな高い物をポンポン人に与えるものなの? ますます理解しがたい。分かり合えない……!
困惑したまま箱を持った手を引っ込めることも出来ずにいると、ミハイルさんに両手で包み込むように手を取られた。
「美しい人、どうかその魔石だけでも側にいることを許してもらえないかい?」
ドッキーン! と、なるところなのだろう、普通は。
金持ちのイケメン貴族に見つめられながら口説かれるシチュエーションを、まさか生きている内にガチで経験することになるとは。
もっと別のタイミングだったなら、もしかすると恋に落ちていたかもしれない。
たとえば、この世界に来たばかりで、執事召喚も出来なかったら、とかね。
他に頼れる人がいない状態だったら、コロッと甘えてしまっていたかも。
とまぁ、あれこれお考えて現実逃避している場合じゃない。どう答えればいいの、これ?
黙ったまま動けずにいると、ミハイルさんはさらに言葉を続けてきた。
「それに……ミステリアスな君のことを、もう少し暴いてみたい」
「え」
「お戯れはそこまで。それ以上は僕の我慢の限界ですよ、ヒンギス公子」
何か見透かされたような目を向けられ、私はようやく冷や汗を流した。
その時、フェイビアンがさっと私を引き寄せ、ミハイルさんの手を払い除けてくれる。た、助かった。
それだけでは終わらず、フェイビアンはすっと立ち上がり、同時に私も立たせると、冷ややかな視線と声色でミハイルさんに言い放った。
「帰りましょう、コトリさん。これ以上の長居は無用です」
「え、あ、はい」
動揺したままの私はそう返事するので精一杯で、促されるまま応接室のドアまで歩いた。
このまま出ていくなんて失礼にならないだろうか、と心配になった頃、背後からミハイルさんに声をかけられる。
「この町にはいつまで?」
「旅の準備が出来次第、すぐに発ちますよ」
「そうか。それなら、ぜひゆっくり準備してほしいものだね。町ですれ違うかもしれない」
「それはありませんよ。なぜなら私たちは平民として過ごす予定ですから。有名人であられるヒンギス公子が平民街に来て、なおかつ話しかけられては目立ってしまいます。どうかご遠慮を」
「……なかなかガードが堅いな」
こ、こんなにも拒絶しているのに諦める気配がないな、ミハイルさん!?
私が驚愕している間に、フェイビアンはそれ以上は何も言わず、早歩きで部屋を出て行った。
肩を抱かれたままの私はもはや小走りだ。足の長さの差ぁ!!
でも、一刻も早くこの屋敷から出たかったから助かったかも。
ああ、なんか、なんていうか。
ミハイルさんて、本気で私を取り込もうとしてたんだ……ってわかってしまった。
私なんてなんの取柄もない小娘なのになぜ? という疑問が残るけど、往々にしてこの手の問題というのはその理由に理解など出来ないものだ。
ああ、エミル。ごめんね。
私って、本当に危機感がなさすぎたみたいだ。これが、平和ボケというヤツだったのか。
ここは異世界。わかっているつもりでまったくわかっていなかった。
これからは二度と「私なんか誰も狙わない」なんて楽観視せず、自意識過剰だと思っても警戒しようと心に決めた。
◇
「つっかれたぁ……」
「奇遇ね。あたくしもよ」
屋敷を出た私とフェイビアンは、その足で真っ直ぐ町の外まで出てきた。
時刻はお昼を過ぎたあたりだろうか、昼食の時間だからか町を出たあたりに人は少ない。
これ幸いと私たちは一度森のほうまで向かい、人の気配がないことを確認してからいつもの服に着替える。
とにかく早くこの場を離れたいという一心で歩いてきたから失念していたけど、着飾った私とフェイビアンが町を歩く姿はさぞ目立ったことだろう。特に美しすぎるフェイビアンのせいで。
これはますます町の中に戻りにくくなってしまったな……。
うぅ、カラフルな街中をゆっくり観光したかった。高級店とヒンギス邸の記憶しかないっ!
ぐぬぬ……悔しいけど、撤退するのも大事だ。
大丈夫、素敵な町はここだけではないはず、きっと。
次の町ではのんびり観光出来ますように!




