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第007話:狂信の刃と、不格好なスクラム

【工程ログ:ミズラハ伝統暦 4月5日 / 帝国統一暦 4月7日】

【月齢:上弦の月前 / 次の新月まであと25日】

【現在地:聖地ミズラハ・軍の詰め所〜王宮正門】


朝霧が白く立ち込める、ミズラハ軍の詰め所。


冷たい土の匂いと、手入れを放棄された武具から漂う古い油の匂いが入り混じり、どんぐり眼の兵士たちが力なく座り込んでいる。


(上層部の腐敗が次々と暴かれたせいとはいえ、現場の士気モチベーションが完全に崩壊しているな……)


出立の準備を整えていたヨシヤは、崩壊寸前の現場を前にため息をついた。


「結局、俺たちは腐った上の都合で犬死にするだけだ」 古参の部隊長カレブが、自らの戦槌を放り出して自嘲気味に笑う。


「ふざけるな! 上層部が腐っているなら、今すぐ我々だけで打って出て華々しく玉砕すべきだ! 交渉などという卑怯な妥協は許せん!」


狂信的な若手騎士のエリート、ウリヤが血走った目で喚き散らしていた。 彼にとって「国のために名誉ある死を遂げること」こそが絶対の正義なのだ。


「玉砕なんてさせねえよ。お前らはここで待機だ」


俺はたまらず、彼らの前へ単独で進み出た。


「俺たちが留守にする間、一番の要(防衛の現場)がこんなグラグラな状態じゃ、安心して大嘘をつけないからな」


「貴様は……ペテン師の仲間め!」


俺の顔を見た瞬間、ウリヤの目に殺意が宿った。


「貴様らのような泥にまみれた罪人が、我々の神聖な死(名誉)を汚すな!」


ウリヤが腰を落とし、長柄のハルバードを容赦なく俺めがけて振り下ろそうとした。


(またかよ! 労災減らそうとしただけなのに!?)俺が死を悟り目を瞑ろうとした、その瞬間――。


俺のわずかな視界の横から飛んできた一枚のコインが、凄まじい速度でウリヤの顔面を強襲した。


「……ッ!」


キィィン!


と甲高い金属音が詰め所に響く。


俺が目を開けるとウリヤはハルバードの柄(棒の部分)を縦に返していた。


(え……もしかしてコイン弾き飛ばした?噓でしょ?あの小さなコインを、咄嗟に長物の柄で?動体視力と反射神経ヤバ過ぎでしょ……!)


俺がその武の達人っぷりに戦慄した、そのわずかな隙。


弾き返されたコインをチャッと手の中で受け止めながら、サギが流麗なステップで俺の前に立ち塞がった。


「おいおい若いの。こいつは王が認めた特命全権大使だぞ」


サギが悪魔のような笑みを浮かべ、冷酷に告げた。


「気に入らないからって私刑リンチにすれば、あんたの代々続く名門の家名はどうなる?

『国を救う特使を私怨で斬った、名誉なき国賊』として歴史に名が残るぜ? 当然、騎士の称号も一族もろとも永久剥奪だ」


「なっ……! 名誉なき、国賊……!」


サギの放ったその言葉は、ウリヤの最大の急所(弱点)を正確に抉った。


死を恐れぬ狂信の騎士にとって、家名に泥を塗り、騎士の称号を剥奪されることほど恐ろしいものはない。


振り下ろそうとしていたウリヤのハルバードの軌道がピタリと止まり、その両手は怒りと恐怖でガタガタと震え始めた。


そこへすかさず、リツィエルが冷徹な法の刃を突きつける。


「ミズラハ王国軍規第3条違反。個人的な感情で大使に刃を向けたペナルティとして、君の所属部隊の武器補充予算を法的に即時凍結する」


リツィエルは眼鏡のブリッジを押し上げ、無表情のままウリヤを見据えた。


「君の独断のせいで、部隊全員が丸腰で戦うことになるが……それでも斬るか?」


「く、うぅぅ……ッ!」


名誉の喪失と、部隊への被害。


武の達人でありながら、完全に退路を断たれたウリヤは、ハルバードを握る手を激しく痙攣させながら、ついにその切っ先を下ろした。


カチャカチャと、震える金属音が彼の敗北を物語っている。


二人が完璧なアシストで足場(安全)を固定してくれた。


俺はウリヤの刃を恐れることなく、カレブたち古参兵に向かって真っ直ぐに進み出た。


「名誉のために死ぬな。部下を無駄死にさせないのが、上に立つ人間の仕事だろ」


「俺たちが外で大嘘をついて時間を稼ぐ。だからお前たちは、この街(現場)の安全管理(防衛)だけを死ぬ気で頼む!」


カレブは俺の目をじっと見返し、やがて深く息を吐き出した。


「……現場を知ってる男の顔だ。俺の部下たちは犬死にさせねえ。ここは俺たちが死守する」


「……ッ」 ウリヤも血の滲むような思いで唇を噛み締めながら、渋々ハルバードを背に収めた。


「ありがとう」 俺とカレブは互いに頷きガッチリ握手をした。


分裂していたミズラハ軍の心(現場)が、ついに一つにまとまった瞬間だった。


その一部始終を、詰め所の物陰からこっそりと覗き込んでいる小さな影があった。


(……かっこいい。あの黒髪の人は、誰なんだろう?)


純真無垢な琥珀色の瞳を輝かせるヨタム王子(8歳)。


大人たちを圧倒し、現場をまとめ上げた俺の姿を見て、彼が目をキラキラとさせて「ファン第一号」となったことを、この時の俺はまだ知る由もなかった。



***



朝陽が昇る、ミズラハ王宮の正門。


長く冷たい影を落としていたミズラハの暗闘を乗り越え、俺たちはついに出立の時を迎えていた。


サギが手配した馬車に荷物を積み込みながら、俺はぽつりとこぼした。


「……お前らが助けてくれなかったら、俺あのまま斬られてたぞ。サンキュな」


「馬鹿言え。俺たちの『貴重な盾(お人好し)』にここで死なれちゃ、残された俺たちが困るからな」 サギが照れ隠しのように鼻で笑い、コインを弾く。


「無謀な君の尻拭いをするのも、僕の事務的コストのうちだ。これ以上計算外の行動は慎んでくれ」 リツィエルも冷たく言い放ち、眼鏡を押し上げた。


打算的ではあるが、互いの能力だけは背中を預けるに足ると少しだけ認め合った3人。


俺たちは静かに王都を後にし――いざ、大帝国へと旅立っていくのだった。

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