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第006話:狡猾なる裏帳簿と、詐欺師の奇術

【工程ログ:ミズラハ伝統暦 4月4日 / 帝国統一暦 4月6日】

【月齢:三日月過ぎ / 次の新月まであと26日】

【現在地:聖地ミズラハ王宮】


磨き上げられた大理石の床と、微かに油と香辛料の匂いが漂うミズラハ王宮の回廊。


ペラトヤを失脚させた余韻も冷めやらぬ中、ヨシヤたち3人は人目を避けて歩みを進めていた。


「恭順派のトップを排除し、これで王宮の半分は大人しくなった。……だが、まだ『火事』は収まっていない」


リツィエルが歩きながら手元の羊皮紙を冷徹に見つめる。


「僕たちが1,000kmの旅に出るための『活動資金』だ。トビヤから受け取ったあの金貨の袋だけでは、大帝国を相手に工作を仕掛けるには全く計算が合わない」


「ああ。それに、主戦派のアブネル将軍の周辺がどうもきな臭い」


サギがコインを弾きながら、声を落として続けた。


「あいつら、俺たちがアリエル将軍と交渉して進軍を止めているこの隙に、第三国モウシニアから裏で武器と資金を調達して、徹底抗戦の準備を強行しようとしてやがる」


「はあ!? こっちが命懸けで交渉期間をもぎ取ってきたのに、後ろから撃つ気かよ! 完全な契約違反(コンプライアンス無視)だろ!」


「アブネル本人は本気で国を守る気だろうが……問題はその右腕、副将のナダブだ。あいつは裏金を使って、何か別の『盤面』を動かそうとしている」


サギの瞳に、同業者(悪党)を嗅ぎつける鋭い光が宿る。


「まずは、その尻尾を掴む。行くぞ、都合のいい財布スポンサーの元へ」



***



分厚い絨毯と、むせ返るような高級な香料の匂いが充満する、新興貴族トビヤの私室。


「やあ、トビヤ卿。少し『裏の帳簿』について相談があってね」


勝手に部屋へ上がり込んだサギが、長椅子に腰掛けて優雅に脚を組んだ。


「な、なんの真似ですかな、特命大使殿。私室に勝手に入り込むなど……」


「とぼけるなよ。あんた、主戦派と恭順派の両方に良い顔をして資金を出してるコウモリ野郎だろ。

ナダブが横領した裏金の『洗浄ルート』を、あんたの商会が請け負ってるのは調べがついてるんだぜ?」


サギが悪魔のような笑みを浮かべてカマをかける。


だが、一代で富を築いた狡猾な商人であるトビヤは、額に汗を滲ませながらも、ヘラヘラとした愛想笑いを崩さなかった。


「……はて。何のお話かサッパリ。私のようなしがない商人が、副将殿の資金に関わるなど……証拠でもあるのですかな?」


(こいつ、サギのハッタリだけで証拠がないのを見抜いて、シラを切り通す気だ!)


サギの『言葉』だけでは、このしたたかな狸を完全に落とし切るには最後の一押しが足りない。


その時だった。


「……証拠なら、これから作り出しますよ」


部屋の隅で無言で控えていたリツィエルが、冷徹な声で一歩前へ出た。


「ミズラハ王国・商業規定第18条に基づく特命大使の『緊急監査権限』を行使する。トビヤ卿、あなたの商会の全口座における、

過去三ヶ月の不自然な金の流れを今から法的に監査・凍結する準備があります。……双方が実利を確保する『合理的な妥協案』に応じないというのなら、ですが」


「なっ……! 法的凍結だと!? そ、そんな横暴な……!」


法の刃を喉元に突きつけられ、トビヤの愛想笑いが引きつる。


そこにすかさず、俺も一歩前に踏み出した。


「あんたさ」


俺は、元現場監督としてのドス黒い怒りを込めて、トビヤを睨み下ろした。


「さっき俺たちに『失敗した時の責任の所在は分かってるな』って言って、重い金貨の袋を押し付けてきたよな。

自分は安全な場所にいて、現場の人間にあんな重い金貨を持たせてトカゲの尻尾にするようなブラックなやり方……俺は絶対に許さねえぞ。あんたの商会の安全管理ガバナンス

根こそぎひっくり返してやろうか」


「ヒィッ……!」


理屈で逃げ道を塞ぐリツィエルの冷徹な脅迫と、真っ直ぐな怒りをぶつけてくるヨシヤの圧倒的な威圧感。


そして、逃げ場を失ったところにトドメを刺すサギの笑み。


「さあ、どうする? このまま監査で全財産を失うか、ナダブの隠し金庫の場所と裏帳簿を吐いて、俺たちの『スポンサー』として生き残るか。選べよ」


3人に完全に包囲されたトビヤは、ついにその場に崩れ落ちた。


「わ、分かりました……! すべてお渡ししますから、口座の凍結だけはご勘弁を……!」



***



無骨な鉄の装飾と、手入れされた武具の油の匂いが漂う、アブネル将軍の執務室。


「将軍! 報告申し上げます!」


サギが勢いよく扉を開け放ち、軍机の前に立つアブネルと、その傍らに控える副将ナダブの前に、分厚い裏帳簿と数枚の外国の金貨を叩きつけた。


「なんだ貴様ら! また邪魔をしに来たか!」


「邪魔なんてとんでもない! 誰も死なせないための『極上のペテン』……いや、真実をお持ちしたんですよ」


サギはニヤリと笑い、ナダブを指差した。


「アブネル将軍。あんたは本気で国を守るために、第三国モウシニアからの支援を受けているつもりだろうが……その右腕の副将殿は違うぜ。

こいつ、軍費とモウシニアの裏金をこっそり横領ロンダリングして、敗戦のドサクサに紛れて自分と家族だけ国外へ逃亡する準備を進めていやがったんだ」


「……な、なんだと!?」 アブネルが驚愕してナダブを振り返る。


「で、でたらめだ! 将軍、こいつらは国売りを企む詐欺師ですぞ! 信じてはなりません!」


ナダブが青ざめて反論するが、リツィエルが冷たくそれを切り捨てた。


「でたらめではありません。トビヤ商会の裏帳簿と、国庫からの不自然な資金移動の記録が完全に一致しています。


ナダブ副将。あなたの隠し金庫から押収したこのモウシニアの金貨が、何よりの動かぬ証拠だ」


「き、貴様らァァッ……!」 ナダブが懐の短剣に手をかけようとした瞬間。


「この国賊がァァァッ!!」


アブネルの怒号が響き渡り、彼自身の剛腕がナダブの顔面を強打した。


「信じていた腹心に裏切られるとは……! そこのお前! この男を地下牢へ放り込め! 全財産を没収しろ!」


鼻血を流して気絶したナダブが引きずられていくのを見届け、俺はホッと安堵の息を吐き出した。


(よし、これで内乱の火種だった主戦派の裏金ルートも完全に潰せたぞ……)


「将軍、そういうわけですので」


サギが、ナダブから押収した莫大な金貨(モウシニアの裏金と横領金)が入った重い袋を、しれっと自分の懐へ引き寄せた。


「この押収した金貨は、俺たち特命全権大使の『活動資金』として、ありがたく使わせていただきますね」


「はぁ!?」 俺はたまらずサギの腕を掴んだ。


「お前、火事場泥棒かよ! それは国庫に返還すべき金だろ! 横領を暴いて自分が横領してどうするんだよ!!」


「馬鹿言え。大帝国を騙し抜くには、これでもまだ足りないくらいだ。正義も大義も無視した『生存優先のいかさま』には、絶対に必要な経費なんだよ」


サギが俺のツッコミを華麗にスルーすると、アブネルが怒りで髭を震わせた。


「貴様ら! それは我が軍の重要な……!」


「……将軍」


リツィエルが、眼鏡の奥で冷たい光を放ってアブネルを睨み据えた。


「これは、国庫への返還ではなく『対帝国特別対策室への正式な寄付金』として処理します。

……計算は狂いますが、生き残るための『泥ヨゴレの次善策』に乗るしかありませんので。

これ以上異議を唱えるなら、あなたがモウシニアと裏で繋がっていた事実を、王へ報告することになりますが?」


「ぐぬぬ……ッ!!」


冷徹な官吏が、帳簿を合法的に改ざんして詐欺師に加担した瞬間だった。


(お前までそっち側に回るのかよ!! コンプライアンスの欠片もねえ!!)


俺の内的ツッコミは、またしても誰にも届くことなく、アブネルの悔しげな呻き声にかき消されていった。



***



冷たい夜風が吹き抜ける、石造りの王宮の中庭。


俺たち3人は、アブネル将軍の執務室を後にして歩を進めていた。


サギは手に入れた重い革袋をポンポンと叩きながら、ご機嫌な様子だ。


「いやぁ、大豊作だぜ。これで1,000kmの旅の資金はバッチリだ」


「しっかしお前、よくあのトビヤがナダブと繋がってるって分かったな? 俺はハッタリがバレないか内心ヒヤヒヤだったぞ!」


ヨシヤが率直な疑問をぶつけると、サギは立ち止まってニヤリと笑った。


「同業者(ペテン師)の勘ってやつさ。あのトビヤって狸の目の奥の打算は、俺と同じ種類の匂いがしたんだよ。だから、絶対にどこかで裏をかこうとしてるって確信があったのさ」


「なるほど、悪党は悪党を知るというわけか。計算ではなく嗅覚とは、相変わらず君のやり方には反吐が出る」


リツィエルが冷たく鼻を鳴らした。


「褒め言葉として受け取っておくぜ、堅物」


「……僕は明日の出発に向けて、この『寄付金』の帳簿を法的に完璧に処理しておかなければならない。先に行く」


「俺も、持っていく物資の安全確認(検品)があるから行くわ。じゃあな、サギ」


「おう、後でな」


二人と別れ、一人きりになった路地裏の暗がりで、サギはふと足を止め、懐から一枚のボロボロの硬貨を取り出した。


それは、かつて子供の頃、ヨシヤたち3人で遊んでいた時に手に入れた、何の価値もないただの古い硬貨だ。


『なあ、聞いてくれよ! 俺はいつか、この国を救う特命全権大使になる男だ。この硬貨は、その時の報酬の前払いってことにしておいてやるよ!』


天涯孤独の浮浪児だった自分が、ただ自分を大きく見せたくてついた、出任せのホラ話。


周りの大人や他の子供たちは、「またサギの嘘が始まった」と鼻で笑って通り過ぎた。


だが、ヨシヤとリツィエルの二人だけは違った。


『へえ、すっげえじゃんサギ! お前が大使になったら、俺が護衛してやるよ!』


『計算上、君の口八丁ならそれも可能かもしれないな。……期待しているよ、大使殿』


彼らは、ただ純粋に、無条件で詐欺師の大嘘を信じてくれたのだ。


サギは、その硬貨を両手で包み込むように強く、強く握りしめた。


「……今更『ただの嘘でした』なんて、格好悪くて言えるわけねえだろ」


先ほどまでの飄々とした態度は完全に消え去り、その声は微かに震えていた。


天涯孤独で、嘘しか吐けない空っぽの浮浪児だった自分を、ただ純粋に、無条件で信じてくれた二人の親友。


彼がここまで命を懸けて大帝国に喧嘩を売るのは、ミズラハを救うためでも、大金のためでもない。


「特命大使」という仮面を死守し、この大嘘を真実に変えなければ……本当の自分(何者でもない空っぽの詐欺師)がバレて、唯一の居場所であるアイツらを失ってしまう。


その切実な怯えと、不器用な愛情だけが、彼を突き動かしていた。


「……俺の『嘘(居場所)』を、奪われてたまるかよ」


親友たちには決して見せない孤独な顔で、サギは夜空の月を見上げた。


不器用な3人のスクラムが、少しずつ、だが確実にその形を強固にしていく。


いよいよ明日、彼らは背中を預け合い、1,000kmの大帝国へと旅立つことになる――。



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