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第004話:重すぎる裏金と、果てなき裏工作の旅

【工程ログ:ミズラハ伝統暦 4月3日 / 帝国統一暦 4月5日】

【月齢:三日月 / 次の新月まであと27日】

【現在地:聖地ミズラハ王宮】


「貴様らぁっ!! どの面下げて戻ってきおったか!!」


吸音材の概念が全くない、分厚い石造りのミズラハ王宮・謁見の間。


声の反響をダイレクトに鼓膜へ受ける最悪の音響環境の中、主戦派の筆頭・アブネル将軍が血走った目で腰の剣を引き抜いていた。


無理もない。死刑囚だった俺たちが勝手に脱獄し、

あろうことか彼が密かに放った暗殺部隊を敵の陣営で返り討ち(正確には帝国軍の近衛兵に制圧されただけだが)にしたのだから。


(ひいぃぃっ! やっぱ王宮に戻ってくるのやめとけばよかった! 命綱なしで高所に登った挙句、

下から上司が足場を揺らしてくるような完全なパワハラ(物理)現場じゃないか!)


俺――ヨシヤは内心で悲鳴を上げ、思わずサギの背中に隠れた。


しかし、玉座に座る疲労困憊のゼデキヤ王の目は、怒りよりも「信じられないものを見る驚愕」に見開かれていた。


「……報告は真実なのか。貴様ら、本当にあの帝国軍の……若将軍アリエルの進軍を止めたというのか!?」


「ええ、ひとまずは」 サギが一歩前に出て、ひらひらと手を振った。


「俺が『深淵の調停者』たる特命全権大使として、完璧な交渉の場を設けてきましたからね。

アリエル将軍は、我々の言い分を聞くための『交渉期間』に合意しました。今、死者の門の前で帝国軍はピタリと足を止めていますよ」


(深淵の調停者!? お前、アリエルの天幕じゃ『運命の修辞卿』って名乗ってただろ! 自分の国の王様相手にまで適当な肩書きでっち上げてんのかよ!)


俺が内心で激しくツッコむ横で、リツィエルもまた呆れたように小さくため息をついた。


「……本当に君のその場しのぎで羽のように軽い舌先には呆れるよ。息を吐くように看板をすげ替える」


「ほ、ほざくな! この国賊どもめ!」


内輪揉めなど意に介さず、アブネルが怒りで髭を震わせながら剣を振り上げた。


「大帝国の軍勢が、たった3人の脱獄囚の戯言で止まるはずがない! お前たち、帝国に国を売り渡す密約を交わしてきたのだろう!

今すぐここで首を刎ねてくれる!」


白刃が閃き、俺の寿命がまた縮み上がったその瞬間。


リツィエルが眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、冷徹な声で言い放った。


「僕を斬るのは一向に構いませんが……計算はできていますか、アブネル将軍」


「なんだと?」


「現在、帝国軍のアリエル将軍は『我々3名との交渉』を名目として進軍を止めています。

もしここで我々の首を刎ね、交渉の窓口を断ち切れば、それは帝国に対する重大な外交的裏切りとなる。

激怒した彼らは『交渉決裂』を理由に、今度こそ問答無用でこの街を更地にするでしょう」


(リツィエルゥう! 相手は国の軍部トップだぞ。昔から融通が利かない奴だとは思ってたが、こんな殺気立った状況で火に油を注ぐようなロジックで煽るなよ!)


俺の冷や汗をよそに、アブネルの動きがピタリと止まる。


そこにすかさず、サギが悪魔のような笑みを浮かべて追撃を放った。


「アリエル将軍も言ってましたよ。『あの3人の特命全権大使以外が交渉に来たら、その場で首を刎ねて進軍を再開する』ってね。

……さあ、どうします? 俺たちを殺して、明日にもこの国を滅ぼしてみますか?」


(言ってない! アリエル将軍そんなこと一言も言ってないぞ!! 議事録も残ってない口約束で、よくそんな堂々と話を盛れるな!)


俺は心の中で再び激しくツッコミを入れた。


だが、アブネルの顔色は見る見るうちに蒼白になり、振り上げた剣はブルブルと震えたまま下ろせなくなっていた。


「こいつらを殺せば、帝国が怒って即座に攻めてくる」という最悪の呪縛を、見事に国内の主戦派にも植え付けたのだ。


「……そこまでだ、アブネル将軍。剣を収めよ」 重苦しい沈黙を破ったのは、玉座のゼデキヤ王だった。


王の目には、明らかな「計算」の光が宿っていた。


徹底抗戦すれば全滅、かといって降伏使節を送れば主戦派が暴動を起こす。


板挟みになっていた王にとって、俺たちが作り出したこの状況はまさに渡りに船だったのだ。


「正規の軍や外交官を動かせば、帝国への『正式な降伏』と見なされかねない。また、徹底抗戦の構えを解くわけにもゆかぬ」


王は重々しく宣言した。


(王の言葉は、表向きは『帝国に対する交渉のカードとして軍の主力は温存する』という宣言でありながら、実質的には主戦派の面子を潰さないための高度な政治的配慮のポーズであった)


「よって、王直属の独立機関『対帝国特別対策室』を臨時で新設し、この3名を正式な『特命全権大使』に任命する!

今後の帝国との交渉全権を、彼らに委ねるものとする!」


その言葉に、アブネルも渋々といった様子で剣を鞘に収めた。


「……御意。ただし、失敗した暁には、彼らには国賊として全ての責任を負ってもらいますぞ」


アブネルは忌々しげに吐き捨てると、マントを翻して謁見の間を後にした。


彼の背後には、薄暗い野心を隠し持つ副将のナダブが冷ややかな笑みを浮かべて付き従う。


残された主戦派の騎士たちも、殺意に満ちた目で俺たちを睨みつける若き狂信者のウリヤや、

酷く疲れた顔でこちらの意図を探るように見つめる古参の部隊長カレブなど、様々な感情を渦巻かせながら将軍の後に続いた。


彼らが去った直後、王宮の空気は別の意味で沸騰した。


アブネルの気迫に押され、今まで息を潜めていた恭順派の貴族たちが、堰を切ったように口々に騒ぎ出したのだ。


「ゼデキヤ王! あんな下賎な死刑囚どもに全権を委ねるなど、正気の沙汰ではありませんぞ!」


恭順派の筆頭である冷酷なエリート貴族、カルメル家当主であるペラトヤ・ベン・カルメルが声を荒げた。


「強大な帝国に逆らうなど計算ができない愚か者のすること。彼らを捕らえ、首を差し出して『適切な密約』を結ぶべきだと、あれほど進言しましたのに!」


「おお、なんということだ……街を更地にされても、奴隷として生かされれば御の字だったものを……。

あの3人が余計な怒りを買えば、今度こそミズラハは一人残らず撫で斬りにされるぞ……!」


古株の長老アミタイが、絶望に打ちひしがれて顔を覆い、その場に泣き崩れる。


「まあまあ、皆様落ち着いて。軍を動かさずに時間が稼げるなら、安い投資じゃありませんか。

彼らが失敗したら、主戦派の連中ごと責任を押し付ければいいのですよ」


商人上がりの新興貴族トビヤが、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべながらコウモリのように場を収めようとしている。


そしてトビヤは、自らの懐から捻出したずっしりと重い革袋を、俺の胸に押し付けるように手渡してきた。


「さあ、特命全権大使殿。これが我々からの『活動資金』です。……失敗した時の責任の所在は、お分かりですよね?」


ネッチリとした笑顔で念押しされた瞬間、手の中でズシッと沈み込んだ金貨の重みは、

まるで俺たちの退路を断つ罠の扉がガチャンと閉まったような、生々しい絶望の重さだった。


(うわあぁぁ! 出たよ、一番タチの悪いやつ!) 俺は頭を抱えた。


全権大使なんて聞こえはいいが、要するに「失敗したら全責任をおっ被せて切り捨てる用の、トカゲの尻尾」だ。


現場に全権と見せかけた『全責任』を丸投げする、ブラック企業の子会社出向より酷い扱いである。



***



整然と敷き詰められた石畳に、夜間用の松明が煌々と輝くミズラハ王宮の正門前。


つい数日前、何者かの手引きによる偽の身分証を片手に、カビ臭い地下牢からコソコソと逃げ出した時とは違い、

俺たちはあの重い裏金と王の印璽が押された「公式な身分証」を手に、堂々と王宮の正門から外へ出ていた。


「いやぁ、これで俺のついた大嘘も、正式に真実になっちまったな」 サギが立派な身分証を指で弾きながら、清々しい笑顔を見せる。


「笑い事じゃないだろ! 華々しく正門から送り出されたけど、完全なトカゲの尻尾扱いだぞ!

失敗したら帝国からは殺され、自国からは国賊として後ろから撃たれる……。俺たち、もう逃げ場がないじゃないか!」


「最初から死刑囚なんだ、逃げ場なんてないさ」 リツィエルが懐に書類をしまい込みながら淡々と言った。


「さて、僕の計算通りにパスポート(身分証)と資金は手に入れた。アリエル将軍の足を止めているうちに、次の一手を打つぞ」


「次って、どこに行くつもりだよ……」 俺の弱々しい問いに、幼馴染の2人は同時にニヤリと笑った。


「決まってるだろ。帝国軍の長いなが~い補給路のど真ん中」 サギが夜空を指差す。


「通信と物流のハブを握る水路の国、アフィクだ。裏社会の噂じゃ、そこには今、皇帝の末娘が『留学』って名目で滞在しててな。

上手く使えば、最強の『印璽パスポート』が手に入るかもしれねぇ」


「お前、今度は敵国の皇女を騙す気か!? バレたらそれこそ即死どころじゃ済まないぞ!!」


「やれやれ。また君の無計画に付き合わされるとはね」 リツィエルが眼鏡の奥の目を細めた。


「……ヨシヤ、君もだ。今度は敵国の皇女相手だ。間違っても持ち前の『八方美人』を発揮して、敵陣で厄介なトラブルを起こさないことを祈るよ」


「誰が八方美人だ! 俺はただ普通に安全第一で生き延びたいだけだ!」


俺たちの悪態を心地よさそうに聞き流し、サギは悪魔のように目を細め、右の手のひらを夜空に向かって突き出し、握る。


「あの巨大な帝国を、内側から掌握してやるのさ」


(待て待て待て! 正規の予算はゼロ、人員はたったの3名!

しかも工期も仕様書も安全基準も計画書も一切ない状態で、1,000kmもある大帝国のシステムを内側から解体しろだと!?)


生き延びるために口八丁で権限をせしめたはいいが、俺たちは今、なんの具体策もないまま大帝国の喉元へ飛び込もうとしているのだ。


(ただの『元・現場監督』に、大帝国の基盤工事をやり直すような無謀なプロジェクトを丸投げするなんて……!

絶対に大炎上して破綻するに決まってるだろ!!)


千切れそうな胃袋を抱えた俺の無言の絶叫を乗せ、夜の闇へと続く長いながい一本道がただ無慈悲に口を開けていた。



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