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夢の感触


 赤い。

 とても赤い世界だった。


 頭上には三つの太陽。

 空は炎のように燃えていて。

 大地は海のように渦巻いている。


 見たこともないその景色はどこまでも、地平線の彼方まで続いていた。


 これは、夢……?


 私がそう思った時。

 うねり燃えさかる赤い世界に、いくつもの影が浮かんだ。

 

「殺せ」


「殺せ」


「王を殺せ」


「王を殺し、この赤き大地に秩序を」


 十、二十……百、千、万、百万。


 大地を塗り潰し、現れた影は悪魔の群れだった。


 それも、ただの悪魔じゃない。

 どいつもこいつも、信じられないほどに強い。


 そしてその悪魔の群れの中央。

 まるで影そのもののように揺らめく黒い体を持った、一頭の『黒い狼』が見えた。

 

「面白い。その程度で俺を殺せるかどうか、試してみるがいい!」


 無謀。


 ただその光景を見ているだけの私にも、狼がどれだけ絶望的な状況にあるかは簡単にわかる。

 なのにそいつは、『自分こそが捕食者だ』と言わんばかりに笑った。

 

 とても嬉しそうに。

 心の底から楽しそうに。

 まるで、食べきれないほどのご馳走を目の前にした子供みたいに。


 黒い狼は笑いながら牙を剥いて、あたりを埋め尽くす敵の群れに飛び込んだ。だけど――


(あれは……?)


 狼が地上で巻き起こす嵐のような大虐殺。

 それを空から見下ろす『一つの影』を私は見た。


 八枚の白い翼を大きく広げ、憂うように、哀れむように地上の惨劇を見つめる人影。


 その姿は、まるで――

 

 ――――

 ――




「天使……?」


 目が覚める。

 視界には、いつもと変わらない私の部屋。


 だけどさっきまで見ていた夢の光景はとてもリアルで、今もはっきりと私の五感にこびりついていた。


「まさか、今のはクロウの……?」


 少し体を起こして、首元に手を当てる。


 私の首に首輪はないけど、見えないだけで私とクロウは使い魔の契約で繋がってる。

 だからさっきの夢も、クロウが実際に地獄で見た光景だったのかもしれない。


「どこでもすぐに脱ぎたがる変態ワンコのくせに。もしかして、本当に悪魔王なのかな……?」


「そうだぞ」


「……え?」


 んんんん?


 どうして私のひとり言に、悔しいほど聞き心地のいい激渋重低音ボイスが返ってくるんだろうね?


 それに普段より妙にベッドがぽかぽかと温かいし。

 なんだか私も安心してぐっすり眠れたような――


「おはようだな、アリス。昨夜はよく眠れたか?」


「…………」


 ……オーケー、大丈夫、私は冷静だ。

 この一瞬で全て理解したよ。


 必死に心を落ち着かせてから、油の切れたブリキ人形みたいに首を横に向ける。


 するとそこには、バキバキに鍛え抜かれた褐色肌を惜しげもなく晒し、鋭いけどとても優しい金色の眼差しで笑う、もの凄く顔のいい男がいた。


 もちろん全裸で。


「せ、せ、せ……っ」


「どうした?」


「せめて服を着ろこの変態悪魔ぁあああああああああああ!!」


 ――――――

 ――――

 ――


「どうして君はいつもすぐに服を脱ぎたがるの!?」


「窮屈」


「ならせめて下に布かなにかを巻くこと! それが守れないなら、本当に地獄に帰ってもらうからね!」


「ぐむむ……!? わ、わかった……」


 まったく……朝からとんでもない目にあった。

 テーブルに二人分の朝食を並べながら、私の説教に肩を落とすクロウの前に座る。


 出会ってから今日までの数日で、クロウが私に変なことをしないのはわかった。

 きっと契約のせいだと思うけど、とにかくこいつは私が嫌がることはしない。

 

 けどだからって油断してると、さっきみたいに私のベッドに全裸で潜り込んで添い寝してきたり、本を読む私の足元で丸まってそのまま床で寝てしまったりする。


 まあ、それ自体は別にいい……いや、全然よくなくて。


 いくら変なことをされないとわかっていても、毎日のように『そういうこと』が起こると、やっぱり恥ずかしいし……。


「よろしい。じゃ、冷めないうちに食べようか」


「うむ、いただくぞ!」


 今日の朝食はトーストにベーコンエッグ。

 それに新鮮なミルクをたっぷり入れた紅茶だ。

 

 ガチムチのクロウにはちゃんとトーストを三枚、ベーコンエッグも二つにしてあげている。

 我ながら、私より優しい飼い主はこのロンドンに一人もいないと断言できるよ。


「ところで、一つ確認なのだが」


「なに?」


 クロウはナイフとフォークを器用に使って、口を閉じながらもぐもぐしている。

 こういう最低限のマナーは意外としっかりしてるんだけどね……。 


「服を着ていれば、アリスと一緒に寝てもいいのか?」


「ふぁっ!? そ、そんなの駄目に決まって――!」


「だがアリスは、『やるなら』せめて布でも巻けと言っていたぞ」


 し、しまった……!

 この変態悪魔、こんな時だけ妙に頭の回転が速いんだから!


 けど正直なところ、昨夜の寝心地は悪くなかった……気がする。

 クロウがいつから私の横にいたのかはわからないけど。

 とても温かくて、安心できて……不快どころか、毎日でもいいかなーなんて……。

 

「――って、そんなわけないだろう!? 私みたいな年頃の娘が、全裸の変態成人男性と同じベッドで寝たりするもんかっ!!」


「むぅ……そうか……」


「うぐっ……」


 私の全力拒否に、クロウは眉毛を八の字にして、大きな肩も尻尾もなにもかもをしょんぼりと落として悲しそうに下を向いた。

 

 そ、そんなにがっかりしたって、駄目なものは駄目だからね……?


 でも……。


 今朝もそうしようと思えば、クロウはいつでも私に手を出せたはず。

 なのに、そういうことは一切してなかったし……。


 やっぱり、少しくらいならいい……のかな……?


「う……た、たまに……なら……」


「ん?」


「~~~~っ! たまになら一緒に寝てもいいって言ってるんだよっ!」


「本当かっ!?」


「けど絶対に変な真似はしないこと! それと毎日じゃないから! 寝たい時は事前に私に確認するんだよ! いいね!?」


「もちろんだ! 俺は嬉しいぞ!」


 ああ、言ってしまった……。


 彼と話していると、私の知能指数が地の底に落ちていくような錯覚を覚える。

 自己嫌悪に陥る私とは反対に、クロウはこれまででも最大級の喜びをモフモフの尻尾とニコニコの笑顔で表現してる。


 彼を使い魔にして、まだ一週間しか経ってないっていうのに。

 こんな調子で、私はこの先も無事でいられるんだろうか。


 なんだか、とてつもなく不安になってくるね……。


「それで、今日はどうするのだ? アリスのためならば、俺はどんなことでもするぞ!」


「出かけるよ。この前君が倒した悪魔……粉々になったアレの死体を売りに行こうと思ってね」


「なるほど、悪魔の死体は高く売れると言っていたな」

 

 朝食を食べ終わり、クロウは口元をナプキンで拭いながら尋ねてきた。

 不安も面倒も色々とあるけど、まずは目の前のことを片付けないとね。


「それだけじゃないよ。実は今から会いに行く人は母さんの古い知り合いでね。私よりも悪魔について詳しいから、少し調べてもらおうと思ってるんだ」


「調べる? 何をだ?」


 不思議そうに首を傾げるクロウに、私はわざと思わせぶりに笑って見せた。


「もちろん君をさ。せいぜい覚悟しておくことだね」


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