決意の言い訳
水中監獄ブラック・ヘイズンの最深部。
リッパーズグレイの首領デクスター・ヴァンスは、そこで私たちに事件の手がかりを伝えた直後、謎の発火現象に巻き込まれて命を落とした。
当時の現場には、監視のための警官や看守も大勢いた。
彼らの証言から、デクスターの死は原因不明として今も捜査が続けられている。
けれど、私たちにはわかっている。
デクスターは殺されたんだ。
間違いなく、この事件の背後にいる悪魔の手で。
まるで、自分を倒せるなら倒してみろと。
私たちにその力を見せつけるかのように。
「お待たせ。いろいろと調べたけれど……貴方の言っていたとおりになりそうよ」
「見つけたよ……アリスが言ってた、『おっきな鳥さんのマーク』……ミルト、えらい?」
「さすがだね、ありがとう二人とも。こういうことについては、君たちのほうが得意だと思っていたんだ」
「えへへ……」
デクスターの死から三日。
私とクロウ、そしてヴィオは、悪魔素材の流通経路を確認するためにマーサ姉さんの工房に集まっていた。
「なるほど……大鷲モチーフの印や紋章はいくつかあるけど、現在のウィンザー朝の前にイングランドを治めていたエドワード朝……その『公印』も大鷲だったんだね」
「エドワード朝っていったら、それこそエドワード公の直系じゃない……! ちょ、ちょっとアリス……!」
「ヒーッヒッヒッヒ! これですべてが繋がったねぇ? アタシが調べた裏ルートの取引は、とてもそんじょそこらの貴族や商会が払えるような額じゃなかった。それだけの大金を動かせて、大鷲のシンボルを使うような奴は一人しかいないよ!」
姉さんはゴーグルのダイヤルを回しながら、リッパーズグレイが関わっていた取引をまとめた紙束をパラパラとめくる。
そこに遅れてやってきたミルトとナイアの情報が加わったことで、これまでの手がかりが点から線に変わった。
「これで大公を追及するだけの材料は揃ったね。姉さんの集めてくれた流通ルートと紐付ければ、リッパーズグレイの取引相手が大公だったことはほぼ確定……調べてくれてありがとう、みんな」
「むぅ……しかし今回の俺はさっぱりアリスの役に立てていないぞ! 俺も犯人をボコボコにして、アリスにもっと褒められたい!」
「大丈夫……君はただここにいるだけで、ちゃんと私の役に立ってくれているから」
まず間違いなく、デクスターを殺したのは悪魔だ。
けれどあの時、私は悪魔の魔力をすぐに探知することができなかった。
それはつまり、その気になれば犯人はどこからでも私たちを殺せるということだ。
そんな状況で、クロウが傍にいてくれることがどれだけ心強いか。
本当なら、今すぐにでも抱きしめて感謝したいくらいだった。
「さて、ここからは大公に取り憑いた悪魔をどう倒すか。しかも今回は、ただ追い詰めて悪魔を倒すだけじゃ駄目だ」
「教会にバレちゃだめ……怒られちゃう……」
「人間って面倒ね。王族だろうとなんだろうと、悪魔に操られてしたことなら罪もなにもないでしょうに」
確かに、ナイアの言うことはもっともだ。
もしこれが大公以外の貴族や民間人なら、悪魔さえ倒せばそれで解決だっただろう。
でも大公は王族で、ここは王族の権利基盤が脆いイングランドだ。
民衆が『悪魔に取り憑かれた王族なんていらない』と声を上げれば、王室の権威なんてあっという間に消え去ってしまう。
「だから今回は、教会が介入する前に私たちでエドワード公の安全を確保し、彼の周囲にいるはずの悪魔を倒す。そして警察や教会には、エドワード公が蒐集していた美術品の一つに悪魔が憑依していた……という筋書きで押し通そうと思っている」
今回の最大の障害は、私たち魔女への世間の目と同じだ。
『悪魔に憑依された王族』という醜聞が、世間に出回ることを回避する。
それこそが、女王陛下から与えられた私たちの使命なんだ。
「ならばいつその男の館に乗り込むのだ?」
「なるべく早いほうがいい。ヴィオ、エドワード公の予定は?」
「もちろん調べてあるわ。エドワード様が例の別邸で過ごすのは……一番早くて、明後日の夜ね」
明後日の夜か。
事前準備と情報の裏取りには十分だね。
「わかった。なら決行は明後日の夜、二十時。集合場所は……ここ。別邸から少し離れた場所にある、紡績工場の裏手にしよう。この辺りなら、この時間は人通りもないはずだよ」
「うふふ……またアリスと一緒……楽しみ……」
作業台の上に地図を広げて、いくつかの地点に小さな歯車を置く。
ありがたいことに、大公の別邸はロンドンの中心地からは遠く離れている。
夜中に少しくらい騒いでも、人が集まるまでには時間がかかるだろう。
「それとナイアには、周囲に人がいないかの監視もお願いしたいんだ。もし警察や教会が予想以上に早く駆けつけてきたら、すぐに知らせてほしい」
「任せて。王族に貸しができれば、ミルトの立場だってよくなるでしょうし」
「なら今日はいったんここまでにしよう。もしなにかあれば、すぐに連絡する」
「おっけー! うわー、なんだかドキドキしてきた! 騎士団長としての腕の見せ所ね!」
これで計画の大筋は固まった。
あとはその日まで、私にできることをするだけだ。
「これまでで一番手の込んだ準備だ。アリスにとって、今回の仕事はそれほどまでに重要なのだな」
「それはそうだよ。なにしろ私みたいな魔女が女王陛下から頼りにされるなんて、これまでなら絶対にあり得ないことで――」
こんなことになるなんて、一度だって考えたこともなかった。
そしてそれは、きっと私だけじゃない。
ミルトも、マーサ姉さんも、母さんも……他の大勢の魔女だって。
誰一人として、これまでに王族から依頼を受けた魔女なんていなかったはずだ。
「だから、やっぱり嬉しいし……私たち魔女を信じてくれた陛下の期待に応えたいんだ。そうすればロンドンのみんなも、今よりももっと魔女のことを認めてくれるかもしれない」
「そうか、ならば俺も力を尽くそう。よかったな……アリス」
「そんな……」
クロウのその声は、とても嬉しそうで、優しかった。
だけど今の私の状況は、全部クロウとの出会いから始まったんだ。
私一人の力じゃ、絶対にこうはならなかったはず。
なのにクロウはいつも、ずっと私のことばかり……。
「クロウ、やっぱり私……」
まるで自分のことのように無邪気に喜ぶクロウを前に。
私は、思わず出かかった言葉をどうにかして飲み込んだ。
「ごめん、なんでもないよ……」
「ふむ?」
今じゃない。
こんな、この国の命運を左右するような事件の最中に。
まだこの気持ちが本心かどうかだってわからないのに、勢いに任せて口に出すようなことじゃない。
そう、せめて……。
せめてこの事件を無事に解決して、何もかもうまくいってからでも遅くない。
だからその時は、きっと――
言い訳みたいに、そう心の中で呟いて。
私は逃げるようにして、クロウに背を向けた――。




