魔女と女王
「――それで、これは一体どういうことなのかな?」
「どういうって、見たまんまだけど?」
バッキンガム宮殿への召集。
それはつまり、少なくとも王室の誰かが私たちに用があると言うことだ。
青天の霹靂どころじゃないこの緊急事態に、私とクロウは準備もほどほどにヴィオと一緒に宮殿へと向かった。
だけど、そこで私たちを待っていたのは――
「あら、遅かったのね」
「やっほー……またアリスに会えちゃった。うれし……うふふ……」
「ほう、お前たちも来ていたのか」
「それにここは……私の目には、どう見てもお茶会の会場にしか見えないんだけど」
そこにいたのは、左手の腕輪以外は完全にうり二つの二人の少女。
剣刃の魔女、ミルトレット・リトルホワイトと、その使い魔のナイアルト・ブラックリリーだった。
しかも二人は、美しいバラが咲き誇る庭園に用意された椅子に腰掛け、テーブルの上に並ぶ品のあるティーセットで優雅なお茶会を楽しんでいた。
「私はここにアリスとクロウさんを連れてこいって言われただけなの。もしかしたら、その人もみんなでお茶が飲みたかったんじゃないのー?」
「あのね、そんなわけないでしょ……」
「――彼女の言っていることは本当です。ようこそ、『私の』宮殿へ」
けどその時だった。
あまりにも能天気なヴィオにあきれ顔を向けた私の耳に、確かに聞き覚えのある、優雅さと気高さに満ちた柔らかな声が届く。
「貴方は……!? じゃあやっぱり、今回の依頼は……」
「歓迎しますよ、可愛らしい魔女の皆様。そして、彼女たちに仕える頼れる騎士のお二人も」
かけられた声に慌てて振り向いた先。
そこに立っていたのは、決して華美ではない上品なベージュのドレスに白い傘を差し、柔らかく微笑む女性――もちろんその姿を見れば、この女性が誰かなんて尋ねなくたってわかる。
目の前に立つ彼女こそこの大英帝国の女王、ヴィクトリア・マリア・ウィンザー。
このロンドンに住む者なら誰もが知る、私たちの誇りと象徴だった。
「王立騎士団第四師団長ヴァイオレット・イングラム。勅命に従い、私設魔女のアリス・ベル、及びその助手クロウゼル・エルドブレイズをお連れしました!」
「ご苦労でした。いつもありがとう、ヴィオ」
「ありがたきお言葉、光栄の極みです」
いつもは『イケメンにだらしないおもしろお姉さん』のヴィオだけど、女王陛下の前ではさすがの一言だ。
見たことがないような洗練された所作で報告を終えると、ヴィオは周辺の警備のために一礼してその場から離れていった――。
――――――
――――
――
「ふふ、今日のお茶は私が考えたブレンドなのよ。ほら、茶葉に青い花びらが混じっているでしょう? この花びらがとてもいい香りで、紅茶ともよく合うの」
「ふわー……いい匂いー……」
「いただきます」
ヴィオが立ち去ってすぐ。
お互いの挨拶もそこそこに席に着いた私たちは、女王陛下を囲んで珍しいお茶を楽しんでいた。
ただ、いくら覚悟してきたとはいえ、陛下を前に優雅にお茶を楽しめるほど私の心臓は強くない。
そもそも、今ここには――
「ほう、たしかにいい香りだ。このような茶は一度も飲んだことがない。もっと飲んでもいいか?」
「ちょ、ちょっとクロウ!」
「うふふ、お口に合ったようで嬉しいわ。次はこのスコーンも召し上がってみて。これも私の自信作なのよ」
「いただこう!」
『いただこう!』 じゃないでしょ、このワンコ!
普通の相手ならともかく、今ここにいるのは正真正銘イングランドのトップなんだ。
この調子でクロウを自由にさせ続けたら、私が絞首台行きになってしまうよ!
ガチガチの笑顔を顔面に貼り付けたまま、私はテーブルの下でクロウの服の裾を必死に引っ張る。
けどこの鈍感ハラペコ悪魔王は、さっぱり気づきもしないで女王陛下のスコーンをその大きな口にひょいと放り込む。
「もぐむぐ……なるほど、茶によく合う味だ」
「クスッ……不思議ですね。悪魔というものは、もっとずっと恐ろしい存在のはずなのに。クロウ様もナイア様も、少しもそのようには見えません。これも魔女様が扱う魔法の力なのですか?」
けどクロウがなにをしでかすか気が気じゃない私に、陛下は不思議そうに尋ねてきた。
「え、ええ……まあそうです。魔女はずっと昔から悪魔を従え、悪魔の力で悪魔を制してきました。彼……クロウも、契約で私と結ばれている限り、人を襲うことはありません」
「そうですか……もし誰もがアリス様やミルト様のように魔法が使えれば、もしかしたら、今のように悪魔に怯える必要もなかったのかもしれませんね」
そう言って、陛下は悲しげに目を伏せる。
そして陛下が垣間見せたその心痛に、ようやく私もこの『お茶会の意味』を察し始めた。
「失礼ですが、陛下。今日、私たちをこの場に呼んだ理由をお聞かせくださいますか?」
「……『教会の耳目』は、この宮殿の中にも深く根付いています。ゆえに、教会から異端とされる皆様と、かねてよりアリス様と親交の深かった騎士イングラム以外に、信頼できる者がおりませんでした」
教会。
その陛下の第一声は、どうしてこの場に異端の魔女や悪魔が呼ばれたのかを理解させる。
そしてそうしている間にも、ずっと遠くの回廊を歩く使用人がチラリとこちらへ冷たい視線を向けて去っていくのを、クロウとナイアは静かに目で追っていた。
「先日、私はロンドンタイムズのこちらの記事を目にしました。人に化けた悪魔が新聞社の内部に社員として潜り込み、何年も働き続けていたと。この記事に書かれている内容は、真実なのでしょう?」
陛下が小さな手提げ鞄から取り出したのは、丁寧に折りたたまれたティムの一面記事だった。
「そうだよー……? わたしもアリスも、みんなここにいたし……」
「ミルトに化けてる私が言うのもおかしな話だけれど、そういう芸当が得意な悪魔はいくらでもいるわ」
「そうなのですね……皆さんを頼ったこと、間違いではなかったと改めて確信しました」
ミルトとナイアの返答に、陛下はそれまでの沈痛な表情を捨てて顔を上げる。
そしてその瞳に気丈さと覚悟を込めて、私たち全員をまっすぐに見つめた。
「今日、ここに皆さんを呼んだのは他でもありません。ここ数年、私の叔父……大公レオポルド・エドワードの様子がおかしいのです。そう、それはまるで……悪魔に取り憑かれたかのように」




