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初依頼


「さて、と……せめてお茶くらいは出さないとね」


 依頼客を客室に案内して、私はキッチンに並ぶ茶葉の入った瓶を手に取る。

 そしてすっかり黒ずんでいい色になった真鍮製のノブを回すと、蒸気ボイラーがやかましい音を立ててお湯を沸かし始めた。


 後は来客用のティーセットも並べて――


「俺も手伝うぞ!」


「君が?」


 その時、すぐ横からなぜか目をキラキラに輝かせたクロウがのぞき込んできた。

 元々広くない我が家のキッチンだけど、彼がいると息苦しいほどに狭く感じるね……。


「んー……なら、君にはお茶の用意を頼もうかな。その間、私は依頼主と話して……」


「どうした?」


「いや、やっぱりお茶出しは私がやるよ」


 一度は頼もうかと思ったけど、やめた。


 そもそもクロウは悪魔で、私たち人間の生活なんてさっぱりのはずだ。

 それにさっきまでの様子を見るに、どうも彼は悪魔の中でもさらに脳筋っぽいし。 


「なぜだ? 俺には頼めないというのか?」


「私は無理なお願いはしない主義なんだ。『原始極まる全裸の悪魔王様』には、おいしいお茶を淹れるなんていう文化的な行いは、少し荷が重いかと思ってね」


「……俺をみくびるなよ。茶の一つや二つ、俺にかかれば容易いことよ!」


 言うが早いか、クロウは私の手から茶葉の入った瓶とティーポットをひったくる。


「あ……ちょっと!? 乱暴にしないでよ、そのお茶だって結構高かったんだから!」


「まあ見ていろ」


 焦る私の前で、クロウは意外すぎるほど手際よく、繊細な手つきで準備を始める。

 その上、茶葉の香りをくんくん嗅いで、「なるほど、いい茶だ」なんて……わかった風なことまで言ってさ。


「へぇ? 意外とちゃんとしてるじゃないか。地獄にもお茶の文化があるなんて驚きだよ」


「そんなものはないが、知り合いに『やたらと茶にうるさい変人』がいてな。何万回とそいつの茶会に付き合わされているうちに、俺まで詳しくなったのだ」


「知り合い?」


「ああ。変人だが、面白い奴だ」


「ふーん……」

 

 そう言って笑うクロウの横顔は、どこか遠い昔を懐かしんでいるみたいだった。

 まあ、彼の地獄での友好関係なんてどうでもいいけどさ。


「さあ出来たぞ! アリスも飲んでみろ」


「本当に大丈夫かな……」


 結局、クロウはぱっと見よく出来た普通のお茶をちゃんと作ってくれた。

 モフモフの尻尾をぶんぶん振ってこちらを見る彼の前で、私は半信半疑のままティーカップに口をつけた――


 ――――――

 ――――

 ――


「おお、これはなんとも……見事なお茶ですな。味も香りも実に素晴らしい」


「昨日雇った『私の助手』が淹れたものです。お口に合ったようでなにより」


「クックック……!」


「じょ、助手……ですか……」


 客室で依頼人の前に座りながら、私はもう一度クロウのお茶に口をつける。

 うん……本当においしい。

 悔しいけど、今回は私の完敗だね。


「それでハワードさん。今回の依頼、悪魔がらみの事件ということで間違いありませんね?」


「ああ、いえ……それが実は、まだ悪魔の仕業と決まっているわけではなくて……」


 今回の依頼主である初老の紳士……街医者のジョン・ハワード氏は、ちらちらとクロウの方を見ながら歯切れの悪い返事を口にした。


 無理もない。ひとまずクロウには父さんのロングコートを羽織ってもらったけど、ガチムチすぎてピーコートみたいになっちゃってるからね……むしろ不審者っぽさが増したかも。


「えーっと……まあ、彼のことなら心配はいりません。見た目は少し……いえ、かなりアレですが、私には忠実で良い助手なんです。多分」


「うむ。心置きなく思いの丈をぶちまけるがいい!」


 だからどうして君がそんなに偉そうなの。


「こ、これは失礼。なにぶん、ベル様のような魔女の方にご依頼するのは初めてで……」


 ハワード氏はもう一度だけクロウのお茶に口をつけると、ようやく本題について語り出す。


 彼の診療所は貧民街の近くで、普段はそこの貧しい人々を格安で、時には無償で治療する聖人みたいなことをしているらしい。


「ですが先月から、貧民街の住人が次々と行方不明になっているのです……その中には、私の患者様もいらっしゃいました」


「失礼なことをお聞きしますが、死体は見つかっていないんですか?」


「はい……元々物騒な地区ですから、住人の行方がわからなくなることも珍しくはありません。ですが、ここ最近は明らかにおかしいのです。手がかりもなく、失踪後の足取りもまったくわからず……」


 皺の寄った顔に汗を滲ませ、ハワード氏は切実な表情で語った。


 警察や騎士団に相談はしたのか聞いてみたけど、あっちは日に日に増える地獄門の出現と悪魔の対応で手一杯。

 金も肩書きもない貧民街の行方不明事件なんて、当然のように後回しってことらしい。


「なるほど。それで魔女である私のところに来たわけですね」


「おっしゃる通りです」


 このロンドンで悪魔と戦えるのは、王立騎士団と正教会のエクソシスト。そして魔女だけ。


 騎士団や教会を動かす力がない庶民にとって、私のような私設魔女は最後に縋る奥の手みたいなものだ。

  

 それにしても、貧民街の連続行方不明事件か……。


 偶然の可能性も、人の手による犯罪の可能性も十分にある。

 ハワード氏の言うとおり、悪魔の犯行と断定するには証拠が弱い。

 

 私は顎に手を添えて目を閉じる。そしてほんの少しだけ考えて、すぐに答えを出した。


真鍮の魔女(ブラスウィッチ)と名高いベル様のご活躍は、私も聞き及んでおります。もし引き受けてくださるのなら……」


「わかりました。その依頼、引き受けましょう」


「え……?」


 たとえほんの少しでも、悪魔の気配があるなら動く。

 母さんが悪魔に殺されたあの日から、ずっとそう決めている。


 けど食い気味に依頼の受諾を告げた私に、ハワード氏はびっくりした様子で身を乗り出してきた。


「お、お待ちください! こちらはまだ、報酬のご提示も……」


「私の噂は聞いているんでしょう? 悪魔が関わる事件なら報酬は問わない。実際に調査して、犯人が悪魔じゃなければ都度相談……それがうちの唯一の料金体系です」


「で、では報酬は……?」


「貴方のお気持ちで結構です。それより、早速仕事に取りかかるので、行方不明になっている方の住所や名前をわかる範囲で教えてくれますか? 調査結果はこちらからご連絡します」


 ――――――

 ――――

 ――


「ずいぶんと気前がいいのだな」


 話を終えて、ハワード氏を見送った後。

 一応最後まで大人しくしていたクロウが、不思議そうに声をかけてきた。


「別にそんなことないよ。私にとって、悪魔は母さんの仇だからね。この手で殺せるならなんだっていいんだ」


「母を俺たちに?」


 その答えに、クロウは一瞬だけ哀れむような気配を金色の瞳に浮かべた。

 私はそれが少しだけ嫌で、すぐに肩をすくめておどけて見せた。


「もちろんそれだけじゃないよ。実はここだけの話、悪魔の死体は裏ルートでとても高く売れるんだ。当然、君もね?」


「なっ!? 俺は売り物ではないぞ!」 


 からかう私に、クロウは捨てられた子犬みたいな顔で抗議する。


 ふふん、朝からずっと振り回されていたから、少しだけ仕返しさせてもらったよ。


「あははっ。ならちゃんと私の言うことを聞いて、いい子にしていなよ。ほら、まずは君の服を買いに行かないといけないんだから。今度はこっちに着替えて!」


「さっき着替えたのにもう着替えるのか? また破いてもいいか?」


「だ、駄目に決まってるでしょ!? そんなこと言ってると、本当に売っちゃうからね!」


「それはいやだ!」

 

 これから始まるのは、新しい助手と二人で向かう初めての依頼。

 けどこの時の私は、まださっぱり気付いていなかった。 


 まだ出会って一日も経っていないのに、自分でも不思議な程に、彼と行動することを受け入れていることに。


 そしてあれだけ辛かった寂しさが、嘘のように消えてしまっていることに。



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