始まりの朝
「おいアリス、なんだこの布きれは。邪魔だ、きつい、脱いでいいか?」
「いいわけないだろう!? ほら、こっちも着て!」
「ぐわー!?」
栄えある連合王国の首都、ロンドン。
その中心から少し外れた寂れた通り、ブラスゲート13番地。
いつもは蒸気の排気音だけが遠くから聞こえる静かな場所だけど、今日は朝からずっと騒がしい。
もちろん、それは私の部屋にいきなり現れた全裸の変態のせい。
「ふぅ……これでよし。父さんの服が残っててよかった」
「少し動いただけで破けそうだ。破いていいか?」
「だからどうしてそんなに脱ぎたがるの!? ちゃんとした服は後で用意するから、今はそれで我慢してよ」
「ぬぅ……」
朝から格闘すること二時間くらい。
変態……クロウとか言う全裸の悪魔は、今も目の前で不満そうに唇をすぼめてる。
とはいえ嫌がってはいても、私の言うことは聞いてくれた。
問題は無駄にガチムチで背も私よりずっと高いから、死んだ父さんの服じゃまるでサイズが合ってないこと。
モフモフの尻尾もいくら隠しても飛び出してくるし、服を着せている間に少しでも視線を前に移すと『見ちゃいけないもの』が見えちゃうしで、本当に死ぬかと思った。
それでもひとまず彼に服を着せ終えた私は、ようやくベッドサイドにある椅子に腰を下ろして息をついた。
正直、まだ朝だっていうのに一日分の体力を使い果たしてしまった気分だよ。
「それで、君はなんなの?」
「クロウだぞ」
「……オーケー、わかった。じゃあクロウ、質問を変えようか。君はさっき自分で悪魔王って言ってたけど、それってどういうこと?」
「俺は地獄で一番強い。地獄では強い奴が王だ!」
「そ、そうなんだ……(なんだか『自称』っぽいなー……)」
クロウはふふんと得意げに笑って腕を組む。
けどそのせいで、父さんの服の胸ボタンが二つくらい弾け飛んだ。ごめんね父さん……。
「でもそれなら、あの迷惑な地獄門も君が作ってるってこと?」
「知らん。冤罪だ」
「なにそれ? そもそも君だって、あの門から出てきたじゃないか」
「あの日は三日三晩戦い通しでな。視界に入った奴を片っ端から喰い続け、気付いたらここにいた」
よくわからないけど、地獄の悪魔にも色々と事情があるみたいだね。
この際だから、悪魔の生態や習わしについて色々と聞いてもいいかもしれない。
私はすぐ隣の棚から回転式拳銃を手に取って、昨夜の戦いでガタガタになったパーツの緩みをチェックする。
そして空になったチャンバーの穴をのぞき込むようにして、仏頂面で腕を組むクロウを見た。
「ふーん……なら、君は人を襲うためにロンドンに来たわけじゃないってこと?」
「当然だ。俺は人間も地上もどうでもいい。血と魂を満たす闘争こそが俺の全て……これまでは、間違いなくそう考えていた」
「これまではって、今は違うの?」
「ああ、そうだ」
言いながら、クロウはその金色の瞳で私をまっすぐに見つめてきた。
うぐ……っ!
あ、あまりにも『顔面の攻撃力』が高すぎて、思わず目をそらしちゃった……。
「アリス」
「な、なに?」
「昨夜、お前は言っていたな。一人は寂しいと」
「えっ!? あ、いや……そ、そうだったかなー?」
「うむ。俺を抱いて涙まで流していた」
「お、覚えてないなー……っ」
こいつ、やっぱり起きて聞いてたんじゃないか!
それだけでも死ぬほど恥ずかしいのに、クロウの眼差しと言葉は真剣そのもの。
なんだか、これはまずい気がする。
そう思うのに、体は全然動こうとしてくれない。
「万を超える敵を喰らったところで力尽き、俺は死も覚悟していた。だがそんな俺をアリスは救ってくれた……気が遠くなるほど長く生きてきたが、誰かに助けられたのは生まれて初めてだ」
「あ、あの……? ちょっと……っ!?」
じっと私を見つめたまま。
一歩一歩、クロウが近付いてくる。
激渋重低音の彼の声が体の芯まで響いて、ヘビに食べられる前のカエルはこんな気持ちなのかなって、自分でもわけのわからない考えが頭をよぎったりした。
「す、ストップ! それ以上近付いたら撃つよ!? 本気だからねっ!?」
私の制止を聞いて、壁みたいなぶ厚い胸板が目の前で止まる。
弾なんて入っていない拳銃を必死に握り締めながら、私は早鐘みたいな鼓動を抑えることもできずにクロウを見上げた。
「俺は助けられた恩を返したい、アリスの力になりたいのだ。もう二度と、アリスが俺の前で涙を流すことなどないように。どんな危機も、困難も、悪魔だろうと人間だろうと、アリスを傷つける奴は全て俺が噛み砕いてやる。だめか……?」
こ、こいつ……!
堂々と迫ってきたかと思ったら、今度は目の前で片膝を突いて、最後には子犬みたいな上目遣いでお伺いしてくるなんて……っ!
そ、そんな風にお願いされたら……断り辛いだろ!?
「だ、駄目じゃないけど……」
「そうか、嬉しいぞ!」
「別に……そもそも、君を使い魔にしたのは私だし……」
私の返事を聞いて嬉しそうに尻尾を振るクロウを見て、ふと彼の首にはまる首輪に目が止まる。
そうだった……つい忘れそうになるけど、こいつは『私の使い魔』なんだ。
自称悪魔王だかなんだか知らないけど、私の言うことには絶対服従。
初日なのに妙に私に懐いてたり、わけのわからない激重感情を向けられてる気がするのも、全部契約のせいでこうなってるんだ。
使い魔なんて初めてでよくわからないけど、きっとそう!
「コホン……! まあ、そういうことなら使い魔としてしっかり働いてもらうよ。もちろん、私の言うことはちゃんと聞くように」
「使い魔? 『つがい』ではだめなのか?」
「つ、つが……っ!?」
唐突に放たれたクロウのその一言に、せっかくペースを取り戻しかけていた私の心と頭は一瞬で真っ白になってしまった。
「だ、駄目に決まってるでしょ!? っていうか、それがどういう意味かわかって言ってるの!?」
「命ある限り共にある半身のようなものだろう? もとより、俺はもうアリスの傍から離れるつもりは――」
「あーあーあー! わ、わかった! もうよくわかったからっ! どうして君はそんなに恥ずかしい台詞がぽんぽん出てくるのかな!?」
「ふむ」
『ふむ』じゃないよ『ふむ』じゃ!
顔まで真っ赤にした私を見て、クロウは不思議そうに顎に手を当てて、尻尾をゆらゆら左右に揺らしてる。
それが妙に余裕たっぷりに見えて、私は思わずベッドから取り上げた枕に隠れるようにして顔を埋めた。
「と、とにかく……! 君を連れてきたのは私だし、ここにも居ていいから、ちゃんと私の言うことを聞いて大人しくすること。いいね!」
「無論だ。このクロウゼル・エルドブレイズ。アリスを困らせるようなことは決してしないと約束しよう!」
「もうかなり困ってるけどね!?」
私を助けてくれたのは、かわいいモフモフちび狼……だったはず。
なのに蓋を開けてみれば、なんだかとんでもない奴を拾ってしまったのかもしれない。
そして、この日がこれまでの私の終わりで。
これからの私の始まりだったということを。
私はまだ、少しも気付いていなかった。
『――失礼! 魔女のアリス・ベルさんはいらっしゃいますかな?』
「む?」
「おっと、どうやら『お客さん』のようだね」
不意に事務所のドアベルが鳴って、ノックの音が三回。
それは、『ロンドンの私設魔女』である私の仕事が始まる合図だ。
「使い魔とはいえ、君が悪魔だってことが世間に知られたら大変だ。しばらくは私の助手ってことにするから、うまく話を合わせるんだよ」
「クックック、よかろう……!」
「ふ、不安すぎる……」
一人か一匹か一頭か。
奇妙な同居人のせいで一人ではなくなった私は、ため息を一つ。
本日の依頼人を出迎えるため、乱れたシャツの襟を正して椅子から立ち上がった――。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は全裸の悪魔王による激重溺愛ラブコメ&スチームパンクバトルを書いてみました!
少しでも笑っていただけたら、ぜひ評価やフォローで応援よろしくお願いします!




