守護者たちの夜
「へっへっへ……! てめぇら、この前はよくも俺たちをコケにしてくれたなぁ!?」
「俺たちリッパーズグレイを舐めたらどうなるか、てめぇら三人の死体をテムズ川に浮かべて見せしめにしてやるよ。ヒヒヒ……!」
「なるほど、これは確かに大変だ。まさか店一つ潰すのに、ここまでの戦力で来るなんてね」
間もなく二十二時を回るロンドンの夜。
慌てて駆け込んできたヴィオと店の前に立った私たちは、そこで呆れるほどの物量を揃えたリッパーズグレイの『大軍勢』と対峙していた。
まず、集まったギャングの人数は百人を軽く超えている。
それぞれ手に拳銃やナイフを持っていて、クロスボウなんていう古風な武器も見える。
しかもこの鼻を突く独特の臭い……魔力混じりのこの香りから判断すると、連中の何人かは、悪魔を素材にして精製された呪術的な違法薬物を使用しているようだね。
薬物の効果は様々だけど、筋力を数倍に引き上げたり、痛覚を遮断したりする物も存在する。油断すると痛い目に遭いそうだ。
「いかがかな、お嬢さん方。この光景を目の当たりにすれば、今回の件に我々がどれだけ本気かもご理解いただけたでしょう」
「誰よあんた!?」
集まったギャングが聖書の海のように割れて、奥から仕立ての良いスーツにボーターハットという出で立ちの紳士が現れる。
「どうやら、君がこのギャングたちのボスみたいだね」
「さて、どうでしょう? ただ一つ言えることは、私がこうして出てきた以上、先日のようにはいかないということです」
物腰や口調は穏やかだけど……所作から感じる凄みはただ者じゃない。
「わからないね。どうして今勢いに乗っている君たちが、こんな場末のパブ一つにここまで拘るんだい?」
「とぼけるのが上手いお嬢さんだ。ご存知のとおり、我々はこのロンドンで今最も勢力を拡大している。そう、悪魔の力を使ってね」
ボスは両手を広げて笑った。
まるで、何一つやましいことなんてしていないとばかりに。
「しかしこれ以上の組織拡大には、これまで以上に力ある悪魔の素材が必要。お嬢さんたちのように悪魔と戦う術を持たない我々にとって、その店が隠し持っている悪魔の死体は最高の宝なのですよ」
ここまでは予想どおりだね。
けど私には、もう一つの疑問があった。
「で、どこでそのことを知ったんだい? マスターはそのことを誰にも口外していないって言っていたよ」
「フフ……残念ですが、それは企業秘密です。ただ忠告するとすれば……貴方たちはこの街の闇をまったく知らない、ということですかねぇ」
そう簡単に喋ったりはしないか。
なら、あとは『いつもどおり』力尽くだね。
「悪いことは言いません。今すぐその場で頭を地面にこすりつけ、我々のメンツを潰した対価を支払うことです。そうすれば、命だけは助けて差し上げましょう。こちらとしても、死体の処理はそれなりに面倒なものでね」
言いながら、ボスが片手を上げる。
するとその後ろから、騎士団の廃棄品を勝手に改造したらしい何体かの蒸気甲冑が現れ、ぶ厚い鉄で造られた巨大な斧を構えた。
「おお!? あれは前にヴィオが着ていたかっこいい鎧ではないか!」
「これは驚いた。ところでヴィオ、同じ『蒸気甲冑乗り』として何か言うことはあるかい?」
「うえー! こんなことなら私も乗ってくればよかったー!」
まさか、ギャングが蒸気甲冑まで持っているなんて。
これなら、確かに下級の悪魔の死体なら自分たちで調達できただろう。
「さあどうします? 我々もこれ以上ことを荒立てたくはない……無駄な抵抗などせず、大人しく――」
「せっかくの申し出で悪いけど、こっちは最初からギャングと和解なんてするつもりはないんだ」
和解はもちろん、悠長に話を聞いてやるつもりもない。
ご自慢の武力を揃えてご満悦のボスを無視し、私は腰のベルトからウィッチステッキを引き抜いて展開。
即座に地面へと叩きつけ、その下に走る真鍮製の配管に魔力を流し込む。
『な、なんだ!? 蒸気甲冑が勝手に動いて……!』
『駄目だ、コントロールが利かねえ!』
それと同時、ギャングの操る蒸気甲冑が勝手に動き出し、その太い腕で周りの仲間たちをボコボコに吹っ飛ばし始めた。
よし、掌握成功。
「ど、どうしたというのだ!? 何をやっている!?」
「無駄だよ。その機体はもう私の操り人形……この真鍮の魔女を相手に、真鍮だらけのロンドンで戦いを挑んだのが間違いだったね」
「ぶ、真鍮の魔女だと……!?」
ロンドンは『私のホーム』だ。
私はこの街に存在するあらゆる真鍮を操り、どんな事象も具現化することができる。
この街で戦い、この街で生まれた道具で挑む限り……たとえ軍隊だって、私には勝てないだろう。
そしてそれは、この『真鍮製の蒸気甲冑』も例外じゃない。
「おのれ、忌々しい異端の魔女め……! ええい、全員かかれ! 蒸気甲冑などなくとも、この数で押し潰してしまえばそれで済むことだ!!」
蒸気甲冑が使えないのを見て、ボスはギャングどもに突撃の指示を出す。
確かにこの数だ。数機の蒸気甲冑を操っても、完全に押しとどめるのは難しい。けどね――
「さーて、それはどうかしらね? 一応忠告しておくけど……私って、素手でも並の悪魔より強いから! どっせーーーーい!」
「ぐえええ!」
「うぎゃああ!」
「な、なん……だと……」
暴走する蒸気甲冑の横を抜け、殺到するギャングの群れが爆発したみたいにして一斉に吹き飛ばされる。
ギャングの前に立ち塞がったヴィオが、剣の代わりに握り締めた鉄パイプでフルスイングしたんだ。
「ほらほら! 次に私に吹っ飛ばされたいのは誰!? 剣じゃないから安心して殴られていいわよ!」
正直、それでも全治数カ月だとは思うけど……。
「おのれ、こうなったら……! 先生、お願いしてもよろしいですかな!?」
「ククク、もう俺の出番か……情けない連中だ」
「あの男……?」
蒸気甲冑を奪われ、人海戦術も無意味。
追い詰められたボスは、奥から現れた異様な雰囲気の男に頭を下げた。
「俺の名はジャック……千人殺しのジャックだ。クク、楽しみだ……魔女の血ってのは、一体どんな色をしてるんだろうな?」
「ジャックだ! ジャックの旦那だ!」
「旦那のナイフは、あまりにも人を殺しすぎて血の色が落ちなくなっちまったらしいぜ!」
「見ろよあの恐ろしい目を! 旦那に逆らえば、俺たちだって八つ裂きにされちまう!」
「ジャック……伝説の殺し屋か。まさか実在していたとはね」
ボロボロのコートに、顔まで含む全身を包帯で覆った異様な風体。
奥の手として現れた殺し屋の殺気に、私は咄嗟に拳銃を構えようとした。
「死にな!」
「お前がな」
「オギャア!?」
――けどその必要はなかったらしい。
ジャックが走り出すのと同時、それまで暇そうにしていたクロウがジャックの額にデコピン一閃。
伝説の殺し屋は冗談みたいに吹っ飛んで………そのまま夜空の星になってしまった。
「俺の前でアリスに暴言を吐くな。手加減できなくなるぞ」
「もう聞こえてないと思うよ……でも、ちゃんと手加減できて偉かったね。よしよし」
「むふー!」
『模範的な飼い主』である私は、得意そうに胸を張るクロウの頭をなでなでして彼の成長を褒めてあげた。
実際、彼の手加減は本当に上手くなったしね。
「さて、これでなんとかなりそうだ。後はあの親玉だけど――」
「あいつならあっちに走っていったわ! 逃げるつもりかも!」
部下を置いて自分だけ逃げたか。
いかにもギャングのボスらしい行動じゃないか。
でもできれば、ここで全員捕まえてロンドンのゴミを片付けてしまいたいところだ。
私はたった今蒸気甲冑を掌握したのと同じ方法で、地下の配管に魔力を送り込む。
そして逃げたボスの足取りを追って――いや、これは!?
「まずい! 二人とも店の前から離れて!」
『もう遅い! よくも、よくも私の野望を叩き潰してくれましたねぇぇええ!』
真鍮の探知が導いた先。
私が探知の集中状態から覚醒するのと同時、怒り狂ったボスの声が大通りに響く。
「あれって……ダイナマイト!?」
『道連れだ……! 私の邪魔をする何もかも、吹き飛んでしまえ――!』
それは、荷台に爆薬のマークがついた箱を満載したトラック。
すでに導火線に火をつけたそれが、パブ目がけて突っ込んできたんだ。




