望外の再会
「これは……『こんな物』が、マスターの家に伝わる宝だって言うんですか?」
「はい。こうして家族以外の方にお見せしたのは、私も初めてです」
新興ギャング、リッパーズグレイの構成員を撃退してすぐ。
私とクロウ、そしてヴィオは、パブのマスターに頼まれるまま、店の地下室に隠されていたある品物を目にしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! これって、『悪魔の腕』じゃないのっ!?」
「『そうだ』、と……言い伝えられています。何百年も前からある物なので、本物かどうかは私たちにもわかっていません」
「驚いたね……」
店の地下でマスターが見せてくれた物。
それは、長い年月を経て干からびた異形の黒い腕。
けどその腕のサイズは、一般的な成人男性の数倍はある。
そしてその巨大な腕の先には、まるで獰猛な肉食獣のような鋭い爪。
さらに魔女である私には、その腕に残る僅かな魔力がはっきりと感じられた。
「この魔力……これは間違いなく悪魔の腕です。けどどうしてマスターの家にこんなものが? それに、悪魔の腕が一族の宝だなんて……もし教会に知られれば、異端認定どころの話では済みませんよ」
「それは重々承知しております……だから私も、警察にこの腕を狙うギャングのご相談ができなかったのです。ですが貴方なら……真鍮の魔女と呼ばれる貴方なら、もしやと思い……」
そうして、マスターは決心したように経緯を語ってくれた。
今から何百年も前、彼のご先祖様は地上に現れた『悪魔と恋に落ちた』らしい。
もちろん、悪魔との恋なんて当時でも褒められたものじゃない。
けど二人の想いは深く、誰にも邪魔はできなかった。
けどある日、二人の住む街に強大な力を持った別の悪魔が現れた。
この腕の悪魔はご先祖様を守るためにその悪魔と戦い、相打ちになって命を落とした……。
「悪魔が好きになった人のために戦うなんて……騎士としては複雑だけど、ロマンチックなお話ね……」
愛する悪魔を失ったご先祖様はとてもひどく悲しんだらしい。
けど当時は、今よりもずっと異端への迫害が厳しかった時代だ。
結局、ご先祖様は悪魔と恋仲だったことも、悪魔が街や自分を守るために戦ってくれたことも隠したまま、子孫にだけその真実を密かに伝えていく道を選んだ。
「それ以来、我が家ではこの腕を守り神として大切に保管し続けてきたのです。実際、これまでも何度か家の危機を救ってくれたこともあるそうで……」
「確かに、何百年も経っているのにまだこれだけの魔力が残ってるんだ。この腕の持ち主も、相当高位な悪魔だったんだと思う。奇跡の一つや二つ起こしても不思議じゃないかもしれない」
まさに、悪魔の執念か――
いや……もしかしたら本当に、この悪魔には私たちが愛や絆と呼ぶ強い想いがあったのかもしれない。
以前ならそんなこと絶対に考えなかったけど……今の私はクロウと一緒に暮らして、ミルトとナイアのような関係も目の当たりにして、悪魔にも色々な考えを持つ者がいることを知った。
人間と悪魔の恋、か。
もしかするとこの悪魔とご先祖様も、初めは『今の私たち』みたいに――
「――って、さっきからどうしたんだい? ずっと黙っているみたいだけど」
「……」
けどそこでクロウに目を向けると、彼はどこか嬉しそうな表情で、箱の中に収められた腕を見つめていた。
「クロウ……?」
「懐かしい匂いだ……まさか、お前がこんなところにいたとはな」
――――――
――――
――
結局、私とヴィオはパブの護衛を引き受けた。
謝礼は幾らかのお金と、店じまいした後のパブの貸し切り権だ。
リッパーズグレイの狙いは、パブに伝わる悪魔の腕。
家族以外には秘密だった腕の存在が、どうしてギャングにバレたのかはわからない。
確かなことは、奴らが執拗にその腕をほしがっていることだけだ。
「リッパーズグレイの話は、騎士団も警察から共有を受けてるの。なんでも闇ルートで『悪魔の素材』を手に入れて、それを使った武器や薬物を売りさばいてるって」
悪魔の素材。
それはついこの前、私がマーサ姉さんに売りに行った『アレ』みたいな物のことだ。
裏ルートといっても、実は悪魔関連の素材取引はイングランドの軍部や刑事部門が厳密に管理している。
マーサ姉さんもあれでお役所とは上手く付き合っていて、私が手に入れた悪魔の死体もほとんどが国の研究機関に送られているんだ。
国が主導しているのに、どうしてコソコソしているのかって?
それはもちろん、そんな取引や研究を大っぴらに進めることは正教会の教義に反するからさ。
「よくわからんが、あいつらはアリスやヴィオとは別の方法で『俺たちの死体』を手に入れているということか?」
「そうなるね。多分だけど、低級の悪魔ならあいつらにも倒す手段はあるんだろう。リッパーズグレイは武闘派で有名だし、もしかしたら魔女や騎士団崩れがメンバーにいるかもしれない」
「げー……もし抜けた知り合いとかがいたらやだなー」
私たちが護衛を引き受けてから一日が経ち、二日が経ち、三日が経った。
ヴィオは仕事でいない日もあったけど、私とクロウは毎日パブに顔を出して店の護衛を続けた。
「あの悪魔さ……クロウの知り合いだったの?」
そして四日目の夜。
店内の喧噪を離れて夜風に当たりに外に出た私は、当然のようについてきたクロウにそう尋ねた。
「ああ、そうだ。弱くてへなちょこだったが、人間の本を集めるのが好きな奴だった。俺がほうきで空を飛ぶ魔女を見たのも、あいつの持っていた絵本だった」
「そうだったんだ……」
オレンジ色のガス灯が石畳の歩道を照らす。
遠くからは野良犬の遠吠えと、車のクラクションの音が他人事みたいに聞こえてくる。
「あいつはいつも、いつか人間の世界を見てみたいと言っていた。とうに死んだとばかり思っていたが……あいつはちゃんと、願いを叶えていたんだな」
そう話すクロウの横顔は、とても嬉しそうだった。
いつものワンコとも、ちびっ子とも、私に褒められている時とも違う。
少し寂しそうで、でも嬉しいのは本当で。
どこか大人びた、とてつもなく深い年月を感じさせる表情だった。
「アリス」
「な、なに?」
あまりにもイケメン過ぎる見慣れない横顔に見惚れて……じゃない。
驚いていた私を、クロウは不意に呼んだ。
「俺はお前が好きだ」
「えっ……? あ、う……そ、そうだね。知ってるよ……」
「俺がこれまで見たものの中に、アリス以上のものは一つもなかった」
「それも、知ってるよ……いつも私が最高だって、言ってくれてるし……」
い、いきなりどうしたの……?
これまでもクロウは何度も私への好意を口にしてくれていたけど、今回は少し……雰囲気が違う気がした。
「俺はこれまで、アリスのためなら命など惜しくないと思っていた。だがあの店主の話では、あいつの死で残された女はひどく悲しんだと言っていた……全てに絶望するほどに」
クロウの金色の瞳は、まっすぐだった。
彼なりに考えて、思ったこと、疑問に感じたことを伝えている。
それは手に取るようにわかった。
「アリスは、俺が死んだら悲しいか?」
「え……?」
「俺はアリスと約束した。アリスが二度と悲しむことも、泣くこともないように俺が守ると。だがもし俺が死んでアリスが悲しむなら、俺も死ぬわけにはいかないからな」
もしも、クロウが死んだら。
無邪気にそんなことを聞いてくる彼の姿に、私は思わず胸に置いた手を握りしめた。
だって、今さらそんなこと。
言うまでもないって思いかけて……けどこれまでの私は、『そんなこと』すら彼に一度も伝えてこなかったことに気付く。
クロウは、これまで何度も伝えてくれたのに。
そう思うと、自分がとても『ずるいこと』をしていたように感じて。
彼のまっすぐな視線から、私は思わず目を逸らしてしまった。でも――
「……悲しいよ。きっと、すごく悲しいと思う」
クロウが私に向けてくれる好意は、使い魔の契約によるものだ。
契約が終われば、きっと私のことなんて忘れてしまうんだろう。
けど、それでも――
「私は、君に死んでほしくない……いなくなってほしくない。これからも、私と一緒にいてほしいんだ」
「そうか……」
こんなにずっと傍にいて。
こんなに私のことを想ってくれている君に。
一度も向き合わないままなんて。
とても、ひどいことだと思ったから。
「ごめんね……本当は、自分でもまだよくわからないんだ。だけど、私は君の――」
「――大変大変っ!!」
まだ形にもなっていない気持ちを必死に言葉にしようとした、その時。
パブの前を走る通りに、けたたましい排気音と共に蒸気バイクにまたがったヴィオが血相を変えて飛び込んでくる。
「む……ヴィオのバイクもかっこいいな!」
「あー……うー……えーっと、何があったの?」
「リッパーズグレイが動いたわ! しかも奴ら、今回は本気で私たちを潰すつもりよ!」




