酒場の騎士
「おいマスター。そろそろ俺たち『リッパーズグレイ』に例の物を渡す気になったか?」
「いくらボスの気が長ぇって言っても、限度ってもんがあるんだよなぁ!」
賑やかな店内の雰囲気をぶち壊し、現れたガラの悪い男たちはことさら大きな声を出しながら、パブのマスターがいるカウンターの前に陣取った。
それにしても……なるほど、リッパーズグレイか。
確か、ここ最近ロンドンの西部で拡大している新興ギャングの名前だ。
古株のギャングと違って、過激で手段を選ばない。
銃や刃物で武装したメンバーも多くて、警察も手を焼いているらしい。
「そ、そう言われましても……何度来られても、そちらにお渡しする物なんてありません!」
「舐めたこと抜かすんじゃねぇ! そっちがダラダラとぼけるつもりなら、こっちにも考えがあるって言ってんだよ! ああ!?」
「ヒィッ!」
怒声と共に、ギャングはカウンターの上にあるグラスや食事を盛大にぶちまける。
「言ったよなぁ? 俺たちリッパーズグレイがその気になれば、教会も騎士団も、悪魔だって簡単にぶっ殺せるんだ。当然、てめぇなんざ今すぐ消せるってことよ」
酷いことをする。
何が目的かは知らないけど、こんなの強盗と同じじゃないか。
やれやれとため息をつき、私は彼らを止めるために立ち上がろうとして……横にいたはずのヴィオがいなくなっていることに気付いた。
「あれ? ヴィオは?」
「あそこにいるぞ。なかなか素早い身のこなしだった」
驚く私に、クロウがカウンターの方向を指さす。
「ど、どうかご勘弁を……何度脅されても、私の答えは変わりません。あれは私たちの一族に代々伝わる大切な……」
「ケッ! なら好きにしな。お望み通り、この店ごとてめぇもぶっ殺してやるからよォ!」
「もしもーし。ちょっとそこのあなた、さっき『騎士団も悪魔も楽勝でぶっ殺せるぜぇ……!』とか言ってませんでしたー?」
「ああ!?」
消えたヴィオを探して視線を巡らせた先。
そこには数人のギャングを相手に、満面の笑顔で立ちはだかるヴィオの姿があった。
「なんだぁ? おい嬢ちゃん、俺らと遊びたいってんならちょいとそこで待ってな。後でたっぷりと可愛がってやるからよォ!」
「なら後じゃなくて今でいい? 実は最近騎士団も人手不足でさー、もし本当に悪魔と戦えるくらい強い人がいたら、スカウトしようと思ってたのよねー!」
突然のヴィオの登場と言動に、ギャングたちは困惑しきりだ。
実際、私も彼女のマイペースっぷりにはいつも振り回されている。
「おいてめぇ、さっきから何を言って――ぐえっ!?」
「じゃ、早速だけど今から騎士団適性テストを始めまーす! もしあなたたちが私に勝てたら、全員合格でいいわよ!」
言うが早いか、ヴィオはマスターや大勢の客の前で一人のギャングの首を掴むと、にこやかに笑ったまま天井近くまで片手で軽々と持ち上げる。
「な、なんだこの女ーーーーッ!?」
「ば、化け物じゃねぇか!?」
「が、は……っ! ぐ、ぐるじ……だず、げ……ガク……――」
「どうしたの? 騎士団も悪魔も楽勝って言ってた癖に、あっさり動けなくなるのね」
ヴィオに掴まれた男はしばらく必死にもがいた後、ぐったりとして動かなくなった。まあ、当然の報いだね。
「これでわかったでしょ? 死にたくないなら冗談でも悪魔がどうとか、騎士団がどうとか言わない方がいいわよ。私はとっても優しいからこの程度で許してあげるけど、悪魔はあんたたちが泣き叫んでも許してなんてくれないんだから」
「こ、こいつ……! マジモンの騎士かよ……!」
「ふざけやがって……!」
気絶した男を別のギャングめがけてひょいと投げ返すと、ヴィオは真剣な表情で鋭く告げる。
確かに普段のヴィオはイケメンにはだらしないし、全てにおいて適当でノンデリで大ざっぱで、少し……いやかなり残念な子に見える部分も沢山ある。
だけどそれでも、彼女は数百年の歴史を持つ王立騎士団において、十代の女性として史上初めて師団長に抜擢された超逸材だ。
ただのギャングなんかじゃ、何人集まっても彼女を倒すことはできないだろう。
「てめぇ……! 騎士だかなんだか知らねぇが、ぶっ殺してやる!!」
「ならやってみればー? 師団長の力、見せてあげる!」
最初の一人を倒されて、残りのギャングが一斉にヴィオを取り囲む。
このまま放っておいても、ヴィオは余裕で勝つだろう。けどね――!
「死にやがれ、この――ぐえっ!?」
「失礼。邪魔だからどいてもらえるかな?」
瞬間、私はヴィオを背後から襲おうとしていたギャングに片足をひっかけて転がすと、男の首元を鋭く踏みつけて意識を刈り取る。
「さっすがアリスっ!」
「ゴミ掃除は二人でやった方が早いだろう? ほら、さっさと片付けよう」
友人が荒事に巻き込まれているのを、黙って見過ごす趣味はない。
ヴィオの女性にしては大きな背中と自分の背を合わせながら、私たちはまだ戦意を失わないギャングたちに対峙する。
「ふむ、これはもしや戦う流れか? なら俺もやるぞ!」
けどそこに、ギザギザの白い歯を覗かせてニコニコになったクロウまで来てしまった。
失敗した、何があっても椅子から動くなってクロウに伝えてなかった。
「あ、いや……クロウはそこで――!」
「また変なのが出て来やがった!」
「かまうことはねぇ! そのとぼけたクソ野郎もぶちのめせ!」
無謀すぎる。
クロウなんて相手にしたら、彼らは確実に怪我どころじゃ済まない。
最悪、どこぞの男爵と同じグロ画像になってしまう!
「ちょ、ちょっと――! クロウ、『待て』!」
「待て? これでいいか?」
一瞬の猶予もなかった私は、咄嗟にそうクロウに命令した。
するとクロウはその場でぴたっと立ち止まって、四方からのギャングの攻撃をされるがままに受けたんだ。でも――
「うげ!?」
「ぐえ!?」
「うぎゃああああああ!?」
「お、俺の腕がぁあああああ!!」
一瞬の交錯。
クロウに襲いかかった四人のギャングは、次の瞬間にはその全員が腕や足を必死に押さえて地面に転がっていた。
どうもクロウの体が硬すぎて、自分の骨が折れてしまったらしい。
「す、すごっ!? クロウさんって、見た目だけじゃなくて本当にバキバキのムキムキなんだ……! はうぅぅ……駄目なのはわかってるけど、やっぱり私もクロウさんとゴールインしたいよぅ……!」
「い、いや……それはやっぱり、色々と問題もあるしね……」
けど彼の体が硬くなっていたのは、きっと私が寸前で『待て』をしたからだ。
いつものクロウの体は硬いけど適度な張りがあって、一緒に寝ている時も、手を握っている時も、少し触れるだけで包み込まれるような……って、いやいやいやそうじゃない、今はそういう時じゃないから!
「さて、と……もしかしてこれで終わり? 噂のリッパーズグレイも、威勢がいいだけで大したことないのね」
「ふ、ふざけやがって……! 覚えてやがれ!」
「俺たちをコケにして、タダで済むと思うなよ!」
徹底的にボコボコにされたギャングたちは、定番の捨て台詞を残して脱兎のように店から逃げ出していった。
最後まで諦めないその悪役根性は認めるけど、今回はさすがに相手が悪かったね。
「ふぅ……ほんと馬鹿なやつら。悪魔と戦ったことなんてないくせに、舐めてるのはどっちよ」
「心中察するよ」
ひねくれ者の私と違って、普段のヴィオは必要もないのに他人を煽ったりはしない。
そのヴィオがあそこまで言ったんだ……お気に入りの店を傷つけられたのと同じくらい、騎士団や悪魔を軽く見たギャングの言動が許せなかったんだろう。
「まあ、これで一件落着だね。マスターもごめんよ、お店の中で暴れてしまって」
「い、いえ……こちらこそ、危ないところを助けていただきありがとうございました。ですが……あのギャングどもが、これで諦めるとは到底思えません……」
ギャングは消えたけど、あれだけ賑わっていた店内はもうそんな雰囲気じゃなくなっていた。
ぽつぽつと店を後にする客を横目に見ながら、マスターはまだガタガタと震える肩を抱いて不安そうに呟く。
「ど、どうかお願いします! ご無理なこととは承知で、私どもの頼みを聞いて下さいませんか!?」




