私の好きを
「本当にありがとうございました。みなさんに助けてもらっていなかったら、きっと今頃は……」
「まずは無事で何よりさ。ゆっくり休んで体を治すんだよ」
ロンドンタイムズ本社でのガゼットとの戦いから数日後。
幸いにもいくらかの怪我だけで済んだティムを見舞うため、私とクロウはロンドン市内の病院を訪れていた。
「お前の心意気は認めるが、無茶はするな。それがアリスとの約束だったはずだろう?」
「うぅ、ごめんなさい……」
「君が無茶をしたのは確かだけど、恐らく約束は関係ないよ。きっとあの男は、君が私たちの記事を書こうとした時点で目をつけていただろうからね」
「そう、なんですね……」
私の言葉に、包帯を巻いた痛々しい姿のティムは肩を落とした。
ティムの話では、ガゼットはティムが入社するずっと前から勤めていた優秀な室長で、彼が魔女についての記事掲載を却下した上、執拗に記事の原本を渡すよう脅迫してきたらしい。
けれどティムは原本を渡せば殺されると感じ、自室の床下収納に隠していた原本の場所を最後まで教えなかった。
結果として、業を煮やしたガゼットにティムの部屋は荒らされて警察も動いたし、ティム自身も命拾いすることになった。
彼の用心深さと執念が導いた、ファインプレーだったわけだね。
「でも、ガゼット室長は悪魔……だったんですよね? 悪魔が平然と僕たちの街に溶け込んでいたのもすごく怖いですけど、どうして悪魔が魔女についての記事に執着したんでしょう?」
「さあね……大きな声では言えないけど、私は『もし動くとしたら教会』だと思っていたんだ。それが悪魔だったものだから、今回は完全に当てが外れたよ」
ちなみに、今回のロンドンタイムズ本社ビルの大惨事は、ちゃんと悪魔の仕業ってことで処理されている。
まあ、あれだけ派手にロンドンのど真ん中で大きくなったり、わざわざ自分の名前を連呼していたからね。
「だが少なくとも、奴らにとってアリスは敵だ。魔女の悪評を固めて、人間同士で足の引っ張り合いをさせるつもりだったのではないか?」
「確かに、そう考えるのが妥当ではあるか……」
クロウにしては珍しく、真っ当なことを言うじゃないか。
けど彼の意見に頷きつつも、私は釈然としないものを感じていた。
特に、あの現場で私が見つけた『白い羽』……念のためマーサ姉さんに調べてもらっているけど、たったあれだけで何がわかるものでもないだろう。
「あら、貴方たちも来てたのね」
「アリスだ……! えへへ……アリスに会えてうれしい……」
事件について話す私たちの背後から、木製のドアを開けてミルトとナイアが顔を出す。
ティムからはこの二人もお見舞いに来たとは聞いていたけど、こんなに頻繁だとは思わなかった。
「魔女の地位向上はミルトのためになるもの。今だってミルトが魔女として動く時は、私が周囲の人間に『認識妨害』を仕掛けて、普通の人にはミルトだってわからないように隠してるんだから」
「そういえば、ミルトの家は貴族だったね。娘が魔女だなんて知られたら大変だ」
「そゆこと……でもこの人からは、『アリスの匂い』がしたから……ナイアにお願いして、ちゃんとお話しさせてもらったの……もしかしたら、ともだちになれるかもって……」
「は、はいっ! 僕もミルトさんと友達になれて、すごく嬉しいです。これからも、よろしくお願いします!」
私設魔女として世間の白い目を甘んじて受ける私と違って、ミルトは今も魔女であることを隠している。
彼女の場合はナイアと出会ったおかげでなんとかなっているけど、普通はそうはいかないからね。
「皆さん本当に、今回は僕のことでありがとうございました。そして、同じくらいご迷惑をかけてすみませんっ。みなさんは、僕の命の恩人ですっ!」
「ううん……てぃむてぃむが無事でよかった……はやくよくなってね」
「気にしなくていいよ。でも出来れば、警察や異端審問局への証言では私たちが有利になることを言っておいてもらえるかな?」
「わかりましたっ! あ、それとですね……!」
そう言って、ティムはベッドサイドに積み上げられた紙束の一つを取り出す。
よく見ると、それは発行前の新聞の構成をまとめた図版の下書きだった。
「見てください! 実は今回の事件について、僕がロンドンタイムズの一面記事を書くことになったんです!」
「それは凄いのか?」
「もちろんさ。ロンドンタイムズの発刊部数は軽く百万を超えているからね。その一面を任されるなんて、大抜擢もいいところじゃないか」
「そうなんです! 今回の事件は世間からの注目度も高いですし、実際に巻き込まれた僕が記事を書けば、本社ビルが吹き飛んだ損失だって取り返せる! って、社長が言ってくれて」
嬉しそうにはにかみながら、ティムは書きかけの原稿を広げて見せる。
そしてそこには、彼が熱心にメモしていた私たちへの取材内容もしっかりと記載されていた。
「けどいいのかい? どさくさに紛れて、嫌われ者の魔女の話にこんなにスペースを取ったりして。今度こそ本当に教会に怒られるんじゃないかな?」
「それについてもちゃんと確認しました。教会とのお付き合いも大切ですけど、今回はロンドンタイムズの緊急事態ですから。まずは『売り上げ最優先』って、先輩たちも大賛成してくれました!」
はは、それはまた現金なことだね。
けど考えてみれば、当然なのかもしれない。
この街で生きる私たちにとって、神様も教会もなくてはならないものだ。
けど私たちは、祈りだけで生きているわけじゃない。
病気にもなるし、お腹も空く。
服だって買わないといけないし、住むところだって必要なんだから。
「だからもしよかったら、この怪我が治ったらまた取材させてください! 僕が見て感じたこと……魔女だって普通の人なんだってことを、もっともっとみんなに伝えたいんです!」
「むぅ……それはいい心がけだが、やはりお前は弱すぎるぞ! 放っておくとすぐに死にそうだから無茶はするな!」
「ふふ、実は君が行方不明になっている間、クロウは本当に心配していたんだよ。それこそ、今にも不安で泣き出しそうなくらいにね」
「クロウさんが!?」
うんうん。このことについてはちゃんとティムに伝えてあげないと。
実際、今回のクロウは彼のために本気で心配して、本気で怒っていたんだから。
「クロウさん……僕のために、そんなに……」
「そ、そんなことはないぞ! 確かに心配はしていたが、泣いてはいない! アリスも見ていただろう!?」
「あははっ。さて、どうだったかな?」
「アリス!?」
まあ、私は君のいろんな表情が見れて少し得した気分かな。
それに――
私は必死に否定するクロウに微笑みながら、病室から見えるロンドンの街に目を向けた。
相変わらず薄曇りの辛気くさい景色だけど、そこには街を行き交う沢山の人の姿が見えた。
私が好きなこの街を。
この街で生きるみんなのことを。
もしかしたら、クロウも好きになってくれたのかもしれない。
そう考えると、胸のずっと奥の方で温かな感情が脈を打つ。
でもその感情に確かな意味を持たせるには、ひねくれすぎた私の心には、もう少し時間が必要みたいだった――。




