見習いの情熱
「――というわけなんです。ぜひ僕に、ベルさんの取材をさせてくださいっ!」
「いきなりそう言われてもね」
実に素晴らしい曇り空に覆われた霧の都ロンドン。
けれど今日私の事務所にやってきたのは、そんな曇り空よりも晴れ渡る青空がよく似合いそうな少年……のように見える青年だった。
「室長はこれでいいって言いますけど、僕はそうは思いません。だってあの式典で僕たちを悪魔から守ってくれたのは、ベルさんともう一人の魔女さんだったじゃないですか!」
そう言って、目の前の青年は手に持った新聞の一面を広げて見せる。
けど私はその新聞記事よりも先に、渡された彼の名刺に目を向けた。
ロンドンタイムズ、記者見習い。
ティモシー・リード。
外見はくるくるの茶色い髪に、全然サイズが合っていないぶかぶかの帽子と丸眼鏡。
ただでさえ子供っぽい容姿なのに、ちょっぴり早口な喋り方と、ズレ気味のメガネを押さえて身を乗り出す必死さがさらにちびっ子感を引き立てている。
まあ、私は『分別ある大人の淑女』だから、本人を前にそんなことを口に出したりはしないけれどね。
話を聞くに、どうも彼は先日の式典会場に他の記者に混じって同席していたらしい。
そこで地獄門や悪魔の脅威を目の当たりにして、助けてくれた魔女に興味を持ったのだという。
「ふむ……『ロンドン地下鉄の新式車両引き渡し式典に悪魔襲来。過去最大規模の襲撃にも関わらず、ジョゼフ・クラインバッハ氏率いるエクソシストらの比類なき活躍により無事撃退さる』――清々しいほどに正確な記事じゃないか?」
「そりゃあ、教会の皆さんや騎士団の皆さんもかっこよかったですよ!? でも違うんですっ! 僕が言いたいのは、僕たちのために命がけで戦ってくれたベルさんの活躍を、魔女ってだけで一文字も書かないのは記者としておかしいってことなんです!」
なるほどね。
どうやら、彼が若いのは『見た目だけじゃない』らしい。
騎士団はともかく、正教会の権勢はこの大英帝国の全てに根を張っている。
もちろん、それはメディアも例外じゃない。
以前のような強硬な迫害は収まっているとは言え、教会は今も私たち魔女を異端認定したままだ。
なのにその魔女を称えるような記事を書けばどうなるか……彼という個人どころか、会社そのものが潰されるのは火を見るより明らかだ。
「ありがとう。『君みたいな子』がいてくれるのはとても嬉しいよ。けど悪いことは言わないから、その気持ちは誰にも言わずに忘れるんだ。それが君の未来のためだよ」
「むむっ! もしかしてベルさん、僕のこと子供扱いしてませんか!? これでも僕は二十三歳です! 頼りないかもしれませんけど、立派な英国紳士なんですから!」
「に、二十三歳……? あーっと……ごめん、謝るよ(私より年上だった……)」
これは失礼なことをしてしまった。
やっぱり人を外見で判断するのはよくない、改めて肝に銘じておこう。
「とにかく、僕はベルさんや他の魔女のことをもっと知るべきだと思ったんです! 僕も含めて、みんなは魔女のことを全然知りません。ぜひ僕に魔女のことを知る機会をください! お願いしますっ!」
「うーん……困ったな」
帽子が脱げる勢いで頭を下げるティモシーに、それでも私は簡単に首を縦には振れなかった。
私だって、魔女のことをみんなに知ってもらいたい気持ちはある。
みんなは魔女をなにか恐ろしい存在だと思い込んでいるけれど、実際に魔女が人に危害を加えたことなんてほとんどない。
街の人々に魔女も普通の人間と変わらないってことを知ってもらえれば、私たちへの白い目も少しは和らぐことだろう。
けど私が心配しているのは、この熱意ある青年記者の身の安全のことだ。
新聞記者という職業は、『教会の権威』があまりにも近すぎる。
ブラスゲートのご近所さんが、私と仲良くするのとは訳が違う。
職を失うだけならまだしも、それこそ異端として処罰されたり、いわれのない誹謗中傷を受けるかもしれない。
もし彼がそうなってしまったら、私には責任を取ることができない。
うん……やっぱりこの話は断ろう。
「悪いけど――」
「クックック……! さっきから聞いていれば、なかなかいい目の付け所をしている。お前とは気が合いそうだな!」
「えっ!? あなたは……!?」
けど私が断ろうとしたその時。
それまでずっと部屋の外で大人しくしていたクロウが、嬉しそうに私たちの会話に割り込んできた。
「あんたはたしか……『ベルさんのつがい』のクロウさん!!」
「違う」
「ほう! すでに俺の名だけでなく、アリスとの関係まで知っているとは。ますます気に入ったぞ!」
「やっぱり! この通りの人が、親切に教えてくれたんですっ!」
「違うからね」
現れるなり、クロウは上機嫌でティモシーの肩に手を置き、彼のクロウに対する認識に大満足して満面の笑みを浮かべた。
こんな誤情報を簡単に信じるなんて、やっぱりこの子は記者に向いてないね。うん。
「アリスへの不当な扱いについては、俺も腹に据えかねていた。お前がそれを変えたいというのなら、この俺が力を貸してやろう!」
「ほ、本当ですか!?」
「ちょっと、勝手に話を進めないでよ!」
「なぜだ? 俺はこいつの話に強い覚悟を感じたぞ。すべて承知の上でアリスの記事を書きたいというのなら、やらせてやってもいいと思うのだが」
「は、はい! 覚悟ならあります! まだ見習いですけど、僕だって記者の端くれですからっ!」
ま、また面倒なことを……。
私は眉間に指をあててため息をつき、一旦冷静に考えを整理する。
ただ確かにクロウの言うとおり、一人の大人が自分の意志で始めた行動を、他人の私がその結果まで心配するのは野暮かもしれない。
最初の彼の印象が幼かったから、過保護になっていた部分もあるだろう。
「……わかったよ。けれどもし君の上司に記事の掲載を断られたら、その時は潔く諦めること。言い争ったり、粘るのも駄目。それが条件だ。もしそれでもいいなら、あとは君の好きにしなよ」
「ありがとうございます! もちろんお約束します!」
「よかったな! アリスの優しさに感謝するがいい!」
私の返事に、ティモシーは目を見開いて喜び、クロウはなぜか偉そうに腕を組んで無駄にイケメンな顔面で意味深に笑った。
……いや、今回の君は本当になにもしてないからね。
とはいえ、面倒なことに代わりはない。
長年の迫害で魔女が学んだことは、『目立つとろくなことにならない』だ。
その禁を犯した時。
もしくは、その境遇を変えるために一歩を踏み出した時。
何が起こるのかなんて、私には予想もつかなかった。




