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魔女の復讐


『では続きまして、ロンドン市長のアーサー・ウェントワース=スタンホープ氏より、本日の式典に寄せるお祝いのお言葉をお願いいたします』


 ホールでの前夜祭が終わり、式典は二日目へ。


 場所をホテルから外の特設会場に移し、私とクロウも他の来賓と一緒に、延々と続く要人たちの『ありがたいお話』を適当に聞いていた。


『安全でクリーンな地下鉄は、ロンドンが誇る優れた公共交通の中心であります。そしてこの新車両こそ、ロンドン、ひいては大英帝国のさらなる発展を約束することでしょう!』


「見ろアリス! あの馬鹿デカい鉄の化け物はなんだ!?」


「そういえば、クロウが機関車を見るのは初めてだったね。あれがその新型車両だよ」


 退屈な話の連続にあくびをかみ殺す私とは違って、クロウは会場の横にずらりと並ぶ新型車両を見て大興奮している。

 そりゃあもう、隠している尻尾もバレそうになるくらいにブンブン振ってさ。


「ピカピカでカッコイイぞ!」


「そうだね」


「俺も乗りたい!」


「また今度ね」


「あれを見ていたら体が暑くなってきた。脱いでいいか!?」


「だめ」


 こ、子供かな?


 今にも車両に近付いて大騒ぎしそうなクロウの腕を引き寄せながら、つい昨夜のパーティー会場で迫ってきたクロウの眼差しを思い出してしまう。

 

『美しいぞ。少なくとも、俺が見たどんなものよりもアリスは綺麗だ』


 うぐ……っ。


 わ、私も少しは慣れてきたと思っていたんだけど。

 流石に『あの破壊力』は、半日程度で落ち着くものじゃないみたいだ。


「なあアリス、あれはいつになったら動くのだ? 早く動いているところが見たいぞ!」


「そ、そうだね……」 


 それにしたって、いくらなんでも落差が激し過ぎない?

 昨夜はあんなに大人っぽくて、無限に恋愛慣れしてそうなガチムチ狼だったのに。


 今は新しいおもちゃに大興奮するちびっ子ワンコ……寒暖差が過ぎるよ。


『それでは最後に。ロンドン交通網の未来と安全への祝福を、イングランド正教会異端審問局長のジョゼフ・クラインバッハ氏よりお願いいたします!』


「……っ」


 けどその時。

 司会の男が読み上げた肩書きと名前に、私は体中がひどく緊張したのを感じた。


「どうした?」


「ごめん……大丈夫、なんでもないよ」


 それがクロウにも伝わったのか、彼は心配そうに私のことをのぞき込んできた。


 でも、なんでもない。

 なんでもないんだ。


 あの男の前で、動揺なんて絶対に見せたりしない。


『この大地に住む多くの人々、勇敢なる騎士団、そして大いなる主の加護を受けた我ら使徒たちのたゆまぬ努力にも関わらず、地の底より這い出る邪悪の勢いはとどまるところを知りません。このような日々に、皆様もさぞお心を痛めておいででしょう……』


 最後に案内されたのは、聖職者とは思えないほど大柄な体格を白い法衣に押し込めた初老の男。


 体と同じ角張った顔には、絵に描いたような完璧な笑顔。

 口から出る声はまるで賛美歌のように艶と自信に満ちていて、抑揚豊かに、一定のリズムで耳障りのいい言葉が紡がれていく。


『しかし心配は無用です。全ての邪悪は大いなる主の威光の前では無力。最後には必ずや焼き尽くされ、根絶やしとなり、本来あるべき暗闇へと突き落とされることでしょう』


 けど私は知っている。

 

 異端審問局長、ジョゼフ・クラインバッハ。


 この常に微笑みを絶やさない神職の男が、五年前に母さんを目の前で見殺しにした張本人だってことを。


『我らが賜りし尊き大地に、新たなる英知が無事根付くよう。祈りましょう……』


 お決まりの文句と一緒に祈りの言葉を口にする。

 けど私はその間もずっと、クラインバッハをまっすぐに睨み付けていた。


 お前が母さんを殺しても、私はこうして立派に生きている。

 それをはっきりと、叩きつけてやりたかったから。


「フン……」


「っ……!」


 その時だった。

 

 壇上から降りる、クラインバッハの灰色の視線が私と重なる。

 そしてそれまでの笑顔が一瞬だけ消えて、侮蔑の眼差しが私を捉えた。


 そんな反応を見せたってことは、向こうも私については把握してたってことだ。


 はっ、上等だよ……!  


 それがわかっただけでも、こんな退屈な式典に来たかいがあったね。


「あの男に怒っているようだな。俺が消してきてやろうか?」


「いらないよ。あいつへの復讐に暴力なんて必要ない。私が魔女として『この街に必要とされる』こと……それこそが本当の復讐になるんだからね」


 そうさ。

 

 もし私が怒りに任せて魔女の力を破壊や暴力に使えば、それはクラインバッハみたいな魔女を嫌う奴らの狙い通りになってしまう。


 だから私は魔女になって、この街のみんなのために戦って来た。

 いつか私が、ロンドン中の人々に必要とされる存在になるために。


 教会ですら私を認めるしかないくらい、とびっきりの活躍をしてね。


「そうか……やはりアリスは美しいな」


「ま、またそんなこと言って……っ! 別に私は、不毛なことはしたくないだけで――」


 恥ずかしいこと真顔で言うクロウに、私は赤くなった顔を隠すように横を向いた。


 だけどその瞬間。


 私が顔を向けた方角の空から、突然赤黒い雷が会場の真上に落ちたんだ。


「な、何事だ!?」


「皆様、落ち着いてください! 落ち着いて!」


 突然の落雷に、会場中から悲鳴と大声が上がる。

 けど私は雷が落ちた空をじっと見つめ、それまで薄曇りだった空が一気に暗くどんよりとした闇に包まれるのを確認した。


「今のは雷か? 地上の雷は地獄に比べると小さくて可愛いな」


「そんなことより、どうやら『私たちの出番』みたいだ。来るよ――!」


 騒ぎの中でも平然と周囲を見回すクロウに、私は警戒を促す。

 それと同時に、さらに追加で二つの雷が会場を取り囲むように落ちた。


 その閃光と雷鳴が収まった先。


 落雷地点の空間がまるでひび割れたガラスみたいに砕けて、粘度の高いどす黒い血を辺り一帯に撒き散らす。


 そしてその血の海の底から、聞くに絶えない悲鳴のような鳴き声を引き連れた巨大な門――地獄門が現れたんだ。



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