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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
孤児院編

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9/20

御神託の波紋

 小さな街の礼拝堂で起きた『奇跡のお告げ』は、風に乗るように、ゆるやかに国中へ広がっていった。


 最初は「なんか変な声が聞こえたらしい」という噂だった。それが一日も経てば「女神様のお告げだ」に変わり、数日後には「奇跡の街が現れた」と尾ひれまで付いていた。



 王都の中心部にそびえ立つ大聖堂。白い石造りの巨大な建物は、天に向かって伸びる塔と、緻密な彫刻が施された大きな窓を持ち、まるで街を見下ろしているようだ。


 そこは、礼拝の時間には多くの民が祈りを捧げる場所であり。同時に、王国内の教会を管理する司教たちの本拠地でもある。その建物の奥で、司教たちが難しい顔を並べていた。静かな空間であるべきその場所は今、ひとつの話題によって揺れている。


「なんと……数十年ぶりに女神様の御神託が……!」


 年配の司教が感極まったように胸元で手を組む。


「馬鹿な。我らを差し置いて、どこぞの教会でそのような事が起こるなど。ありえぬ!」


 別の司教が机を叩いた。


「その司祭から詳しい話を聞いてみたいですな」


「さきほど先触れがあったようじゃ。すぐに来よう」


「そもそも平民の聞き間違いではないのか」


「しかし、声を聞いた者が複数いる、という話も……」


 ざわざわと空気が揺れる。


 女神ヘスティアに仕える者たちにとって、神託とは絶対のものだ。そしてそれは、『司教たる自分たちが受け取るべき奇跡』でもある。百歩譲って、神殿にいる聖女が受け取ったなら納得できる。


 だというのに、地方の小さな街で、突然それが起きた。なんとも羨ましくも妬ましい話である。


 神託を歓迎する者。

 認めたくない者。

 そして、利用価値を考える者。


「これは――使えるのではないか?」


 ひとりの司教が、静かに口を開いた。


「魔領との約束の時は近い。『聖女を渡す』という、あの忌々しい約束だ」


 ざわついていた空気がぴん、と張る。


「もし、この御神託をうまく利用できれば――」


 誰も続きを口にしなかったが、その場にいた全員が理解していた。


 奇跡は、信仰にも政治にも使える。



 同じ頃。王都の夜会では、香水と花の香りに包まれながら“奇跡の街”の話題が広がっていた。煌びやかなシャンデリアの下で、貴族たちがワイン片手に笑い合う。


「地方の礼拝堂で神託?」

「まぁ、ロマンチックですこと」

「平民はそういう話が好きだからな」


 誰もが半信半疑。だが、面白い話題ではある。


「隣にいる者を大切にせよ、だったか?」

「ふむ。商売の宣伝文句には使えそうだな」


 くつくつと笑う声。

 その中で、一人の男がゆったりとグラスを傾けながら、静かに考え込んでいた。


「……その街、織物産業は盛んであったか?」


「は?」


「いや。『奇跡の街の品』という触れ込みなら売れそうだ」


 男は王都で複数のドレスショップを経営している貴族だった。


「少し視察に行ってみるか」


 何気ない一言。それが後に、聖女を巡る騒動へ繋がっていくことを、この時はまだ誰も知らない。



 王国の遥か西。

 今後百年は草も生えぬと言われる、不毛の大地の先――魔領。


 巨大な窓の向こうには、赤く乾いた空が広がっていた。


「魔王様っ!」


 赤ピンクの髪をなびかせた美女が、楽しげに部屋へ飛び込んでくる。


「王国で、女神様の御神託が降りたそうよ」


 どこか面白がるように、歌うように告げる。

 

「……ほう」


 魔王は、暗い紫の瞳をジロリと美女の方へ向けた。


「女神め。ようやく動いたか」


 低く呟かれた声に、空気がびり、と震える。

 魔王の瞳が、どこか遠くを見るように細められた。


「予定通りに進みそうね」


 美女が、口元に笑みを浮かべる。


「それで、どうします?」


「はぁ……決まっている」


 魔王は重苦しいため息をついて椅子に深くもたれると、美女をひたと見据える。


「今度こそ連れてこい」


 その一言だけで、部屋の空気が変わる。


「約束の時は近い」

 


 そして、一番大きく騒いでいたのは、騒ぐ口実を見つけた王国民だった。どこかの広場では笑い声と楽器の音が響き、どこかの酒場では歓声と、ジョッキを打ち付けあう音が響く。


「聞いたか!? 女神様のお告げだってよ!」

「隣のヤツを大事にしろ、だろ?」

「じゃ~今日は奢れよ!」

「なんでだよ!」


 笑い声が響く。まるで祝祭のように、街は浮かれていた。魔獣だの不作だの。そんな話ばかり聞こえてくる最近では珍しい、明るい噂だ。ここは騒がねば。


「奇跡ってのは、こういう小さい街から始まるのかもな」


 誰かが言ったその言葉は、酒と笑い声に紛れて消えていく。


 こうして、小さな街の礼拝堂で起きた『奇跡のお告げ』は、風に乗るように、ゆるやかに王国中へ広がっていく。

 

 誰も、考えもしなかった。その『奇跡の中心』が、魔法で声を封じられたまま小さなクリーニング店へ連れて行かれたということを。その奇跡の中心を追いかけて、小さな淡い光たちがふわふわと移動しているということを。


『動いたね』

『動いた動いた!』

『どうするのかな? また使うかな?』


 光の中から声が聞こえる。葉の影に隠れ、民家の窓辺を跳ね、くるくると宙を舞う。気づかれることのない小さな存在たちは、嬉しそうに笑い合う。


『こんどは、うまくいくといいね』


 誰にも聞こえない声が、初夏の風に乗り、どこかへ溶けていった。

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