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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
王国編

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10/20

わらしべからミカン① 新生活

 ノギのクリーニング店での新生活は、なかなかに厳しいものとなっていた。


 早朝のつけおき洗いから始まって、朝ごはんを流し込むように食べた後は、開店前の店内の掃除、日中の接客と裏庭での手洗い作業。ノギの魔法で何度も水をためて、ひたすら洗う。閉店後も仕事は終わらない。店長のガイルが帰宅してからも、アイロンがけに梱包と、ノギの仕事は夜遅くまで続く。


 まーわるよ まわるーよー 世界がまーわーるー


 ゴシゴシ。

 ぐるぐる。


 朝日を反射して、虹色に泡立つ水。

 大きな洗濯桶の中で回るシーツ。

 眠気でゆらゆら揺れる視界。


 もう、自分が起きているのか眠っているのかも、よく分からない。手だけが無意識にゴシゴシと動き続ける。


『ぐるぐるー』

『まわってるー』


 淡い光が、洗濯桶の縁をぴょんぴょん跳ねている。

 ……疲れすぎて、とうとう幻覚まで見えるようになったらしい。

 

 環境の変化と、初めての、しかも過度な労働に、ノギは何かを考える余裕もないまま過ごしていた。目の端に映る光の粒を気にする気力もない。


 裏庭での手洗いを終え、ヨロヨロとした動きで洗濯物を干していく。


 店内に戻ると、店長のガイルが女性客と談笑しているところだった。


「へぇ、この子がノギちゃん?」

「おう。先週から雇ってんだよ。なぁ」

「あ、はい」


 カウンターには、昨日の夜にアイロンをかけたテーブルクロスが山積みになっている。赤いチェック模様が、寝不足の目にまぶしい。


「ちゃんと食べさせてもらってる?」

「なに言ってんだ。孤児院より、よっぽど良い暮らしだろ」


 衣食住は、たしかにその通りだった。


 従業員用の制服が支給され、毎日洗いたての清潔な服を着ている。専門店として、ここは力を入れているのだろう。

 薄いスープばかりだった孤児院と違い、肉も食べている。店長のガイルは店舗から離れた場所に自宅があるのだが、店舗の裏には簡易コンロ付きの休憩室があり、ノギはそこで寝泊まりしていた。「慣れるまでは」と言って、ガイルが食材を置いていってくれるので、なんとか生きている状態だ。


 倒れそうなほど眠いのに、若さのせいか見た目にはあまり変化がない。髪はもともとパサパサだし、痩せているのも昔からだ。肌ツヤは逆に良くなった。ノギの体調不良を表しているのは、よく見ないと分からない、うっすらとした目の下の隈だけだった。


「ここで働けて良かったねぇ。ガイルさん優しいし、それにカッコいいし!」


 女性客が笑う。ガイルも悪い気はしないのか、ニヤリと笑って満足そうに腕組みをした。


(そうだよね、やっと見つかった場所が、店長のお店で良かった)


 孤児院を出た子供は、冒険者になるか、仕事を探して街を出ていくか。女の子なら運が良ければ誰かの嫁に、運がなければ娼館に行く場合もあるという。街で働き続けている者の話はあまり多くない。


 その点、私は運が良い方だと思う。


 住む場所があって、食べ物があって、仕事がある。

 少し、ううん、かなり忙しいけど。きっとみんな最初はこんな感じだよ。大丈夫、慣れる慣れる。


 店長のガイルさんは、口も態度も少し乱暴だけど、怖い人じゃない。ちゃんと契約通りに居場所をくれた、良い人だ。

 だから、頑張らないと。たった一週間で追い出されるわけにはいかない。

 

 そう思って働いていたけど、それから数日たち、身体が思うように動かない日が出てきた。


 洗濯物を抱えたまま立ち止まってしまったり、接客中にぼんやりしてしまったり。今日は、会話の途中で何を言おうとしていたのか分からなくなってしまった。


「おい、ノギ。ぼーっとすんな」

「ぁ、はい!」


 慌てて返事をして目の前のお客さんに頭を下げる。洗濯の依頼に来ていたその人が、ノギの顔を見ると心配そうに店長に話しかけた。

 

「おい、ガイル。最近は夜遅くまで灯りがついてるだろ。働かせすぎなんじゃないか?」

「ん? ああ、こいつは住み込みなんだよ。孤児院育ちで家もないし」

「なんだ、住んでんのか。悪い悪い。じゃあ嬢ちゃん、あんまり夜更かしすんなよ? 光熱費ってバカになんねぇからよぉ」

「いえ、それは――」


 親切心で注意してくるおじさんに「店長が帰った後も働いてて」と言おうとするが


 きゅっ


「っ……!」


 喉を押さえながら、ノギは「はぁ……」と小さく息を吐いた。


『くび、ぎゅーってしてる』

『やだー』


 また、変な声が聞こえた。

 

 あぁ。だめだ。疲れすぎているのかもしれない。最近は常に変な声が聞こえてくる。視界の端では、淡い光がふわりと跳ねている。


 そんな生活が続いて、さらに数週間。


 最初は何かを考える余裕すらなかったノギも、仕事の流れを覚え、ようやく現在の自分について客観的に見る事ができるようになってきていた。


「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」

「はい、店長!」

「え? 私ですか?」


 言葉遣いも、少しだけ店員らしくなった。

 けれど、身体の疲労は減らない。むしろ慣れてきた分、自分がずっと休めていない事を自覚してしまった。


(ちょっとで良いから、休みたい……)


 お客さんがいなくなったのを見計らって、店長に話しかけてみる。


「……あの、店長。ちょっと休――」


 きゅっ


「っ……」


(なんで!? 外じゃないのに。お客さんもいないのに!)


 休みたいと言う自由すらない状況に、ノギは涙が出そうだった。

 

 魔法契約書はガイルが雑に作ったものだったが


一、乙が、仕事について外部で話す事を禁じる。

一、乙は住み込み期間中、甲に無断で離職しない。


 この二つが問題だった。

 ガイルは店舗と自宅を別にしており、無意識下でこの「外部」には店舗も含まれていた。ノギが仕事について話すには、ガイルの家に行くしかない。

 ノギにとっては詐欺のような契約書になっていたが、ノギどころか、ガイルもその事実に気づいていない。

 ガイルはただ、両親から引き継いだ店に備え付けられてあった魔法用紙に、それっぽい契約内容を書いただけである。


 契約のせいで、ノギは孤児院に助けを求めることも、休みたい、ダメなら仕事をやめたいと言うことも封じられた状況に追い込まれていた。



 ――カクンッ


 と、自分の頭が落ちた勢いで目が覚めた。目の前には、食べかけの硬いパンと、冷めきっているであろうスープ。


 確か、食べている途中で疲れてしまって。ちょっと目を閉じて。……あっぶなぁ、あと少しで顔を突っ込むところだった。


 窓の向こうでは、空が白み始めていた。


 ピィ、ピィ、ピィ。

 キョッキョッキョッ。


 鳥たちが一斉に鳴き始める。

 朝か。もう朝なのか。

 夜はいつの間に終わったんだ。


「あぁ。つけおき洗い、しないと……」


 眠い。身体が重い。なんだか頭も痛い。

 もう無理……寝たい……終わらない……。


「水魔法使いは、何か悪いことをしたとでも言うのか……」


 口に出してボヤいた瞬間、唐突に思い出した。

 ギルドで参加した、洗い物クエスト。あの時、ただ水を出すだけじゃない。水に流れを作り出して、洗っていた女の人がいた……!


(あれが使えたら、今より楽になるかもしれない!)

 まーわるよ まわるーよー 世界がまーわーるー

※焚き火ソングの「燃えろよ燃えろ」のリズムで想像して下さい。

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