わらしべからミカン② 良い店長?
「は? ギルド?」
珍しく話しかけた私に、店長が怪訝そうな顔をする。
「なんだ急に」
「その……水の、まわすやつ? を、見たことがあって」
「まわすやつ?」
(うわ、私ってば説明ヘタすぎ……!)
自分でもそう思ったけど、あせって上手くまとまらない。取り込んできたシーツを抱えたまま、カウンターの向こうにいる店長をそろっと見てみる。面倒くさそうな顔をしながらも、まだノギを見ていた。
(良かった、まだ聞いてくれるっぽい。落ち着け、ちゃんと話せば分かってくれるはず!)
「えっと、ぐるぐるするやつで!」
「全然わかんねぇ」
ですよね、とノギは心の中でうなだれた。
けれど店長は、ふーん、と鼻を鳴らした後、壁に掛けられた時計を見た。
「まぁ、たまには顔出しとくか」
「えっ」
「昼過ぎなら、めったに客も来ないしな」
了承してもらえると思わなかったノギは、返事も忘れて店長を見返した。
◇
久しぶりに来たギルドは、以前と変わらず賑やかだった。
「ガイルさんっ!」
入り口の近くにいたお姉さんたちが、きゃあっと嬉しそうな声を上げる。
「久しぶりじゃないですかぁ!」
「今日もかっこいぃ〜」
粗野な雰囲気と体格の良さで、店長のガイルは人気があるらしい。本人は慣れた様子で「おぅ」とか言いながら片手を軽く上げて応えている。
(あー……これがあるから、来ようと思った?)
眠すぎるノギにとっては、頭にキンキンと響く声で大変つらい。頭痛を我慢して歩くノギに、窓口の女性が声をかけてきた。
「あら、ノギさん? 最近いらっしゃらないから、心配していたのよ。今日は――」
そこまで話した女性は、店長に視線を向けて驚いた顔をした。
「まぁ、まぁ、ガイルさん! もしかして、働いているの?」
「はい、少し前から――」
働いています、と続けようとすると、また喉の奥がきゅうっと絞まる。
「……っ」
言葉が引っかかる。女性職員はそんなノギの様子を、照れているのだと思ったらしい。
「良かったわねぇ!」
ぱっと笑顔になる。
「ごめんなさいね、良い仕事を紹介できなくて。でも本当に良かったわ! ガイルさん、ありがとうございます」
「まぁ、ちょうど人手も欲しかったしな」
「もう、そういう言い方!」
周囲も「さすがガイルさんだ」と笑っているので、ノギは口を挟まず、曖昧に笑うことにした。
チヤホヤされて気分が良くなったガイルは、快く「ノギに水魔法をレクチャーする」という短時間クエストを発注してくれた。
◇
「で、何を覚えたいって?」
ギルドの裏庭。洗濯用の大きな桶が並ぶ場所で、ガイルが腕組みをする。
そこには、数人の水魔法使いのおばちゃん達がいた。
「この前の子?」
「何だい、ガイルさんとこに納まったのかい」
「ガイルさ〜ん、言ってくれれば、あたしが雇われに行ったのにさぁ!」
あはははは……。
洗濯場は、今日も笑い声が溢れている。
次々に声をかけられて、ノギはびくっと肩を揺らした。
「え、えっと……」
「すまねーな。これも何かの縁だと思って、こいつに魔法のコツを教えてやってくれ。水をぐるぐるするとか、よく分かんねぇんだけどよ」
「ああ、水流かい!」
おばちゃんの一人が、ぱんっと手を叩いた。
「いいじゃないか! 覚えれば洗濯が楽になるよ!」
そう言うと、桶の水へ手をかざす。
ざぷんっ。ざざざざぁっ。
水が音を立てて渦を巻き始めた。
「おお……」
ぐるぐる、ぐるぐる。
泡立つ水の中で、桶に入っていた何かの皮の汚れが落ちていく。ところが、ノギが試しにやってみると、水は少し揺れるだけだった。
「うぅ……」
「違う違う、押すんじゃなくて流すの!」
「川! 川を想像するんだよ!」
「もっと自然に!」
自然と言われても難しい。川を想像とは?
そもそもノギは、魔法で水をためた事しかない。押すとか流すとか、イメージした事もなかった。
『くるくるー!』
『うずー! うずー!』
また、あの声がした。
淡い光の玉が、桶のフチから水面に向かって、ぴょんぴょんと飛び込んでいく。そしてそのまま、くるくる回りながら、水面をすべり始めた。
(あ、まわすっていうか)
ノギは、まじまじとそれを見る。
(流れ続ける感じ……?)
押すんじゃない。あの光る玉と同じように、くるくるまわりながら、ずぅっと流れているつもりで……。
すると。
ゆらり。
水が桶の中で、小さく渦を巻いた。
「あっ」
さらに渦が大きくなり、ざざざぁっと音を立てて回り始めた。
(わぁ……!)
「おお!?」
「できてるじゃないか!」
「いいよ! 上出来だよ!」
おばちゃん達が声を上げる。ノギは思わず目を見開いた。
(わぁ、わぁ……!)
自分の魔法でも、ちゃんと動いてる! 嬉しくて、口の端がモニョモニョとニヤけたのが分かった。
水流魔法ですすぎまで終えたノギを見て、ガイルが感心したように口笛を吹く。
「おっ、これなら今より早く終わるじゃねぇか!」
(良かったぁ。これで、少しは楽になるはず)
ホッと息を吐くと、ガイルがとんでもない事を言い放った。
「じゃあ、俺がやってた分の洗濯も任せていいな!」
「…………え?」
「明日から、大物の受注を増やすぞ!」
洗濯物の山の追加を宣言されて、ノギは固まった。
(増えた? え、仕事が増えた?)
「ガイルさんがギルドに連れてきてくれたおかげだねぇ」
おばちゃん達が笑顔を向けてくるが、ノギは笑い返すことが出来なかった。
「感謝しなよ〜」
「ほんと良い店長さんじゃないか」
違う。店長は、私ばっかり働かせて……!
そう言いたいのに。
喉が、冷やりとしたナニカで絞められる。
「……っ」
声が出ない。くやしい。
おばちゃん達に悪気が無いのは分かる。だから余計に、どう怒っていいか分からない。
……やってられるか!!
店までの帰り道、浮かれて鼻歌を歌う店長の背中を睨みつけて、ノギはぎり、と奥歯を噛み締めた。
契約を、どうにかしないと。




